『手ぶくろ』
冬の夜は、特に突き刺すような冷たさが痛い。心まで冷え込んで、凍りついて、おかしなことばかり考える。このまま誰にも知られずに消えたら、凍った私を探して助けてくれるひとはいるのかな、なんて。こんなことばかり考える私に優しい人なんていないってことくらい、わかりきっているのに。
「あ、ねえ。電車乗って帰る?」
後ろを向くと、寒さに顔を赤くして笑う彼がいた。静かに頷くと、一緒に帰ろうと言ってくれた。なんだ、きっとこのひとなら──あまり考えたくないことを考えた。彼の他愛もない話に耳を傾け、嫌なことを忘れられるように、少し大きめにリアクションをする。手が痺れるほど冷たくなっている。
「あ゙ーっさむ!!てか手寒くないの!?」
「いや、凍りそう」
「えちょっと触ってみてもいい?」
「うん、」
彼は手ぶくろを外して、私の手に触れた。すごく、すごく温かい。思わず涙が溢れそうなほどだった。人の温かさって、すごい。体も心も温める。あまりに素敵だ。
「冷たすぎ!もうおれの手ぶくろ貸すからこれつけてな」
「……いいの?ありがとう」
「いいよ。あ〜おれ優し〜〜」
彼の大きな手ぶくろに、私の手をはめた。あまりに大きくて、指先は行き場を失っている。余った部分が多いのだ。この何とも表現しきれない違和感。ぎこちなく自分の手をぎゅっと握る。そしてゆっくり開く。そして思う。きっとこれでは、温まることはないだろう。
ねえ、あなたの手で温めて、って言ってもいいかな。
『変わらないものはない』
変わらないものはないなら、あなたとのこの関係も変わってしまうの?
隣で笑ってくれるあなたは、お年寄りになってもいてくれることはないの?
あなたも、私の知らない所で、私の知らない人と、私よりずっとずっと幸せになるの?
時の中で生を紡ぐ私たちは、絶えず変化の中を生きている。そりゃあ、何かが変わったって不思議じゃない。
でも、変わってほしくないものはある。ずっと、変わらないはずのものがあると信じたくなる。
ねえ──私は、これからもあなたと生きていくものだと思っているの。これは、変わらないよね?
『クリスマスの夜』
最近は、よくわからないが不安でいっぱいになり、夜眠れない。昨日、というか今日も寝ついたのは朝方で、確か最後に時計を見たのは4時半だった。次に目が覚めた時には14時だった。さすがに絶望した。クリスマスだというのに半日も無駄にしたということ、ここまで寝ていても誰からも連絡がなく、今年もひとりで過ごすのだと確信したということ。あまりにも馬鹿馬鹿しい。なんだか呆れた。
昨日、家から帰る途中の駅で、帰るのを渋る彼女と、また遊ぼうねと声をかける彼氏を見かけた。正直、こんなところでやってほしくないと思ったんだけど、そういえばクリスマスだからな、と納得した。別に悲しい訳でもないのに、悲しくなくてはいけないような気がして、大きなため息をついた。今日の夜は友達に電話でもしてみようか──いや、きっともうすぐ寝てしまうな。既に寝ているかもしれない。
ひとり、コンビニで買った小さなケーキを頬張っていると、通知音がした。
メリークリスマス!
たったそれだけだった。私の好きな人は、こういうことをする。だから好きなのだけれど、起きているならそう言ってよ、と思った。電話しよう、って言ったら、いいよって返ってくるだろうか。ケーキなんて放っておいて、その言葉を打ち込んでみるか迷い始めた。きっとそうすれば、私の眠れない夜はきっと良くなる。贅沢な夜だと思った。
『プレゼント』
はあ、いちばん嫌な季節。幸せに満ちた2人組の横を通り過ぎていくと同時に、あなたとは結ばれないことを痛感してしまう季節。いちばん、心が冷え込む。
「ねえ、」
放課後、いつものように勉強していたわたしは、誰かに声をかけられて、振り向いた。
「クリスマスなのに1人で勉強してんの?悲しいヤツ」
「あんたも一緒でしょ」
「それを言うな」
隣に座った彼。苦しいだけなのに、なんでわざわざこんなこと。どうにかして彼をこの場から追い出したかった。私の傷口に塩を塗らないで。余計、わかってしまうでしょう。でも彼は残酷で、楽しそうに話を始めるのだった。
「あ、そうだこれ。あげる」
「……ん?…なんで」
「ほら、いつもお世話になってるから」
「…ええ………」
「なんだよ!」
「いや、…ありがとう、わたしも今度持ってくるね」
「よっしゃー!」
不意に手渡されたものは、綺麗にラッピングされたプレゼントのようなものだった。唖然として、言葉を紡ぐので精一杯で、今なら槍が降っても不思議には思わない。プレゼントを開けてみていいか聞くと、いいよと返ってきたので、そっとラッピングを剥がす。美味しそうなお菓子のパッケージが顔を覗かせた。
「え、美味しそう」
「良かったら食べてくださ〜い」
「……ありがと」
外を見ると、雪が降っていた。やけに寒いと思ったのは、そのせいなのか。…いや、本当は少し温かさすら感じている。もう、今のわたしは何が何だかわからない。
どうか、雪が深く深く積もりますように。きっとそうしたら、私の想いも隠してくださるでしょう。そうしてまた、何事もない日常がやってきますように。
『大空』
放課後になれば、少しばかり涼しくなる。吹奏楽部の楽器を吹く音が聞こえてきた。屋上の方からは応援団の練習している声がする。それに紛れて、どこかの部活の叫ぶような声。きっと、これは青春なのだ。それはわかってるのだ、わかっているつもりなのだけれど、それ以上のものがあって、どうしようもないのだ。
「──ねえってば。聞こえてる?」
好きな人が、隣にいるのだ。2人きりの教室。勉強を教えてほしいと頼まれ、快諾した結果がこれだ。ずっと上の空で、何もできない。焦って返事をしようとする。
「空、綺麗だねって」
ふと言われたその言葉に、窓から外を見る。建物と、木と、夕焼け空。暗くなってきた空の方に、煌めく一番星。ゆっくりと冷えていく空の彼方に、何年も前の光が笑いかけている。本当に、今まで見てきた景色の中で、いちばん美しいのではないかと思ってしまった。空がこんなにも大きいことなんて、知らなかった。しかしそれも、この人と一緒にいるからだということくらいわかっていた。
「こんな大空、久しぶりに見た」
「大空って。大袈裟だなあ」
あなたは知らないでしょう。
この大きな空の下で、あなたに何を言おうかと迷って成長しようとしている、小さな僕のことを。