ほろ

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12/21/2023, 3:05:32 PM

石造りの暗くて冷たい部屋。必要最低限の家具。唯一外との繋がりを感じる小さな窓には、空を裂くように縦に三つ、鉄の棒。
私は、四つに切られた長方形のケーキみたいな、小さい空しか知らなかった。あの時までは。
「どうしたの?」
空が隠れて、代わりに君の手が鉄格子の隙間から伸びてきた。一緒に出ようよ、と私に向かって笑う。
「出られないの。出られないのよ」
「そんなに言うなら、助けてあげる。ちょっと待っててよ」
君は一度離れると、窓と同じくらいの石を抱えて戻ってきた。そうして、鉄格子に何度も、何度も石をぶつけた。いくら頑張っても壊れたりはしないのに。
ガツン、ガツン、ガツン。何日も何日もその音が続いて、ついにある日、鉄格子は壊れた。
「さあ、今なら出られるよ!」
君は私を部屋の外へと連れ出してくれた。今でもあの時のことは覚えている。

草木の匂いと温かい日差し。そして、窓枠なんかには収まらない、広く青い空が広がっていたことを。

12/20/2023, 1:25:19 PM

ハンドベルが床に落ちて、ガランゴロンと騒いだ。
ミニスカサンタの格好をした友達が、ハンドベルを拾いながら私を見上げる。
「どうしたの、急に」
私は黙っていることしかできなかった。
だって、そんなはずないのだ。クラス委員の子が、25日にクリスマスパーティーを開くと言っていたのだから。確かに、25日と。
「聞こえてる?」
「うん、聞こえてる」
それで、私と友達はハンドベルを披露しようと、クリスマスパーティーに間に合うように練習したのだから。
それが、まさか。
「どうしたの、急に」
同じ言葉を繰り返した友達の目を見て、私は恐る恐る呟く。
「今日ってもう、26日じゃない?」
友達は目を丸くして、教室を見渡す。パーティー用に準備された机とお菓子、デコられた黒板、サンタやトナカイの格好のクラスメイト。
「そんなまさか」
友達は、スマホを弄ってカレンダーアプリを開く。12月26日に赤い丸が付いていた。
「私たち全員……冬休みボケして日付を勘違いしちゃったってこと?」
ガランガラン、ガランゴロン。
友達が、自分のと拾った私のと、2人分のハンドベルを落とす。ベルの音が教室に響き渡って、ひっそりと消えていった。

12/19/2023, 2:50:59 PM

多分私は、ウェンディにはなれないのだと思う。
ネバーランドに行ったら最後、戻って来ないだろうから。
「皆さん、拍手で迎えましょう!」
司会の声がして、会場内が拍手で埋まる。会場入口の扉が開け放たれ、友人とその旦那が ──新婦と新郎が入場してくる。
おめでとう。お幸せに。あちこちからお祝いの言葉が飛ぶ中、私は拍手もまばらにジッと友人を見ていた。ピンクの髪飾りをふんだんに使って髪を盛った赤いドレスの友人は、まるで知らない人のようだった。

皆、大人になっていく。知らない人になっていく。
私はまだ、明日のテストの話だとか、部活をサボろうだとか、そんなくだらないことばかり言っていたあの頃にいるのに。周りは私を置いていく。
どうして、大人にならなければならないのだろう。どうして、子供のままでいてはいけないのだろう。

拍手が収まる頃、私は会場を出た。エントランスホールのソファーに座る。
煌びやかなのに誰もいないそこは静かで寂しくて、今の私のようだった。

12/18/2023, 3:01:00 PM

塾だから、と親友にフラれてしまった。

今日だけ、私たちの通学路にあるコンビニで中華まんが10%引きのセールをやっているというのに。これを逃したら、冬の風物詩である『中華まんを頬張る女子』をやれないかもしれないのに。一瞬の青春より、未来に繋がる塾の方が大事らしい。

仕方がないので、1人でコンビニに寄る。10%引きの効果か、店内はいつもより少し混んでいた。
何にしようかなぁ、とケースを覗き込む。しかし、そこには白もオレンジも見当たらない。ちら、とケースの上を見る。確かに、中華まんの写真が付いている。このケースで間違いない。
「あの、中華まんは……」
思い切って、おでんを仕込んでいた店員さんに声をかけてみる。店員さんは、何度も同じ質問をされたのか、私を一瞬だけ見て「売り切れです」と簡潔に述べた。
マジか。あと一歩遅かった。我が親友よ、あなたにフラれる時間さえなければ間に合っていたかもしれないぞ。
この場にいない親友に恨みごとを呟きながら、渋々ホットココアだけ買ってコンビニを出る。

「遅い」

帰ろうと右に曲がったら、鼻を赤くした親友がいた。レジ袋を引っさげて。
「え?」
「10%引き、今日でしょ」
私にレジ袋を渡しながら言う。
「え、うん。いや、なんで? 塾行ったんじゃないの?」
「今日塾休みだけど」
「は? つまり?」
「2人でいつも通り行ったら間に合わないと思ったから、先買っておいた」
袋の中には、中華まんが2つ。
「神じゃん」
「知ってる」
1つを手に取り、袋ごと親友に返す。
親友も中華まんを手に取って、さっさと中身を取り出した。
「やっぱり、一緒じゃないとダメだね」
「ね。美味しさ半減だわ」
中華まんを頬張りながら歩く。
ココアは2人で半分ずつ飲んだ。冬の帰り道はこうでなければ。

12/17/2023, 12:03:41 PM

「明日自分が死ぬとしたら、最期に会うのは誰がいい?」
机に伏せて、だらんと伸ばした手の先でペン回しをしながら問うてくる。補習用のプリントは、裏返されて彼の下敷きになっている。
「先にプリントをやりなさい」
「俺は、先生に会いたいよ」
ペン回しが止まる。じ、と見上げてくる茶色の目が、冗談ではないと語っていた。
「プリントが終わったら話を聞いてやるから」
「先生に見ててほしい。最期まで先生の顔を見ていたいし、先生に俺の最期を覚えていてほしい」
「はいはい、早く終わらせなさいね」
「終わってる」
下敷きにしていたプリントが引っ張り出される。
確かに、空欄は全て埋まっていた。しかも、ざっと見る感じ全問正解である。
「だから、お話しよーよ、先生」
「…………お前ってほんと、嫌な奴」
にぃ、と奴は口角を上げる。本当に、嫌な奴。
まあ、仕方ないな、なんて奴の前の席に座る、俺も俺だけれど。

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