ミツ

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「珠葉(たまは)は昔から優秀だね」

母親に言われた。
確かに私は昔から誰よりも優秀で優れていた。
勉強も運動も常に1位。
負けたことなど無いのだ。
勿論、周りの事も誰よりもよく見て気遣ったり空気を読んだりする事も完璧だ。

「ありがとう」

顔の広角を上げる。
綺麗な笑顔が出来上がった。
誰が見ても疑うことの無い完璧な笑顔。

「毎日毎日大変じゃないの?勉強も運動も裏では必死にやっているのに、そんな素振り微塵も見せないだなんて」

………。
努力なんてしていない。
私は昔から他の子よりも秀でているだけ。
それだけなのだ。

「大変じゃないよ」

あ、声を上げそうになった。
これじゃまるで努力していると言っているようなもの。
でも今ので完全にタイミングを見失った。
しくじった。
完璧なのだ。
誰よりも。
何もしなくても。
私は私でいられるのだ。

「そう、無理なんてしなくていいのよ」

無理なんてしていない。
だってこれが私なのだから。
無理をするところがどこにもない。

「うん」

また、言ってしまった。
無理なんてしてないよ、こんな言葉が喉でつっかえて声が出せない。
これはきっと心の拒絶。
家族の前でさえ偽ってしまおうとしている私に、本当の私が偽りたくないと叫んでいる。
どうしたらいいのだろうか。

「偽らなくたって、貴方の居場所はあるんだからね」

私の心を見透かしたような、そんな感じで。
不思議と安心感が生まれる声で。
長年聞いてきた、唯一の家族の温かい声は私の心が求めていた言葉を言ってくれた。
一人で私を育ててくれた大切な人。
離れて暮らしている弟と父親とは違う。
生暖かい液体が目から出てくる。
何も言わずにリビングをあとにした。
2階にある私の部屋まで行く階段で声を出すことを歯を食いしばって我慢した。
部屋の前につくと急いでドアを開けた。
部屋に入ってから急激な安心感に襲われどうしても抑えることができなくなって声をだした。

「うあぁぁぁん」

幼い子供のように大声で声を上げた。
この声は当然母親には聞こえていないのだろう。
それでも、私の声が母親に届いてほしかった。
気づいてほしかった。
私をそっと抱きしめてほしかった。

「行ってくるね!」

下から母親の声がしてすぐに玄関の閉まる音がした。
声を止めたくて深呼吸をした。
声を止めると自然に目から出てくる液体も止まった。
スッキリはしなかった。
余計に胸が苦しくなった。
悲しかった。
気づいてくれないことが。
仕方が無いとわかっている。
わかっているんだ。
目から出てくる液体の正体も。
認めたくない。
拒絶している自分がいる。
私は完璧だから。
努力していることも、ストレスが溜まっていることも、泣いたことも。
知られてはいけないのだ。
知られてしまったら、きっと完璧ではなくなってしまうから。
努力なんて一切していなくて、ストレスなんかたまらないくらいメンタルが強くて、ニコニコ笑っている。
これが私の思う完璧なのだから。

  
                        ー誰よりも、ずっとー

4/9/2024, 11:17:58 AM