『酸素』
慣れない環境で無理しているせいで、何もしなくても涙が出る。なんでこんなことしてるんだろう、と自暴自棄になる。いつもはこのあたりで止まるんだけど、今日は違った。息が吸えないくらいに泣いて、意識が朦朧としていた。いっそこのまま。そう思えば気が楽になるくらい、私はずっと泣いていた。
そのとき、スマホの着信音が聞こえてきた。恐る恐る手を伸ばす。そこにある名前はあなただった。思わず電話に出る。
「あー、また泣いてる」
向こうの呆れたような笑いが、すごく暖かかった。
「息吸えてないでしょ。深呼吸して、落ち着いてね。今からそっちに行くから、ちゃんと呼吸してるんだよ、どれだけ泣いてもいいから、ね」
私はあなたに「馬鹿」と言ってしまった。だって、あなたという酸素がまだここにないんだもの。
『記憶の海』
砂浜に波が寄ってくる。そして静かに引いていく。海と空の境界線は、はっきりしているようで曖昧だ。それくらいに空が青い。私はぼんやりと今までのことを思い出す。
今までこの海で過ごした思い出、記憶。それらは、まるで存在していないと思ってしまうほどに鮮やかだった。
記憶はまさに海だ。けれども、海のようにもっと気軽に、当たり前のように触れられるものであってほしい。そうでないと、あなたと過ごした日々ですらも妄想だと勘違いしてしまう。
『届かない……』
叶わない恋をした。
その人は人気者で、かっこよくて、性格も良くて、運動神経も良くて、頭も良い。非の打ち所がなかった。
初めて話したときも、優しく接してくれた。「今度のテスト勝負しよう」なんて笑ってた。あなたの点数に届くはずもないのに。
どれだけ私が自分を磨いても、あなたはきっと見向きもしない。この好意は絶対に届かない……だから私は、卑屈にもこんなことを思う。
あなたの見る目がなければ良かったのに。
『木漏れ日』
日差しの強さに負けて、木の下に入ると、幾分か涼しい。
鋭い日差しが、なんだか懐かしい木漏れ日になる。
ああ、そうか、私。
木の傍にあるお墓に手を合わせた。
あなたとの思い出を振り返っているから、こんなにも懐かしいんだ。
『ラブソング』
夕焼けに染まった空を背景に、あなたと私がいる。
教室にたった2人。
向こうから聞こえる、吹奏楽部の音。
それがラブソングだと知らずとも、
十分すぎるほど美しかった。