『届かないのに』
そういえば、バイトのシフトを出さねばと思い、来月の予定を確認していたとき、夏祭りの存在を思い出した。ふと、あの人の顔が浮かんできて、悩んだ挙句に誘ってみた。
ぜひ!
あ、でも俺に春が来なかった時にお願いします!!笑
どうして夏祭りには一緒に行ってくれるのに、そういう関係になってくれることはないんだろう、と少し悲観的になる。まあ、わかってることだけど。あの人に見る目があることくらい。
春は来そうですか笑
すぐに返ってきた返事には、
一生冬ですね笑笑
だそうだ。そんなのに安心してしまう私がいるのも嫌だ。
もし、本当に夏祭りに行けたとき、「私のことを拾ってくれ」とでも言いたい。まあ、絶対届かないんだけどね。
『雨音に包まれて』
窓の向こうでは、雨が降っている。肌寒いから、布団に潜る。遠くで雨音がする。なんだか憂鬱な気分になる。
最近の私は、何か変だ。嫌なことをずっと考えている。そして、勝手に失望する。今日もそれは変わらなくて、いよいよ自分の阿呆らしさが完全にわかってしまいそうで、ただひたすらに怖かった。
雨が少しずつ、私が固めてきた「優秀」というレッテルを溶かしている。それは私にとって致命的なことだった。私はそのレッテルに沿うように生きてきた。その方が、みんな私を認めてくれたから。けれど、そのレッテルがなければ、私には何も残らない。抜け殻なのだ。だから誰か、誰かが、優秀じゃない私を受け入れてくれたら、と存在しない妄想をするほかない。
じんわりと目元が熱くなる。雨は強くなる。私は一体、何者なんだろう。何のために生きているのだろう。そう思うのも無理はなかった。
電話が鳴った。恐る恐る電話に出ると、向こうで弾むような声がする。
「声聞きたくて!」
私の気持ちも知らないくせに、あなたはそう言う。私は、あなたのことも、自分のことも、本当に馬鹿だと思った。その一言で、救われた気になってしまう私がいるんだもの。
『傘の中の秘密』
「うげ、傘持ってないのに」
「私の入る?」
「え、やだ」
「濡れちゃうでしょ」
「じゃあささっと駅まで行くよ」
「あちょっと置いてかないでよ!」
あなたは雨の中笑っている。なんだか傘を差すのももったいないくらいにあなたがかっこいいから、ずるい。
でも、あなたは私の傘を待っていた。
「ありがとね、入れてくれて」
ふと言われた言葉にぱっとそちらを向く。照れたように笑うあなたがいる。
「いいの、だって私───」
大きな雨粒がたくさん落ちていく。パラパラと音を立てている。まるで花火みたいに。
あなたは顔を赤くしている。「聞こえなかった」はナシだからね!なんて私も顔を赤くする。
世界でいちばん、馬鹿な2人だと思った。
『君の名前を呼んだ日』
「てかさ、なんで苗字呼びなの?みんな俺のこと下の名前で呼んでるのに」
不意をつかれた問いに首を傾げる。下の名前で呼んだら馴れ馴れしいじゃん。そんな言葉を投げると、
「逆に苗字呼びされると距離感じて嫌だから名前で呼んで」
なんて。何とも思ってないような顔をして言ってる。私は嘲笑を含めて彼の名前を呼んだ。いつもより嬉しそうな顔をしている彼を見て、私もまた、嬉しくなってしまっているのはここだけの秘密。
『昨日と違う私』
履きなれないスカート。
イヤリングで耳が痛い。
いつもより時間のかかるメイク。
鏡の前で変な顔して笑ってみる。
こんなにも昨日と違うのはあなたに会えるからだ、ということは、まだ秘密にしておきたい。