テーマ:『優しさ』
「あなたはとても優しい人ですね」
―――違う。
「君って本当に優しいよね」
―――私はみんなの思ってるような人じゃない。
「ありがとう!優しいんだね!」
―――私は、優しくなんかない。
誰かが困っていたり、大変そうにしているのをみると、自然と手を差し伸べる。
―――深く考えもせずに。
誰かに何かをお願いされたり、指示を受けたりすると、快く引き受ける。
―――それがどういうことかも知らずに。
私が優しいだって?
それは違う。
私の言動が、みんなを笑顔にさせてるだけ。
聞こえは良いけれど、ただ、それだけ。
その笑顔は、一時期的なもの。
その人のことを考えれば、
もっといい手段があったはず。
その人のことを考えれば、
あえて厳しくした方が良かったはず。
でも、私はそうしなかった。
なぜかって?
それは、嫌われるのが怖いから。
それは、恨まれるのが怖いから。
人に、良く見られたいから。
こんなの、“優しさ”じゃない。
本当の“優しさ”は、嫌われる覚悟が必要なもの。
けれど、私にそんな覚悟はない。
私は、そのとき限りの幸福を与えてるだけ。
その味をしめたら、また求めてしまう。
辛いものより、そちらの方がいいに決まっているから。
みんなも、私も。
私は優しいんじゃない。
ただ、“甘い”だけ。
みんなにも、私にも。
テーマ:『逆光』
俺の友達に変な奴がいる。
そいつとは結構小さいときから一緒に遊んでて、家族ぐるみで仲が良かった。
だけど俺はそいつがどんな顔をしているのか知らない。
顔はほぼ毎日あわせているのだが、それでも知らない。決して前髪が長すぎるとか、マスクをしてるからとかではない。では、いったいなぜなのか。それは―――
そいつの顔が、常に逆光で影になっているからだ。
そうとしか言いようがない。屋内だろうがお構いなしに逆光に当たっている。修学旅行で一緒の部屋で寝たときでさえそうだった。そのときは怖すぎてあまり見ないようにしていた。
記憶が曖昧だけど、最初から逆光だったわけではないと思う。いつの間にかそんな状態になっていた感じだ。
しかも逆光になって見えるのはどうやら俺だけらしい。
周りの人に言ってみても、俺が頭おかしい奴扱いされるんだ。なんなら、お前とつるんでるのが可笑しいくらいのイケメンだって言われたこともある。
そう、そいつモテるんだ。小学校の卒業文集にクラスメイトにまつわるランキングがあったのだが、かっこいい人ランキングの1位がそいつ。有名人になりそうランキング1位もそいつだった。
そして中学時代ではバレンタインのチョコレートを大量にもらっていた。食べきれないからと収獲ゼロの俺に譲ってくれた。そのとき俺は喜んで譲り受けたが、今になってみると腹ただしい。
そして今俺らは高校生なのだが、そいつのモテっぷりは変わらず、それどころかファンクラブが設立されているという噂まである。
「こんなとこでなにしてるの?」
声をかけてきたのは、そいつ―――佐野だった。
俺は作業を止めずに応える。
「ちょっと頼まれてさ。もうすぐ終わるから適当に時間つぶしといて」
「それ学園祭のやつだね。なにか手伝おうか」
そうコイツ、顔が良いだけでなくて中身もいいヤツなんだ。俺はそのご尊顔を見ることはできないが、それでもコイツがモテるだろうなっていうのはなんとなく分かる。
「じゃあこれお願いするわ。そこに置いてあるのと同じ感じでやっといてくれ」
「うん。わかった」
それから黙々と作業を進めて30分くらい経った頃、佐野の進捗をチラッと確認すると思っていた以上にできている。今思えば昔から俺が教えたことをそつなくこなしてしまう奴だった。
そう、コイツは完璧過ぎる。顔良し性格良し頭良しで、要領がいい上にスポーツもできる。
神様、これはあんまりですよ。残酷すぎます。
一人で勝手に落ち込んでいる俺に向けて突然、佐野はこう言った。
やっぱり君はすごいね、と。
その言葉に思わず手が止まってしまった。
「えっ、なに急に。すごいって何が?」
「これ。君のことだから、困っている人を見かけて声をかけたんでしょう?」
確かにそうだけど、それは佐野もやっていることだし、別にすごくはない。そう言うと佐野は首を振る。
「それは違うよ。僕は、君がやっていたからそうしているだけ。僕が君の真似をしているだけだよ」
手元に視線を落としていた佐野は、逆光に沈むその顔を少しだけ上げた。その様子はこころなしか照れているようだった。
「覚えてる?初めて会ったときのこと」
……あまり覚えてないな。
「僕ははっきり憶えているよ。あの頃の僕はずっと独りで、みんなに話しかけてもらっても黙っちゃって」
あぁ、確かそんな感じだった。
そういえば、その頃は佐野の顔がちゃんと見えてた気がする。
「そんな僕だったから、みんな愛想尽かして離れていったんだよね」
そう、佐野はこう見えて苦労人なのだ。昔の彼も好きで黙っていたわけじゃない。
「でも、君だけはずっとそばにいてくれた。僕が返事をしなくても、たくさん話しかけてくれたよね」
まぁ、そのときの俺はあまり深く考えて行動してないだろうし、ずっとそばで話しかけていたのも何でコイツはひとりで黙りこくってんだっていう変な興味があったせいだろう。
「そのおかげで君と少しずつ話すようになって、一緒に遊ぶようになって、そしたら他のみんなともいつの間にか仲良くなっていたんだ」
急に胸が痛くなって来た。
どうしてだろう。どうしてなんだろう。
この感じ。原因を考えるようで、考えていない。ただ同じ場所で足踏みをしているだけの思考。
すでに答えが出ているときにこうなる。
「君がいなかったら、僕は今も独りだったかもしれない。そう考えるとやっぱり君はすごいよ」
恥ずかしげもなくそう言い切る佐野に、そうかなぁなんて気の抜けた返事をする俺。
また胸が痛む。
佐野に友達ができ始めた当初の俺は、それは佐野自身の力だと思っていた。
だが時が経つにつれて佐野の人気が高くなると、こう思うようになっていった。
今の佐野があるのは俺のおかげだぞ、と。
佐野が褒められると“俺のおかげ”
佐野がチョコをもらうと“俺のおかげ”
佐野のファンクラブがあるのも“俺のおかげ”
俺は佐野を通して、昔の俺の栄光に浸っていたのだ。
改めて佐野の顔を見やる。相変わらず影に沈んでいる。
しかし、言いたいことが言えたのかどことなく満足げな雰囲気が感じとれる。
「佐野」
「なんだい?」
「今までごめん」
「えっなに。なんかあったっけ」
どうして謝られているのか分からない佐野をよそに、俺は自分の肝に強く銘じた。
今の佐野があるのは俺のおかげだなんて考えは、もう二度としないと。
佐野の後ろにある窓から西日が差し込み、俺たちがいる空間を黄金に染めあげる。
逆光で目を細める俺を見て、そいつはくすりと笑っていた。
テーマ:『こんな夢を見た』
黒の下地にこれでもかとカラフルな塗装を施したハイカラな建物には、大きな看板にこれまたサイケデリックな配色で“DREAM☆STORE”とデカデカと書かれている。
中に入ると打って変わって、白を基調とした清潔な空間が広がる。そのレイアウトは郵便局や役所に近く、カウンター越しに店員が接客をしている。カウンターの奥では電話対応や書類の確認などをしている従業員が見受けられる。
受付を済ませ窓口まで行くと、店員は丁寧にお辞儀をしたあとにこう言うのだ。
「いらっしゃいませ。ドリームストアヘようこそ。本日は夢をお売りになられますか。それともお買い求めですか」
ここは夢を売り買いできる場所。“ドリームストア”
世間ではドリストという略称で知れ渡っている。
ここで扱う夢というのは寝ている間に見る夢のことで、その内容を買い取り、提供するサービスを行っている。
気になるのは、果たして人が見た夢を買う者がいるのかというところだが、意外にもかなりの需要があるらしい。
代表的なのは小説家、美術や音楽などのアーティスト。その他アニメ制作会社やテレビ業界などで買われている。
もちろん、夢を売る側にとっても魅力的なサービスであるのに違いない。誰でも簡単にお金を増やせるのだから、正しく夢のようなお店なのだ。
件のドリストは組織の急成長に伴い、WEB上での夢の売買のサービスを開始した。これにより勢いを増して世間に浸透し、今では知らぬ者などいない程の大企業となった。
そんなドリストで、私は試してみたいことがあった。
「夢、売りに来ました」
窓口でそう伝えると店員は慣れた手付きで書類を準備し始める。売った夢の使用許諾に関するものや、今後のサービス向上のためのアンケート用紙。
そして、売る夢の内容を記入する用紙。
店員が各書類の説明をする。この欄をご記入くださいだとか、記入前にこちらをご確認くださいだとか言うのだが、決まって最後にこう付け加える。
「お売りになる夢の内容には、付け加えや改変のないようにご注意ください。鮮明に覚えていない際はその旨をお書きください」
曖昧な表現―――確かこうだった、こうだったかもしれない等―――で書く分にはいいが、嘘や誇張など意図的に夢の内容とは異なることを書くのは禁じるというのだ。
妄想や空想なんかの作り話は論外なのだそう。
私はこれに疑問を抱いていた。どうして純粋な夢である必要があるのか。また、実際の夢とは違うものを書いた場合にどのようにしてそれを検知するというのだろうか。
私の試したいことというのは、実際に偽りの夢を売ってみること。そうすれば今の疑問も少しは解消するかもしれない。
夢の内容を記入する際に、どうせならと完全な作り話を書いて提出してみた。
店員がそれを受け取り、他の書類とまとめて奥の方へ持っていく。内容の確認だろうか、何か特別な機械に通したりするのだろうか。
ドキドキしながら待っていると店員が戻ってきた。
「ではこちらが、今回買い取り致します夢の金額でございます。この金額でお売りになりますか?」
予想外にも売ることができてしまった。拍子抜けだが、結構いい金額だったこともあり、そのまま買い取ってもらった。
疑問は残るが、別に本当に見た夢でなくともいいことが判明したので、これからは適当な作り話でも売りに行こうと思っていた。
―――出口の自動ドアが開かない。
あれ、と思った次の瞬間。けたたましい警報と目を刺すような赤いランプが店内を飽和させる。
いつの間にか店内の壁はシャッターが降ろされ、警備員がどこからともなく湧き出て私を囲う。
警備員の一人が私の名を呼び、こう告げる。
「売却された夢の内容に嘘偽り、もとい作り話が書かれたことを確認しました」
乱暴に私の手を掴み、カシャリと手錠をかける。
「あなたを逮捕します」
―――というところで目が覚めた。
テーマ:『タイムマシーン』
僕のじいちゃんは大陸一の発明家だ。
どこの家もじいちゃんが発明した機械がおいてあるし、どこの国もじいちゃんが発明した武器や施設を必ずもっている。
1000年にひとりの天才と言われるじいちゃんだけど、ずっと昔に開発を始めて未だに完成しないものがあるらしい。
しかもそれが何なのか誰一人として知らないのだ。孫である僕も知らない。
じいちゃんは小さな島で独り発明に勤しんでいる。別に人と縁を切りたいわけじゃなく、じいちゃんが扱うものの中には危ないものもあるから誰も傷つかないようにそうしているだけ。
現に今、一段落したから遊びにおいでという手紙が僕に届いている。
僕は久しぶりにじいちゃんの所にやってきた。
海で囲まれた小さな孤島。その真ん中に建つのは仰々しい鉄の塔。太い配線がむき出しで、至る所で電灯が瞬いている。塔のてっぺんには巨大な球体が、ぼうっと青い輝きを放っている。
じいちゃんはいつもこの塔の中にいる。じいちゃんの家だと思っていたのだが、訪れるたびに大きくなっていく様子を見るにこれも発明品のひとつなのだろう。昔はもう少し小さかった。
「じいちゃーん。遊びに来たー」
塔の中はゴチャゴチャしている。
なんだか分からない機械やいろんな形の工具に設計図と思われる大きな紙がそこら中にあり、すでに足の踏み場がない床にはいくつもの配線が走っている。
どうにか奥ヘ進んでいくとじいちゃんを見つけた。
白い頭髪に黒い瞳。年を感じさせない逞しい身体をボロボロのつなぎで包んでいる。
じいちゃんもこちらに気づいたようだ。
「やあ。よく来た」
早速、どんな発明ができたのかと訊ねてみる。するとじいちゃんは頭を掻きながら言った。
「実はな、もう発明は終わりにしようと思うんだ」
そう言うと古い紙切れを僕に差し出した。設計図だ。
何が書いてあるかさっぱり分からないが、周りに散乱している他の設計図と比べてとても精密で複雑なものであることは確かだ。
「私は、それをつくるために今までやってきたんだ」
古い設計図にその名前が書かれている。
じいちゃんがつくろうとしたもの。それは―――
「タイムマシーン……」
時空を操ることができる夢の機械。
作り話のなかでしか登場しないものだと思っていたのだが、じいちゃんはそれを現実のものにしようとしていたのだ。
しかし―――
「無駄だった。できるはずがなかったんだ」
じいちゃんらしくなかった。弱音を吐くことなんてただの一度もなかったのに、やると決めたら完成するまで諦めなかったのに。
じいちゃんは今までにいくつもの夢の機械を発明してきた。馬なしで動く鉄の馬車や、鳥を模した人が空を飛べる機械など、みんなが不可能と言ったものを諦めずに発明してきた。
どうして諦めてしまうのか訊ねると、少し間をおいてじいちゃんは言った。
「そもそも、時間なんてものは存在しないんだ」
じいちゃん曰く、電気や光は物理的な性質があるのに対し、時間にはそれがないのだという。
時間の正体は、時の流れを感じたという人間の認識によるものだと。
僕にはよくわからないけど、とにかく時間を思い通りに動かすことが物理的に無理なのだそうだ。
じいちゃんはこのタイムマシーンをつくるために50年近く研究をしてきたのだそう。しかも、本当は時間が存在しないものだということはかなり前からわかっていていたらしい。
それでもじいちゃんは諦めなかった。
研究費用を得るために他の発明品を生み出して研究を続けていたのだ。全てはこのタイムマシーンのために。
改めて設計図に目を落とすと、完成予定のその姿は塔のように長いシルエットにてっぺんには特徴的な丸いものがある。それには見覚えがあった。
僕たちが今いるこれが、タイムマシーンなのだ。
じいちゃんは上を見上げ、こう言い続けた。
「潮時なんだ。私はもう若くない」
1000年に一度の天才も、時の流れには逆らえなかった。
「私は50年間この機械に囚われ続けていた。それももう終わりにしたいのだ」
時空を操ることができる夢の機械。
それは、人を夢の中に囚える鉄の檻となっていた。
僕は、じいちゃんの手を引き外ヘ連れ出した。
一緒にいろんなことをして遊びたい。
一緒にいろんな所ヘ行きたい。
そう言うと、じいちゃんは嬉しそうな顔をしてくれた。
背後には、誰もいなくなった鉄の塔が陽射しを反射して、地平線に光を伸ばしていた。
テーマ:『海の底』
遠い遠い、遥か上の方。
水で満たされていない世界があるらしい。
遠い遠い、遥か上の方。
光であふれた世界があるらしい。
いいないいな、見てみたいな。
いいないいな、行ってみたいな。
みんな言っている。でもボクは違う。
そんなところ、あるわけがない。
そんなところ、興味ない。
ふかい深い海の底。
深淵が広がる静かな世界。
ボクはここが好き。
すごく安心するんだもの。
ふかい深い海の底。
ヘンテコな仲間が集うおかしな世界。
ボクはここが好き。
けれど、みんなはそうじゃないみたい。
遠い遠い、海の底。
光が届かない寂しい世界があるらしい。
遠い遠い、海の底。
不思議な生き物が、地上に思いを馳せているらしい。
遠い遠い―――