『遠くの声』
部屋にはたくさん人がいるけれど、私は1人だった。
孤独というのは、1人でない時に感じるものだとわかった。ただ、そんなものも慣れっこだった。孤独ということはつまり、私が存在していようがしていまいが、彼らには関係ないということだ。私が何をしようと興味のないこと。逆に気楽だった。他人の目を気にする必要がないと言っても過言ではないからだ。
それでも、あなたの声が遠くからはっきり聞こえてくるだけで、なんだか寂しくなる。好きな人の声はやけに大きく聞こえるらしい。もし私が話せたら、声を出していれば、あなたも振り向くのかな。
『春恋』
やけに明るい光が射し込んで、私はぱちっと目を覚ます。どうやらカーテンが閉まりきっていなかったらしい。おかげで部屋も暖かい。なんだか腹が立って、カーテンをぴしゃりと閉める。アラームが鳴るまで10分は寝られたというのに、最悪の朝だ。
「ん゙〜〜〜」
もう、仕方ない。起きるしかない。諦めて、もう一度カーテンを開けた。窓の向こうでは桜の花びらが舞っている。綺麗だった。そういえばもう、春か。
ふと、連絡が来ていないかスマホを見た。
「え゙っっ」
友人と電話が繋がっていたのだ。思い出した、昨日の夜に雑談をしようと電話が来て、数時間の雑談をした挙句、そのまま寝落ちしたんだ。最悪だと思った。さっきの間抜けな声も、全部聞かれていた。……いや…まだ寝てるかもしれない。きっと大丈夫だ。電話の向こうでかすかに動くような音が聞こえた。
『かわいいね』
「……は?」
それからは、寝息だけが聞こえてきた。
眩しい光を見ながら、春が来たのだと改めて思った。
窓の向こうでは、少し強い風が吹いたようで、花吹雪が見えた。
『新しい地図』
晴れて大学入学を果たした私だったけれど、田舎の高校から東京の大学に進学するから、知り合いが一人もいなかった。不安が募るばかりだった。今日の入学式も一人だったけど、周りを見るともう既にグループができていた。内部進学生がいると聞いて、怖くてたまらなかった。私、これからずっと一人なのかなあ。
ふと、高校入学の時も同じようなことを思っていた記憶が蘇った。もちろん多少の知り合いはいたけど、新しい友達なんてできるはずないと思ってた。でも卒業式が終わった後は、色んな人と写真を撮って、お店に寄って美味しいご飯を食べて、私の周りには確かに友達がいた。
なんだかそう思うと、不思議と大丈夫なように思えた。私のスマホに映っているのは、来たことのない東京の地図。私は、ここから「仲間」と呼べる人を書いていきたい。卒業する時、この新しい地図が真っ黒になってしまうくらいに。この地図は、私が完成させるんだ。
『好きだよ』
今にも眠りにつきそうな中、私は好きな人と電話をしていた。眠いのは相手も同じようで、さすがにもう寝ようか、と声をかけた。
「ねえ」
その寝ぼけたような声で呼ばれる。私も「なあに」と馬鹿みたいな声をあげる。
「好きだよ」
その言葉は、寝言なのかな。私は返事に困って黙り込んでしまった。嬉しい。本当に嬉しい。でも、そんな素直に受けとってもいいのかわからなかった。私の動いていない頭が生み出した幻聴かもしれない。罰ゲームか何かで言わされただけかもしれない。
「ほんとに好き、」
「……あのさ」
彼の眠たそうな言葉を、本物にしてやりたかった。
「次、会った時。もっかい言ってよ、好きだよって」
彼は笑いながら「もちろん」と言っていた。私は夢なのではないかと思って思い切り頬をつねった。久しぶりに痛い思いをした。
『はじめまして』
「……はじめまして…」
彼女から飛んできた言葉に、俺は膝から崩れ落ちそうになった。そこは病室だ。パンパンに詰められた白い部屋に、柔らかな一輪の花が咲いている。そう、彼女だ。
「あの、………はじめ、まして」
記憶を飛ばす前は恋人でしたなんて、なんだか伝えるだけでも情けなくなって泣いてしまいそうだった。
「ええっと、お名前を伺ってもいいですか」
「名前ですか」
「はい、名前」
「…そうですね、……」
俺は彼女に向かって口を開いたが、悔しくなってやめた。あんなに俺の名前を呼んでくれた彼女が、病気ごときで俺の名前を忘れるはずがない。
「……なあ、ほんとに何も覚えてないのか」
「……、……はい、すみません…」
「あーいや、謝ってほしいんじゃなくて」
「すみません、あなたには会ったような気はするのですが、どうも思い出せないんです」
「…そう、ですよね」
「ごめんなさい」
「いや、ほんとに大丈夫ですから。あなたもつらいでしょう?」
彼女は曖昧に笑って、俯いた。こんなこと聞かなきゃ良かった。窓の向こうを見ると、桜が満開だった。春にしては寒い日だけど、それでも桜は咲いている。笑っている。こんなに寒々とした春もはじめましてだな、と変なことを考える。