道端にコンニャク落ちてた

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テーマ:『逆光』





 俺の友達に変な奴がいる。



 そいつとは結構小さいときから一緒に遊んでて、家族ぐるみで仲が良かった。


 だけど俺はそいつがどんな顔をしているのか知らない。

 
 顔はほぼ毎日あわせているのだが、それでも知らない。決して前髪が長すぎるとか、マスクをしてるからとかではない。では、いったいなぜなのか。それは―――



 そいつの顔が、常に逆光で影になっているからだ。


 
 そうとしか言いようがない。屋内だろうがお構いなしに逆光に当たっている。修学旅行で一緒の部屋で寝たときでさえそうだった。そのときは怖すぎてあまり見ないようにしていた。


 記憶が曖昧だけど、最初から逆光だったわけではないと思う。いつの間にかそんな状態になっていた感じだ。


 しかも逆光になって見えるのはどうやら俺だけらしい。


 周りの人に言ってみても、俺が頭おかしい奴扱いされるんだ。なんなら、お前とつるんでるのが可笑しいくらいのイケメンだって言われたこともある。

 そう、そいつモテるんだ。小学校の卒業文集にクラスメイトにまつわるランキングがあったのだが、かっこいい人ランキングの1位がそいつ。有名人になりそうランキング1位もそいつだった。
 そして中学時代ではバレンタインのチョコレートを大量にもらっていた。食べきれないからと収獲ゼロの俺に譲ってくれた。そのとき俺は喜んで譲り受けたが、今になってみると腹ただしい。


 そして今俺らは高校生なのだが、そいつのモテっぷりは変わらず、それどころかファンクラブが設立されているという噂まである。
 
 




 「こんなとこでなにしてるの?」


 
 声をかけてきたのは、そいつ―――佐野だった。
 俺は作業を止めずに応える。


 「ちょっと頼まれてさ。もうすぐ終わるから適当に時間つぶしといて」


 「それ学園祭のやつだね。なにか手伝おうか」


 そうコイツ、顔が良いだけでなくて中身もいいヤツなんだ。俺はそのご尊顔を見ることはできないが、それでもコイツがモテるだろうなっていうのはなんとなく分かる。

 
 「じゃあこれお願いするわ。そこに置いてあるのと同じ感じでやっといてくれ」

 
 「うん。わかった」


 それから黙々と作業を進めて30分くらい経った頃、佐野の進捗をチラッと確認すると思っていた以上にできている。今思えば昔から俺が教えたことをそつなくこなしてしまう奴だった。

 そう、コイツは完璧過ぎる。顔良し性格良し頭良しで、要領がいい上にスポーツもできる。



 神様、これはあんまりですよ。残酷すぎます。

 

 一人で勝手に落ち込んでいる俺に向けて突然、佐野はこう言った。


 やっぱり君はすごいね、と。


 その言葉に思わず手が止まってしまった。


 「えっ、なに急に。すごいって何が?」


 「これ。君のことだから、困っている人を見かけて声をかけたんでしょう?」

 
 確かにそうだけど、それは佐野もやっていることだし、別にすごくはない。そう言うと佐野は首を振る。


 「それは違うよ。僕は、君がやっていたからそうしているだけ。僕が君の真似をしているだけだよ」

 
 手元に視線を落としていた佐野は、逆光に沈むその顔を少しだけ上げた。その様子はこころなしか照れているようだった。



 「覚えてる?初めて会ったときのこと」



 ……あまり覚えてないな。



 「僕ははっきり憶えているよ。あの頃の僕はずっと独りで、みんなに話しかけてもらっても黙っちゃって」

 

 あぁ、確かそんな感じだった。


 そういえば、その頃は佐野の顔がちゃんと見えてた気がする。


 「そんな僕だったから、みんな愛想尽かして離れていったんだよね」



 そう、佐野はこう見えて苦労人なのだ。昔の彼も好きで黙っていたわけじゃない。



 「でも、君だけはずっとそばにいてくれた。僕が返事をしなくても、たくさん話しかけてくれたよね」



 まぁ、そのときの俺はあまり深く考えて行動してないだろうし、ずっとそばで話しかけていたのも何でコイツはひとりで黙りこくってんだっていう変な興味があったせいだろう。



 「そのおかげで君と少しずつ話すようになって、一緒に遊ぶようになって、そしたら他のみんなともいつの間にか仲良くなっていたんだ」



 急に胸が痛くなって来た。
 どうしてだろう。どうしてなんだろう。
 
 この感じ。原因を考えるようで、考えていない。ただ同じ場所で足踏みをしているだけの思考。

 すでに答えが出ているときにこうなる。
 
 

 「君がいなかったら、僕は今も独りだったかもしれない。そう考えるとやっぱり君はすごいよ」



 恥ずかしげもなくそう言い切る佐野に、そうかなぁなんて気の抜けた返事をする俺。


 また胸が痛む。




 佐野に友達ができ始めた当初の俺は、それは佐野自身の力だと思っていた。
 だが時が経つにつれて佐野の人気が高くなると、こう思うようになっていった。
 

 今の佐野があるのは俺のおかげだぞ、と。



 佐野が褒められると“俺のおかげ”
 佐野がチョコをもらうと“俺のおかげ”
 佐野のファンクラブがあるのも“俺のおかげ”



 俺は佐野を通して、昔の俺の栄光に浸っていたのだ。



 改めて佐野の顔を見やる。相変わらず影に沈んでいる。
しかし、言いたいことが言えたのかどことなく満足げな雰囲気が感じとれる。


 「佐野」

 
 「なんだい?」


 「今までごめん」


 「えっなに。なんかあったっけ」


 どうして謝られているのか分からない佐野をよそに、俺は自分の肝に強く銘じた。
 
 今の佐野があるのは俺のおかげだなんて考えは、もう二度としないと。

 
 佐野の後ろにある窓から西日が差し込み、俺たちがいる空間を黄金に染めあげる。

 逆光で目を細める俺を見て、そいつはくすりと笑っていた。
 
 


 

1/24/2023, 3:57:52 PM