ほろ

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2/29/2024, 1:55:55 PM

「次は珊瑚の丘、珊瑚の丘」
車掌さんの声で、わたしは目を覚ました。気付かないうちに寝てしまっていたみたいだ。
海底列車の中は静まり返っている。今日の波はとても穏やかで、時折深海魚が窓の外を優雅に泳いでいく。
ゆるやかに停まった列車は、乗降者がいないのを確認すると再び走り出した。

珊瑚の丘を過ぎると、海底列車は浮上を始める。海底列車、とは大昔の海の神様が付けた名前で、今は海底以外も回っている。次に向かうのは竜宮城前だ。
派手なお城の前で列車は停止する。ここは乗降者が多いから、停車時間は十五分。ぼんやりお城を眺めて、タイやヒラメが乗り込んでくるのを尻目に欠伸をひとつ。
ようやく十五分。列車はまた動き出した。

次に向かうのが、わたしの目的地。海上交差島。完全に海から列車が顔を出し、人間界の島に停める。
この時のために、わたしは列車に乗ってここまで来た。ザァァッ、と水音がして、列車が海上に出た。わたしは、人間になる薬を握りしめて列車を降りる。
「よし。絶対幸せになるぞ」
昔、泡になったお姫様のようにはならない。この誰も来ない孤島で、まず人間の生き方に慣れる。

わたしは、人間になる薬を一気に飲み干した。

2/28/2024, 2:45:51 PM

休みの日に、ふらりとどこかへ出掛けたくなる時がある。それはいつも唐突で、酷い時は朝起きた時に「あ、今日電車乗ってどこか行こ」とかなるものだから、計画も何もあったものじゃない。
しかも、出掛けたからといってショッピングをしたりご当地グルメを食べたりするわけではなく、本当にただ「出掛ける」だけ。一応財布は持っているけれど、せいぜい電車代やガソリン代や駐車場代といった、必要最低限を払って終わり。

そうやって遠くの街へ行くのを繰り返していると、ふと気付く時がある。
もしかして私は、私を知らない人達の中に埋もれて消えたいんじゃないか。日々の忙しさから私を解放したいんじゃないか。

でも、出掛けている間は気付いたことに気付かないフリをする。そんな考え、どうでもいい。ただ景色を、空気を、その土地に生きる人を、この身で受け止めたい。
私の悪癖は、私が私であるために必要なのだ。

2/27/2024, 1:04:24 PM

「ここじゃないどこかに行こうよ」
「なぜ?」
「息がしづらいから」
「そうかな?」
窓のヘリに足を引っ掛けた真っ白な少女が、僕に手を伸ばしている。どこかで聞いた事のあるようなやり取りを、僕らはいつから繰り返しているんだろう。
「君は逃げたくないの?」
「今は別に」
「そうなんだ」
つまんないの。
少女は僕に背中を向けて、窓から飛び降りた。

目が覚める。僕は自分の部屋の勉強机で眠っていたらしい。
「変な夢」
あれは、僕の願望なのだろうか。
どこかに逃げてしまいたいのだろうか。心のどこかで、あの少女と一緒にどこかへ。

2/26/2024, 12:32:39 PM

初恋の人がいた。
まだランドセルを背負い始めた頃、隣の席になった男の子。隣の席だから、日直とかグループ活動とかいつも一緒で、そのせいかいつから好きだったのかはもう思い出せない。
六年間ずっと好きだった。でも、好きだとは言わなかった。

彼とは中学校が別になり、それ以来会っていない。
君は今どこにいるの、と時々記憶の中の彼に聞いてみるけど、いつも曖昧に笑って濁される。
「未だに引きずってるって言ったら、どんな顔されるかなぁ」
今更会って言ったところで、どうにもならないと知っているけれど。きっともう彼には素敵なパートナーがいて、私のことなんか忘れているに違いない。
それでも、時折思い出す。ランドセルを背負った子が走っていくのを見るたびに、あの淡い気持ちを。
もし、もし会えたなら、長年積もらせた想いを伝えるくらいは許してもらえるだろうか。

2/25/2024, 1:23:06 PM

どんよりとした曇り空。今日はあまりいい日じゃなさそうだなぁ、と傘を振り回しながら思う。
「降るのかなー……降らないと良いけどなぁ」
雨が降ると髪の毛がくるくると暴れまくるから、雨の日はあまり好きじゃない。このまま曇り空でいてくれたらいいんだけど。
「痛っ」
ぼんやりしていたら、傘が誰かに当たった。
慌てて傘を握り直して、後ろを振り向く。
「先輩!?」
「よ。なんか楽しそうに傘振り回してたから、声掛けようと思ったんだけど……」
「な、なんですぐ声掛けてくれなかったんですか! 当たったところ大丈夫ですか?」
「へーき」
先輩は私に被さりながらニヤリと笑う。
この先輩、割とこうしてベタベタしてくることが多い。私の名前をようやく覚えた頃から、増えた気がする。
「で、先輩は何の用なんですか?」
「んー? 別になんもないよ。あえて言うなら、傘にいれてもらいたかった?」
「雨降ってませんけど」
「降ったらの話」
だから、それまで話そ。まるで雨が降ることが分かっているかのように、先輩は私の隣に並んだ。
空を見上げる。さっきより雲が厚くなった。なんとなく、もうすぐ降りそうな気がする。
雨は嫌いだけど、先輩と一緒に傘に入るのは好き、かもしれない。
「仕方ないですね」
降り出しそうな空の下、私たちは他愛のない会話をしながら歩く。今日はちょっぴり、いい日になりそうだ。

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