多分、好きなんだと思う。
俺の告白に、新しい仕事先の先輩は眉根を寄せた。
「え……それ、例の子の話?」
校舎裏のゴミ捨て場。そんな場所で会うようになって約二年。相手の名前も知らない。知っているのは、友達がいないことと、バスケ部だってこと。学生相手に何言ってんだって話だけど、気付いたらっていう面倒な感情。世間では恋だなんて呼ぶらしいが、そんな可愛らしい感情ではないと思う。
先輩は、ビールをぐ、とあおる。
「まー、お前が気持ち悪いのは最初からだけどさぁ……」
「気持ち悪いってなんスか」
「だって、この仕事の応募理由あれだろ。その子と暮らすための部屋を借りたくて金がいる、だろ?」
「…………」
「用務員の給料だけじゃ足りないからって。なんかさぁ……見てて可哀想になってくるわ」
はは、と乾いた笑いを返す。
先輩はまたビールを流すと、俺の手元に一万円札を置いた。
「そういうお前だから、奢るんだけどな。ま、頑張れよ」
「あ、あざす」
たとえこの感情が間違いだったとしても、彼女に笑っていてほしい気持ちは本物だから。
きっと、いい報告をします。先輩の背中に頭を下げながら、俺は唇を結んだ。
「あちらの端から端まで、全部くださる?」
サングラスにヒョウ柄のジャケット、タイトスカート。いかにもアレな女性が、自分の腕を目いっぱい開いて言った。傍で二千円くらいのスカートを掴んだり離したりしていた私は、思わず彼女をジッと見てしまう。
人生で一回は言ってみたい言葉をあっさり言い放った彼女。対してほんの数千円すら迷う私。世界とはこんなにも残酷なのだと、一瞬で分からせられる。
彼女と相対している店員さんは、すでに慣れた様子で在庫確認に入っている。もしかしたら常連なのかもしれない。
急に、この店にいるのが恥ずかしくなった。商品を買いそうにない、買ってもせいぜい数点の私なんかが、こんなお金持ちも通うようなお店にいても良いのだろうか。否、良いはずがない。給料が入ったからちょっと奮発しようなんて出過ぎた真似をしなければ、こんな惨めな思いをせずにすんだのだ。
(帰ろ……)
もう今日は何もいらない。慎ましく、出過ぎた真似をしないで、ひっそり暮らすに限る。
私は財布をカバンにしまって、店を出た。
『どうって、好きだよ』
あの日、放課後の教室で数秒間時が止まった。
好きだよ。欲しかった言葉のはずなのに、先生の顔は苦しそうだった。上手い言葉が返せなくて、そっか、って短く返すしかできなくて。
「あー……俺のバカ」
ずっと前から気付いてはいたんだ。
先生が、必死に俺を遠ざけようとしていたこと。好きだって言っても、誤魔化して逃げていたこと。それでも、俺は言い続ければ叶うと信じて疑わなかった。
「こんな未来になるなら、もっとちゃんと……」
机に伏せる。
正しい未来を選べる人間だったならどんなに良かっただろう。どうしたって後出しジャンケンみたいに、実際にそれを見てからでしか判断できない。
「先生……」
放課後の教室に、今日は俺1人。
昔、夜の学校に忍び込んだ時のことを思い出す。誰もいなくて、埋まらない心の隙間みたいで、そこに先生が来て。
期待して教室の扉を見るけれど、昔みたいに開いたりはしなかった。どうして、こうなっちゃったんだろう。
いつからか、何も感じなくなっていた。
風が吹いても、花が咲き誇っても、何があっても感じない。全米が感動した映画を観ても、恋人が変な顔をして私を笑わせようとしても、私はうんともすんとも言わずにただ、 ただ目の前のことを受け入れてそれらしい顔を作るだけ。
私の世界には色がなくなっていた。
「あらあら、まあまあ」
手元にある何千枚もの手紙を、彼女は嬉しそうに眺めていた。
彼女のもとには、毎日子供から大人まで、様々な人からの手紙が届く。それを日がな一日眺めるのが、彼女の日課である。
「今日も素敵なお手紙ばかりねぇ」
じっくり一枚一枚、彼女は読んでいく。
どれだけ時間がかかっても、届いた手紙は全て目を通す。そうして、全てに目を通し終わったら、彼女は外に出る。
「それじゃあ、叶えてあげましょう」
彼女は、夢の神様。素敵な夢を叶えてあげるのが、彼女の役目。
今日も彼女のもとへ、『神様へ』から始まる夢の手紙が届く。