目の前には壮大な景色が広がっている。
私は今友人とキャンプに来ているのだ。
キャンプはとても楽しくて、あっという間に時間が過ぎていった。
夕方になりオレンジ色の優しい光に切り替わる。
優しい光は昼間の頼もしい光よりも直視しやすい。
私は友人と話している時にチラッと空を盗み見た。
優しい光はやはり直視しやすく、目を細めながら太陽を見つめた。
友人に向き直ると友人も太陽を見ながら口を開けていた。
どうしたのかと尋ねると友人は言った。
「あまりにも、綺麗で幻想的だったから驚いちゃって」
友人は笑う。
太陽、もとい夕日に照らされた顔は綺麗だった。
夕日の方をもう一度見つめる。
山の向こうに沈みかかっていたので、急いでスマホを向けた。
シャッター音がなると当時くらいに友人の肩が跳ねた。
「びっくりした」
友人は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
まぁ、夕日のせいだったのかもしれない。
少し経つと綺麗な濃い紺色に変わった。
太陽の代わりに月が顔を出している。
空にはこれでもかというくらいの沢山の星々が光を放っていた。
「ここのキャンプ場にしてよかったね」
私は頷く。
下にある街の光なんか目に入らないくらい、星々は綺麗だった。
しばらく目が離せなかった。
少しの沈黙の中私は口を開いた。
「綺麗だね」
返事は返ってこない。
横を見ると友人は星を見つめながら口に手をあてていた。
「………ごめん、言葉が出てこなくて」
そっか、とだけ返した。
また来る時は友人の他にもう一人くらい誰か誘ってこれたら良いなと思った。
「また来たいね」
「うん」
「その時はまたこの場所取りたい?」
「うん」
「……」
「……」
「もう寝るけど…」
「先に寝て、もう少し堪能してから私も戻るよ」
「わかった」
「お休み」
「お休み」
その後少しだけテントを抜け出した時、友人は食い入るように空を見つめていた。
少しだけ頭を抱えているようにも見えた。
普段友人は言葉選びが上手く、分かりやすい。
沢山の言葉を知っている友人が見ても表し方がわからない。
それくらいその日の空は綺麗だった。
正直、私は頭をどんなに絞っても「綺麗」しか出てこないのだけど。
ー言葉にできないー
「春だなぁ〜」
「何を今更」
「いやね?なんか、春って桜のイメージあるじゃん」
「そうか?俺は断然花粉だな」
「あ~、そういうのもあるのか…ま、こうやって桜を眺めながら登校してると、ようやく実感できた感じ」
「…何でこの高校選んだんだ?」
「え?んー…知ってた?この学校の屋上から見る景色が綺麗なんだって」
「知らない、それだけ?」
「それだけ」
「そ」
「あ!見て見て、可愛い花だねぇ〜」
「あぁ、……大人になったな」
「どういう意味?」
「いや、昔は道端に生えてる花なんて見向きもしなかったから」
「そんなことないよー」
「自覚してんだろ」
「……」
「髪に桜の花びらがついてる」
「うっそ、どこどこ?」
「取るからじっとしてろ」
「そーっとね、取ったら渡してね」
「……はい」
「わー!可愛い!なんかすぐ無くなっちゃいそう」
「そんな一つの花びらよりあっちの角に沢山溜まってるけど」
「ホントだ!行こう!」
「引っ張るな」
「花びらいっぱい!可愛いし綺麗だし最強かよ」
「おい、そんなに散らすと」
「えい!」
「やめろ、かけてくるな小学生か、俺についてない?」
「ついてる」
「取ってくれ」
「嫌ですー」
「はぁ?」
「小学生扱いしたじゃん」
「悪かった、小一だから分からんのか」
「また言った!私はもう立派なお姉さんです」
「違う、俺の方が年上だ」
「じゃあ、おじいちゃんだね」
「俺がジジイならお前はババアだな」
「違いますー!」
「俺等は双子だぞ」
「………さーて、もう行きますわ、これ以上のんびりしてると遅刻しますからね」
「逃げるな」
「ふっ、髪の毛とか制服にいっぱい花びらついてるけど?」
「チッ、はぁ~、もうお前と一緒に登校しないから」
「でも、お母さんが心配するから今日だって一緒に来たんだよ?今更辞めるともっとお母さん心配して倒れちゃうかも」
「……チッ」
「まぁ?せいぜい遅れないように頑張ることですね」
「ムカつくな」
「はっはっはっー!」
「楽しそうな奴め…後でしばくか」
〜その頃〜
「ひっ、なんか悪寒が……怖」
ー春爛漫ー
「珠葉(たまは)は昔から優秀だね」
母親に言われた。
確かに私は昔から誰よりも優秀で優れていた。
勉強も運動も常に1位。
負けたことなど無いのだ。
勿論、周りの事も誰よりもよく見て気遣ったり空気を読んだりする事も完璧だ。
「ありがとう」
顔の広角を上げる。
綺麗な笑顔が出来上がった。
誰が見ても疑うことの無い完璧な笑顔。
「毎日毎日大変じゃないの?勉強も運動も裏では必死にやっているのに、そんな素振り微塵も見せないだなんて」
………。
努力なんてしていない。
私は昔から他の子よりも秀でているだけ。
それだけなのだ。
「大変じゃないよ」
あ、声を上げそうになった。
これじゃまるで努力していると言っているようなもの。
でも今ので完全にタイミングを見失った。
しくじった。
完璧なのだ。
誰よりも。
何もしなくても。
私は私でいられるのだ。
「そう、無理なんてしなくていいのよ」
無理なんてしていない。
だってこれが私なのだから。
無理をするところがどこにもない。
「うん」
また、言ってしまった。
無理なんてしてないよ、こんな言葉が喉でつっかえて声が出せない。
これはきっと心の拒絶。
家族の前でさえ偽ってしまおうとしている私に、本当の私が偽りたくないと叫んでいる。
どうしたらいいのだろうか。
「偽らなくたって、貴方の居場所はあるんだからね」
私の心を見透かしたような、そんな感じで。
不思議と安心感が生まれる声で。
長年聞いてきた、唯一の家族の温かい声は私の心が求めていた言葉を言ってくれた。
一人で私を育ててくれた大切な人。
離れて暮らしている弟と父親とは違う。
生暖かい液体が目から出てくる。
何も言わずにリビングをあとにした。
2階にある私の部屋まで行く階段で声を出すことを歯を食いしばって我慢した。
部屋の前につくと急いでドアを開けた。
部屋に入ってから急激な安心感に襲われどうしても抑えることができなくなって声をだした。
「うあぁぁぁん」
幼い子供のように大声で声を上げた。
この声は当然母親には聞こえていないのだろう。
それでも、私の声が母親に届いてほしかった。
気づいてほしかった。
私をそっと抱きしめてほしかった。
「行ってくるね!」
下から母親の声がしてすぐに玄関の閉まる音がした。
声を止めたくて深呼吸をした。
声を止めると自然に目から出てくる液体も止まった。
スッキリはしなかった。
余計に胸が苦しくなった。
悲しかった。
気づいてくれないことが。
仕方が無いとわかっている。
わかっているんだ。
目から出てくる液体の正体も。
認めたくない。
拒絶している自分がいる。
私は完璧だから。
努力していることも、ストレスが溜まっていることも、泣いたことも。
知られてはいけないのだ。
知られてしまったら、きっと完璧ではなくなってしまうから。
努力なんて一切していなくて、ストレスなんかたまらないくらいメンタルが強くて、ニコニコ笑っている。
これが私の思う完璧なのだから。
ー誰よりも、ずっとー
※少しホラー要素が混じっております。
「桃(もも)達は一生友達だよね!」
「と、そうだね」
友達?聞こうとしてやめた。どうやら桃ちゃんは私の事を友達だと思っていたらしい。
「じゃあずぅーっと一緒にいようね」
「………」
「桃ー!」
「……ママ来ちゃった」
「うん」
「なんでさっき答えなかったの?一緒いたくないの?なんで?ねぇ、答えてよ!」
「そうだねって言おうとしてた」
「…そっか!」
「ほら、桃、帰るよ」
「…えりかちゃんは?さっき、ずぅーと一緒にいるって約束したの」
「えっとね桃、えりかちゃんにもお母さんとかがいるんだよ、だからずっと一緒にいる事は無理なの」
「やだやだやだ!!一緒にいるって約束したもん!!!」
「……ごめんね、えりかちゃん。こんな子だけどこの先も仲良くしてくれる?」
「はい」
「えりかー」
「私もお母さんが来たので…さようなら」
「ほら、桃、さようならって言いなさい」
「…………………」
「拗ねちゃったみたい、本当にごめんなさいね」
「いえ、じゃあ」
『〜で、跳ねたあと逃走したと言うことです』
テレビから聞こえてくる無機質な声で目が覚めた。
「えりか…桃ちゃんが…」
「うん、見たら分かる」
「………桃ちゃん……」
「お母さん、泣いてるの?」
「……」
「えりかちゃん」
後ろから桃ちゃんの声がした。
「桃ちゃん?」
「うん!これで一生一緒にいられるね」
クスクスと笑う声が聞こえる。
「えりかちゃん、嬉しいよね」
「……嬉し…く」
「嬉しいよね?」
「………嬉しい…よ…」
「桃もね、嬉しい!」
「…そっか、良かった」
「もう一生どこにも行かないでここで過ごそうね!えりかちゃんは桃だけの友達だから」
「桃、ちゃん、それは」
「ん?」
「……分かった」
「嬉しい!」
「じゃあ本当に」
桃ちゃんの足や腕がボキボキとおぞましい音をたてながらあり得ない方向に曲がっていく。
「ふだぃ゙だげだねぇ゙?」
体中から血が吹き出してきた。
「ぅ゙ぇ゙じぃ゙なー」
私はこれからも桃ちゃんと死ぬまで一緒にいることになったみたいだ。
一生一緒に…。
ーこれからも、ずっとー
「何でこんな事になったのか話してくれないか?」
「うん、最初は仲が良かったの。
なのに急に私がいじめてきた、とか言い出して。
意味がわかんなかった。
本当に何もやってなくて、でも、確かに痣ができていたから嘘ではないんだろうなって思った。
誰かにやられて、それを私のせいだと言っていたんだと思う。
それか自分でドジを踏んだか…。
とにかく、殴られたとか悪口言われたとか、とにかく色々皆に言ってて。
それを信じた人は最初は半分くらいだったんだけど、日に日に元気がなくなっていく彼女の事を本当に私がいじめているんじゃないかってなった。
それから教室の空気がいつも重くて、居心地が悪い」
「教室の居心地が悪いんだったら何でわざわざ教室にいたんだ?」
「教室から逃げれば私が認めたってことになると思ったから」
「味方はいないの?」
「味方は分かんないけど、クラスの一グループはどうでもいいとか、どっちも悪いところがあったんじゃないか、とか。
そう言う中立の立場に立ってる人はいるよ」
「そっか」
「それよりさ、早く残りを食べたほうがいいんじゃない?」
「もう時間無くなるな」
「ありがとう、急いで食べる」
「私はもう行くから」
「ちょっと待って!今日一緒に帰れない?」
「できる、と思う」
「できたら校門前で待ってて」
「分かった」
「またね」
「うん」
「あの人じゃない?」
「声かけてみるか」
「姫華さん!」
「びっくりした、そっちのクラスは結構掛かるんだね」
「姫華、すまん!」
「え?うん」
「そう言えば姫華の家はどっち方面なんだ?」
「あっち」
「別方向か、ごめんね、呼んどいて何だけど…」
「しかし、今日の夕日は綺麗だよな」
「確かにな」
「こんなに綺麗ならどんなに写真が下手でもそこそこにはなるかもな」
「撮ってみれば?」
「あぁ、……おー、……うん」
「何でこうなったんだよ」
「うーん」
「そのまま話していると日が暮れそうだから私はもう帰るよ、じゃあね」
「また明日」
「じゃあなー」
その日の夕日は息を飲むほど綺麗だった。
静かに反射し、沈む時まで美しい。
その様子を今頃新しく出来た三人の友人は見ているのだろう。
だが、三人揃ってその日の夕日を見ていたことなど知る由もないのだ。
ー沈む夕日ー 終わり