いつか生物は死ぬというのに、そのために生まれてくるなんておかしな話だよね。
昔、二つ歳上の彼女がそう言った。
「どういうこと?」
「死ぬために生まれるって変だよねってこと」
「生まれたから死ぬんじゃなくて?」
「んー……ま、人それぞれだけど」
彼女は苦笑いしていたけど、それの意味は分からなかった。
彼女が亡くなった今、ふと思う。
君は、死ぬために生まれたのか、生まれたから死んだのか。どちらだったのだろう。
「あの子、泣かないんだけど」
後ろから声を掛けられ、振り返る。
見たことの無い女子が俺を見上げていた。あの子、と言われて咄嗟に思いつくのは、よく校舎裏のゴミ捨て場にやってくる一人の女子生徒。
「誰の話?」
とぼけてみせると、彼女は眉間にぎゅっと皺を寄せて俺を睨んできた。
「ここに来てるでしょ」
「さあ。色んな人が来るから」
「はぐらかさないでよ。あんたのせいで、あの子調子に乗ってんのよ」
ああ、なるほどね。いわゆるイジメっ子ってやつ。
そういえば友達いないって言ってたな、と思いつつ、彼女を睨み返す。
「調子に乗ってるかどうかは知らないけど、お前みたいな奴相手にアイツは泣かないよ」
「……ほ、ほら! やっぱり知ってるんじゃない!」
「はぁ……ま、生徒同士のアレコレに俺は口を挟めないけどさ。アイツがもし泣いてここに来たら……」
ざり、と彼女の右足が一歩後ろに下がる。
「真っ先にお前をぶっ飛ばしに行くから」
ヒキガエルを潰したような悲鳴の後、彼女は俺に背を向けて去っていった。冗談なんだけどなー、と呟いてみるものの、彼女に届いたかは怪しい。
別に特別仲がいいわけではない。でも、多少の牽制くらいは良いだろう。これでアイツが平和に生きれるなら安いもんだ。
7年前、夜空が輝いた日があった。
夜だというのに明るくて、何事かと全世界の人間が外を見た。そこで人類が目にしたのは、夜空を埋め尽くす星々。
ある学者は言った。あれは、星が一斉に寿命を終えたのだと。
ある宇宙飛行士は言った。あれは、流星群だと。
ある芸人は言った。あれは、宇宙人が大量に攻めてきた報せだったと。
当時は様々な意見が飛び交った。しかし、星々が夜空を埋め尽くしていたのはほんの3時間程度のことで、それ以来同じ現象が起きることはなかった。
そして、7年後。ある学校の屋上に、男子高校生が2人。話題は、あの星々。
「7年前のさ」
「星のやつ?」
「そう。あれさ、思ったんだけど」
「うん」
「宇宙がちっちゃくなってるんじゃないかな」
ちっちゃく、と丸い頭の男子高校生は繰り返す。
相手の角刈りの男子高校生は、一度頷いて続ける。
「宇宙がちっちゃくなって、星が収まりきらなくて、そんで溢れちゃったんじゃないかな」
「そりゃあ、ロマンチックだね」
「ロマンチックかな?」
「ロマンチックだよ」
本当にそうだったら、歴史的発見だろうけどね。丸い頭の男子高校生は、笑いながら角刈りの男子高校生に弁当のミートボールを分ける。
「ま、仮にその説の通りなら、毎日夜が明るくなりそうだけど」
「うーん、そっかあ……いい説だと思ったんだけどなぁ」
「また考えてよ、ロマンチスト」
「お前、面白がってるだろ」
「毎日君の仮説を聞いてるからね。明日も楽しみにしてる」
星が溢れる、とは今日のはなかなか詩的な表現だったなと、丸い頭の男子高校生は微笑んだ。
昔から、何をするのも一緒だった。
外で遊ぶのも、おやつを食べるのも、高校受験も全部。
得意な教科も、好きな食べ物も嫌いな食べ物も、みんな一緒の双子の俺たち。
「ほんとに、あんた達はずっと一緒ね」
母さんが呆れたように言うのが、もはやお決まりになっていた。
「あのさ」
それは、ほんとに急だった。
双子の弟が、俺にだけ打ち明けてくれた秘密。
好きな人ができたんだ。
「さすがに兄貴とは被ってないと思うけど」
この人、と弟が指したのは、俺のクラスの集合写真。真ん中より少し右にいた、クラス委員の女の子。
「へー」
「応援して」
「うん、まあ、いいけど」
意外な趣味だなー、とか思いながら、弟の顔を盗み見る。
全部一緒だと思っていたのに、いつの間にか弟は、俺の隣から前に進んでいた。俺と一緒じゃなくても平気になっていた。
「なんか、変な気分だな」
「何が?」
「んーん、なんでもない」
寂しいけれど、全部一緒の人間なんていなかったってことだろう。できれば弟の恋が実るといい。そして、俺にも幸せを分けてほしいと、そう思った。
あれは、高一の夏の話。
夜の学校に忍び込んだ俺は、担任に見つかって何故か彼の家に呼ばれた。
一人暮らしなんだ、適当にしてて。パチリと部屋の電気を点けながら、担任は荷物をその辺に投げる。ソファーとテーブル、テレビだけの簡素な部屋。女の気配など一切ない。
「どうした?」
ボーッと突っ立っていた俺に気付いたのか、担任が顔を覗き込んでくる。人との距離感ってのを知らないらしい。鼻がくっつきそうだった。思わず離れて、聞こえなかったフリをしてソファーに座る。
担任は、俺が無視したことなど気にしていないのか、「ちょっと待ってろー」とキッチンへ行った。カタコト、何かを出したりしまったりする音が響く。いい匂いもしてきた。
「お待たせ」
「……なにそれ」
「コンソメスープ」
ベーコンとキャベツ、人参、じゃがいもがごろっと入ったコンソメスープ。いい匂いの正体はこれだったようだ。きゅう。腹が鳴る。
「腹減ってるだろ。あの時間に学校いたってことは、親は夜の仕事?」
「……昼も夜もいない」
「そっか。んじゃ、とりあえず怒られはしないな」
それ、担任の言うセリフか?
変な奴という認識と、腹減ったという生理現象が重なって、首を傾げた後コンソメスープをかきこむ。担任なんて、どうせ面倒な家庭には関わってこないと思っていたのに。
「食べ終わったら風呂入れよ。あと、明日の朝は家帰ること。学校には多少遅れてもいいから」
「……先生は」
「ん?」
「先生は、なんか他の先生と違う」
「ははっ、まあ、担任だから」
理由になってない。でも、可哀想だから、とか言われなくて良かった。ホッとしている自分がいることに気付き、どこか恥ずかしくなる。
変な担任。だけど俺はこの日から、先生の一番になりたいなんて思うようになったんだ。