ほろ

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12/16/2023, 3:09:38 PM

ピピピ、39度。嫌な予感はしていたけれど、実際その数字を見ると歩く気力もおきなくなる。
朝から体が妙に重いものだから、試しに熱を測ったらこれだ。会社に行かなくていいのと、しかし一日ベッドから起きれない憂鬱さとで、ふう、と溜め息ひとつ。すぐに喉に痛みが走り、咳が出る。
まずい。これは本格的にまずいタイプの風邪だ。
「大人しく寝るかあ……」
横になって天井を見るけれど、真っ白いばかりでなんの面白みもない。

昔は、両親がそれはもう甲斐甲斐しく面倒をみてくれた。やれお粥だ、やれ氷枕だ、風邪にはネギが良い、いや温かくしないと……など、病人の周りでてんやわんやする。あの騒がしさが、今となっては心地よかったのだと分かる。
静かな部屋は、寂しい。

「ひとりでなんでもできるって、思ってたんだけどなぁ」
意外とそうではなかったらしい。お腹が空いているのに、動きたくない。このままでは餓死してしまう。
ごろん、と寝返りを打ってキッチンを見るけれど、そこに手は届かない。誰か薬と食事と水を。
「おかあさん……」
ピコッ、と短く通知音が鳴った。サイドテーブルのスマホの画面が明るくなっている。ぐ、と手を伸ばして取ると、通知欄にお母さんからのメッセージ。
『元気? 風邪とか引いてない?』
「ふっ……ふふ、タイミング……」
お母さんは全てお見通しらしい。
なんとか『ひいてる』と返信し、また天井を見る。
「母は偉大……だねえ」
両親の心配そうに覗きこむ顔を思い出し、私はまた笑った。

12/15/2023, 2:33:32 PM

「今年は雪、まだなんだね」

白い息を吐きながら幼なじみが言う。
僕は目を丸くして、どうしたの、と返した。
「雪なんて冷たいだけだから嫌いだって、去年言ってたじゃん」
「去年はね。今年は、雪でやりたいことがあるの」
「雪で?」
なんだろう。雪合戦? 雪だるま作り? 小学生じゃあるまいし。
いくら候補を思い浮かべてもピンとこなくて、僕は幼なじみの袖を引いた。
「やりたいことって何?」
足を止めた幼なじみは、引っ張られた袖と僕の顔を交互に見る。そして、
「なんだと思う?」
と、質問に質問で返されてしまった。
「分からない」
間髪入れずに答えると、幼なじみは仕方ないなぁと笑う。
「ヒントはねー、私の家の庭でやるってこと」
「庭で? かまくらでも作る?」
「違う。私の家の隣の家に、メッセージを送りたいの」
隣の家。
隣の家というと、僕の家になる。僕の家に? メッセージ? 雪に字を書いて、ってこと?
「そんなの、普通にスマホで送ればいいのに」
「特別なメッセージだからダメ」
「特別? ねえ、せめて文字数だけ教えてよ」
僕の手をやんわり外し、先を行こうとする幼なじみに言う。幼なじみは振り向かずにぽつりと呟いた。
「二文字」
寒さのせいか、幼なじみの耳は赤くなっていた。

12/14/2023, 1:48:26 PM

先生、今日ってクリスマスだっけ?
のんびりと間延びした声が、隣からした。声の方へ目をやれば、視線が俺ではなく外へ向いている。それを追って窓を見れば、ぼんやりと色とりどりの光がガラスに反射していた。
「今日はクリスマスじゃないよ」
「そだっけ? 何日?」
「22日」
「全然違うじゃん。ウケる」
スマホを弄りながら、全然ウケてない顔。
ウケる、って語尾につけておけばいい説とかあったっけ。その辺のジェネレーションギャップってよく分からない。
「つーか、早く帰れよ。いつまで人の家いる気だ」
「いーじゃん。先生おひとり様でしょ」
「お前に言われたくないっての。彼女はどうしたよ」
「知らない」
タ、タタン。何かを高速で打った後、スマホをテーブルの上に置く。
「先生、25日暇?」
「急に話題を変えるな」
「いーから。おひとり様同士、チキン食べに行かない? 予約した」
「予約してから確認するな」
行くけど、と付け加えれば、奴はにぃと笑った。
「じゃ、チキン食べたらイルミネーション見よ」
「今、窓開ければ見れるだろ」
「25日じゃないと意味ないでしょ」
別にイルミネーションなんていつ見ても同じだけどな。その辺も、若い奴と感覚が違うらしい。
「ね、約束」
俺の肩に頭を乗せて言うものだから、思わず溜め息をついた。

12/13/2023, 3:01:18 PM

彼女の目から大粒の涙が零れ落ちたことで、この実験は失敗したのだと悟った。

本来、『夜景の見えるレストランでのプロポーズ』に対し組まれているのは『嬉しそうにはにかんでOKを出す』というプログラムだ。今までの実験をクリアし、ようやく最終段階──『アンドロイドカノジョ』の1号機として世に出すための、最後の実験まで辿り着いたというのに。
「また作り直しか……」
溜め息混じりに呟く。
「いいえ、それは違います」
真正面から否定の言葉が飛んできて、僕は顔を上げた。大粒の涙を垂れ流したまま、彼女は微笑む。
「これは嬉し涙です。あなたが注いでくれた愛が、私のプログラムを変えたのです」
淡々と、しかし組み込まれたプログラム通りに彼女は泣きながらはにかんだ。
「ぜひ」
その2文字が、設定したはずの返答と違うことに気付くのは、わずか数秒後のことである。