ほろ

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1/30/2024, 1:57:30 PM

カランコロン、お店の扉が開く。こんな時間にお客さんなんて珍しい。
「どなた?」
入口へ視線をやれば、青空を写したような服の青年が立っていた。
「こんばんは、郵便屋です」
「あら、郵便屋さん。遅くまでご苦労様」
採寸用のメジャーをポケットにしまって、郵便屋さんに駆け寄る。
郵便屋さんは天使様のように微笑んだ。その手に、海色の手紙。わたしがよく知る、海の色。
「ご友人から、お手紙を預かってます」
「まあ」
いつもはわたしが地上に降りて、友人の手紙を回収する。でも、いつでも地上に行けるわけではないから、どうしても手紙を読んでお返事を書くまでに時間がかかってしまう。
早くお返事を届けたいのにできない。それがもどかしいと思っていたのに。
「こんなに嬉しいことがあっていいのかしら」
わたしは手紙を受け取って、さっそく目を通した。
ああ、ああ。こんなにすぐ手紙を読む方法があったなんて。早くお返事を書かなければ。
「ねえ、郵便屋さん。まだお時間よろしいかしら」
「ええ、まだ勤務時間内なので」
「ちょっと待っててくださる? すぐにお返事を書くわ」
お店の奥からペンと便箋を持ってくる。
郵便屋さんが傍に立つ気配を感じながら、わたしはお返事を書き上げた。
「郵便屋さん、これをあの子に届けてちょうだい」
「はい、承りました」
郵便屋さんは、帽子を胸元に持ってきて一礼すると、白い羽根を広げてお店から飛び立った。
「これからあの子にすぐ届けたい時は、郵便屋さんにお願いしようかしら」
ひらひらと落ちてきた羽根を拾う。
夜だというのに、わたしには真っ白に光り輝いて見えた。

1/29/2024, 1:16:23 PM

あ、しまった。

チョコペンが空中でピタリと静止。ギリギリ枠からはみ出さなかったので、そのままそっとチョコペンを手元に回収する。
初めての手作りクッキー。先輩が食べたいと言ってきたから、仕方なく(そう、仕方なく)作っていた。いたのだけど、ちょっとデコろうと思って書き始めた文字が思いのほか暴れちゃって、全部書き切れなかった。
「うあぁ……どうしよ」
『I love』で埋まったクッキー。本当はこの後『rice』と続いて、先輩をガッカリさせる予定だったのに。これじゃあまるで、私が先輩を大好きみたいじゃないか。
「いやでも、まだ『you』って書いてないし……ワンチャンいける? いける、よね?」
いける!
もう1回クッキーを焼く手間と時間を考えた結果、私は諦めて『I love』クッキーをラッピングした。

「よし、後は渡すだけ!」

完成した達成感で、この時の私は思い至らなかった。
『I love』の文字をチョコペンで塗り潰せば良かったということに。

1/28/2024, 1:20:00 PM

ぼくとおかあさんは、山でくらしています。
今日は、ふたりでまちへ買い物にきました。
きらきらの石や、りっぱな服がいっぱいあります。たまに、いいにおいもします。
「おかあさん、あれ食べたい」
でも、おかあさんにいくら言っても、食べものだけは買ってもらえませんでした。

結局、ぼくの服とおかあさんの服をいくつか買って、帰ることになりました。ふわふわの丸いパンも、ちゃいろいお魚も、ひとつも買ってもらえませんでした。

山にもどってから、ぼくはおかあさんに聞きました。
「どうしてまちの食べものは買ってくれなかったの?」
すると、おかあさんはこう言いました。
「街の食べ物を食べたら、ここに戻って来れなくなるからよ」
どうやら、まちにいる"ニンゲン"という生きものが作る食べものは、とってもあぶないのだそうです。食べてしまうと、二度と山のものを食べられないのろいをかけられるのだそうです。

ぼくは、おかあさんといっしょにまちへ行ってせいかいだと思いました。そして、"ニンゲン"はとてもおそろしい生きものだと思いました。

やっぱり、ぼくたちタヌキは山でのんびりしているのが一番です。

1/27/2024, 11:52:24 AM

「ごめん。そういう風に見れない」
十年も片想いしていた幼なじみに思い切って告白したら、フラれてしまった。
いや、幼なじみの気持ちも分かる。私達の間に、付き合うとか結婚するとか、そういう言葉は生まれない。仲が良くて、ちょっと話しやすい異性。それが恋愛に傾くか友情に傾くかの違いで、私はたまたま恋愛に傾いてしまっただけなのだ。
「だよね、ごめん。変なこと言った。忘れて」
「……本当、ごめん」
「謝んないでよ。幼なじみでしょ」
「うん」
じゃあ、とその場から離れれば良かったけれど、私はすぐに離れられなかった。もしかしたら、ってちょっと期待していた。引き止めるか、少しくらい好きって言うか、それくらいあると思っていた。
「じゃあ」
先に幼なじみが動いた。私が期待していた言葉はひとつもない。その代わり、ハンカチを渡される。
「涙拭いてから来てね」
「…………バカ」
そこで優しさを発揮するなよ。
去っていく背中を睨む。
せめて、このハンカチを返さないで持っておくくらいは許されるかな。なんて。

1/26/2024, 1:39:04 PM

飲みすぎた。足元がふわふわしている。
「吐かないでくださいね」
私と一緒に飲んでいたはずの先輩は、平然とした顔で肩を貸してくれている。
「はかないれすよー」
右耳に先輩の溜め息が侵入する。常にニコニコしている先輩が溜め息。もしや、失望させてしまっただろうか。
ちょっとだけ顔を先輩の方に向ければ、先輩も私を見ていた。
「仕事の愚痴に付き合うのは構いませんが、あまり無理をしないでくださいよ。こんなに酔っ払うまで飲んで……倒れられても困ります」
「はぁい」
「本当に分かってるんですか」
だって先輩。
ふわふわ。クラクラ。どんどん視界が歪んでいく。返事も上手くできているか分からない。そんな中、カッ、コッ、と何かが外れる音がする。体がバランスを崩して、思わずその場にしゃがみこむ。
「はれ?」
「おっと……ああ、そのまま動かないでください。ヒールが片方脱げています」
先輩が私から離れて、ヒールを片手に戻ってくる。片方の足が持ち上げられるのを認識する前に、私の足にヒールがハマる。
「なんか…………シンデレラみたい」
先輩は顔を上げて、困った顔で笑った。
「靴の持ち主を探す手間が省けて助かります」
さ、行きますよ。私に手を差し伸べた先輩の腕時計が、十二時を指していた。
「まほう、とけなくへよはったれす」
「そうですね。十二時を過ぎてもあなたが一人で帰ったりしませんからね」
ただ、本当に飲みすぎだけはやめてください。冷静に言い放つ先輩に、私は良い子の返事をして笑った。

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