あにの川流れ

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1/17/2023, 8:56:02 AM

 朝起きたきみは、まずベッドを整える。クローゼットと水場を行き来して、身形を納得ゆくまで。

 今日はぼくが担当。
 きみがセッティングしたテーブルにお皿に盛り付けた朝食を置いて。楽しみながらも所作に気をつけて、「いただきます」「ごちそうさま」もしっかり。
 冷たい水道水にぼやきつつ、きみの手は手際よく順序よく。泡から救い出したら水気も残さない。

 バラバラ、し忘れ、入れっぱなしのぼくを叱りながら選別して洗濯機。
 合間に花のお世話。
 きみのお目々はお花にうっとり。
 ベランダで気持ちよく日光に当たりながら、テキパキと吊るして。

 きみが好む紅茶。
 その手さばきはもう、誰かが言った「芸術だ」。ぼくはじーって見ちゃう。やべっ、お湯回しすぎちゃった。

 テレビを点けたらどこかの、なんか、いい感じの景色。大自然。
 ナレーションにうんうんって頷くきみ。

 「こんなきれいなところに、一度は行ってみたいですねぇ」
 「……」

 ぼくはいまのままで充分。これ以上はちょっと、美しいの過剰摂取になっちゃうの。
 ふと、気になる。

 「ねぇ、きみの美しいってなあに?」
 「え」

 振り返ったきみはきょとん。
 じわじわと考えが巡って、棄却して、一瞬こころが揺さぶられて、やっぱり違って。トライアンドエラー。
 お目々がすっごく動く。

 「あ」「え…」って言い詰まって、たぶん、考えすぎ。頭がぐるぐる。パンクしそうに。
 豊かな分、言いたいことがありすぎて選べない。よくあること。

 きゅ、って口を引き絞ったきみは、納得できてないお顔。「まっ」、一回詰まって。

 「まだ、何も言えることがありません。もっと経験を積んで吟味します」
 「わぁ」

 ――――なんて美しい□□□□(文字数不順)‼



#美しい



1/16/2023, 6:10:44 AM

 家の一室。この世界に来れる毎週末を、ぼくはそれはもう、すっごく心待ちにしている。

 床板が外されたそこ。
 冷たい波がバシャバシャ周りの床を濡らしてるけれど、ぜんぜん平気。気にしない。だってそのためのお部屋。
 透き通る彩度の高い水色が、切り取られて加工された写真みたい。部屋の窓から射し込む陽光にチラチラ。とっても美しい。

 まだまだ息を切らして、そっと覗くの。
 はぁ、って息をついた瞬間――――、

 「ぅあ⁉」

 バチャンって飛沫を上げて。まるで水族館のショーの演目。
 仰け反ったけれど、ぼくもばかしゃない。
 バッてビニール傘を開いて。
 ぼたたたた――――、豪雨の音。

 まだ波立つそこから、ぽちゃり。
 きみがお顔を出す。ぼくたち――ヒトと同じ造形をしたそのお顔は、眉を寄せてね、すっごく白々しいお顔。
 じとーって睨んでくるの。

 「遅いですよ」
 「きみが早すぎるの。あと、ぼく、危うくびしょびしょ。いつもいつも。何か言うことないの?」
 「おや、水もしたたる何とやら。惜しいことをしましたね」
 「季節考えて。いま、いちばん寒い季節」

 くすくす。手の甲で口許を隠してるのに、水面からはパチャ、パチャ、って尾ひれが楽しそうに跳ねてるから丸分かり。
 こんなに寒いのにきみの顔色はいつも同じ。
 触れたら、普通にあったかい。ほんと、体温が高いんだから。

 「ちょっと、冷たいです」
 「いいでしょ、冷たい海にいるんだから」
 「あたたかい海から顔を出しているから、顔は寒いんです。あなたこそ、寒いところにいるから冷えるのでしょう?」
 「これでもこのお部屋はあたたかいの。末端冷え性だからお手々が冷たいの」
 「難儀ですね」
 「きみに言われたくないなぁ」

 海の中から床に肘をついて、頬杖をつくきみ。
 はーっ、はぁーっ、って何度も息を吐き出して空中にできる白い蒸気をたのしんでる。
 無邪気でこどもみたい。っていうと、きみは呆れたみたいに言うの。「あなたたちが海に潜ったときも同じような反応をしていますよ」って。

 「あ、わたくし、あれがたべたいです。前にたべさせてくれた、お魚の」
 「あー……えと、お寿司?」
 「そう! それです」
 「何のネタがいいの?」
 「炙りはらみがいいです」
 「好きだねぇ、脂身。……ねえ、共食いになんないの?」
 「え? だって、あなたたち、豚も牛も食すじゃないですか。それに、海のいきものだって、他の種類の海のいきものをたべますよ?」
 「そういう認識なの?」
 「地上のいきものは、ヒトだけなのですか?」
 「ちがうね」
 「そうでしょうとも」

 早く寿司を持ってこい、って顔してるけれどさ。なんだかちょっと、納得ゆかない。昔読んだ童話のせいかな。
 きみの身体にヒトの不死身につながるものはない、とか。ぼくときみが同じだけの寿命、だとか。魚だけじゃない肉も、きみが好き、だとか。
 わりかし、ぼくの常識と無意識の思考の構築とは食い違うから。

 「あっ、あと!」
 「まだあるの? きみってば食いしん坊」
 「誰でも同じですよ。お酒、お酒持ってきてください! 好きです、お酒、とっても好きです!」
 「いいけど、きみ、帰れなくなるよ? 他のお魚にたべられちゃうかも」
 「泊まってゆきます」
 「え」
 「浴槽か水槽にお水、張ってください。わたくし、寝相はいいほうですよ? 水質も選びません!」
 「いいけど。きみ、寝相けっこう悪いよ? 尾ひれ、めっちゃ動く。夢でクロールしてるし」
 「え゛ッ」

 ぼちゃん、って沈んだきみの尾ひれ。今度はぼくがくすくす笑う番。
 ちょっと落ち込んでるきみのために、台車に載せた浴槽に海水を汲み上げる。
 まだ尾ひれをぎゅ、って握るきみを浮かべて。
 
 ヒトの世界――――ぼくの世界にご案内。
 この家だけは、この空間だけは、ちっちゃなこの世界は、きみとぼくが共有する世界。

 「ね、元気出して」
 「……今度、おいしい海の幸を献上します」
 「んふ、たのしみにしとく。あ、それと、採取したいものがあるんだけど」
 「いいですよ、探しておきます」

 けっこう、win-winだったりする。



#この世界は



1/15/2023, 1:08:03 AM

#どうして


 鈍い音とともに、赤いものが飛び散った。
 ――――ドンッ! 重い音。
 ぼくの目の前で本当に、本当に、ゆっくりと崩れてゆくきみ。そんなきみに手を伸ばすことができなくて、木製の角やその上でカチャ、ガチャ、と鳴る音を聞きながら走った。
 鼓膜が、心臓が、映像が、すべてがスローモーション。空中を舞う埃さえもその軌道がはっきり見えていたくらいに。

 「ねえッ! 大丈夫⁉ しっかりして‼」

 両膝をついてきみを抱き起こした瞬間に、うってかわって時間は足を速めるの。

 きみの胸元にはべったりとぬめりのある真っ赤な液体。抱き起した背中にもべったり。ぼくのことも濡らしてゆくの。
 もう半ばパニック。
 ぺったりと湿った髪。
 大粒の汗が浮かんでは流れて、苦しそうに呼吸をする。眉間に寄せられた眉。
 何度も何度も名前を呼んで。
 ぼくの頭はもう、「なんで」「どうして」って思考がはたらきかけては、それを拒絶するみたいに頭が痛くなる。

 薄く開いたきみの目。
 力なく伏目なのが、のろのろと瞼とともに上がってきた。うろうろと揺れる瞳がぼくを見つけて。

 へにゃりと笑ったきみは、弱弱しい。
 つっかえて、つまって、それでもきみは声を絞り出すの。
 ぼくもそれを止めない。
 だって、これは――――、

 「ふふ……、なんて、顔を……してるんですか」
 「だって、だって……ッ」
 「そんな、顔、しないで、ください」

 伸ばされたきみの手がぼくの頬を。べちゃり、ぬちゃぁ……ってきみの跡が残る。
 それを見てきみってば満足そうにしちゃってさあッ‼ 今のぼくがどんな気持ちかも知ってるくせに。なのに、どうして。

 ほんと、ほんときみってば、いじわる。
 はあ、って熱を体内から絞り出すような息。そんなんで許されると思ってるの?

 「ねえ、あのね、ひとつ、聞きたいの」
 「……ええ、どうぞ」

 もう一度ね、きみのお顔をよく見るの。

 「どうしてぼくたち、こんな、迫真に大根役者、できるの……?」
 「――――ぷっ、んンッ……わ、笑わさないでくださいっ」
 「ねえ、だって、残り少ないケチャップにやられて、きみがいつの間にか上達した受け身と変なテクニックで倒れて」
 「ンふっ……」
 「もう、たのしみにスプーンも持ってたのに、何でかぼくもスイッチ入っちゃって。身幅見誤ってテーブルの角にぶつけるし、痛いし、膝普通に強打してたぶん青痣できてるし」
 「もうっ……っふふ、だめっ、……笑っちゃいます……ッ、ん、んははっ」
 「どうしてかきみってば、背中も濡れてるし。ぼく、ズボン汚したし。あっ! あと、もしかして暖房暑かった?」
 「ふふ、っ、んふ、……暑いです。あなたの寒がりもわたくしに妥協してくださればいいのに」

 すっくと立ちあがるきみ。
 テキパキと濡れた床を掃除して、ぼくの頬につけたケチャップも拭って。

 「さ、ごはんにしましょう」
 「……その恰好で?」

 まだ赤まみれ。

 「えぇ。このあとどうせ、出掛けるのに着替えますし。この服も、あなたのズボンも捨てる予定でしょう?」
 「……そう、だけど。ねえ、なんで背中も濡れてるの。さらさらしてるからケチャップじゃないでしょ」
 「ふふ、小っちゃいジップロックに血糊仕込んでおいたんです。倒れたときに、わたくしの自重で口が開くようにして。食用赤色102号ですから、飲めますよ、それ」
 「のまないよ!」

 きみってば、どうしてそんな、いい笑顔なの!




1/13/2023, 11:55:12 PM

 「聞いてください」
 「寝支度しながらでもいい?」
 「それと対のパジャマはまだ乾いていませんよ」
 「……雨めぇ」

 「聞いてください」
 「どうふぉ?」
 「歯磨きをしながら向かないでください」
 「ん」
 「わたくし、」

 「わたくし、やってみたいことがたくさんあるんです。2進法で那由多に羅列されるくらい」
 「ふぅん、続けて?」
 「この前あなたが海に連れて行ってくれましたね。大脳辺縁系相当がチカチカするくらいの光景で。それでわたくし、泳いでみたいんです」
 「水と塩と金属のなかで?」
 「だめなら塩素のなかでも。とにかく、泳いでみたい」
 「真水じゃだめ?」
 「広くありませんもん」
 「こだわるねぇ」

 「それから、夢も見てみたい」
 「きみ、見ないもんね……試してみる?」
 「それ、あなたがつくった動画を垂れ流すだけでしょう? あなた、センスがありませんから」
 「ひ、ひどい」
 「そうじゃなくて、今日のこと、過去のことを、深く深く脳幹から引っ張り出してごちゃまぜにして、わたくしの思考も加味されて。ふふ、体調が悪いと混沌で滑稽なつぎはぎが見れるのでしょう?」
 「クソダサパワポみたいなやばいの見る」
 「わたくしはどんなやばいものを見るのでしょう」

 「疲れてもみたい」
 「せっかく疲れ知らずなのに。贅沢なねがい」
 「あー疲れた、と、疲労感と達成感が何なのか感じてみたいんです。それで眠りに誘われて。朝に筋肉痛の発生、疲労感の残留。湿布を貼って、2度寝して」
 「ぼくはね、一日が68.5時間以上になればいいのにって思う」
 「皮肉な人」

 「1番やってみたいのは、飲食です」
 「うーん、きみのお口に感知器官をつくって、電流が流れたら味と感知する刺激がシグナルで受け取れるとか」
 「……野暮ですね。あなたと酒を酌み交わしてみたいんです。麦芽のビールは風呂上りとか、有酸素運動後に、1口目がおいしいのでしょう? あなたがおいしいおいしい、というわたくしの手料理の味も知りたい」

 「ふぁ、眠い。まあ、ぜんぶ、世界の誰かの技術が提供されるか、ぼくの技術力が爆発的に上がったらね」
 「そのときまで、あなたがいればいいのですけれど」
 「はいはい、背中のシャツまくって」

 ガチャン――窪みにちょうどなコネクタが、わたくしの背中にはめ込まれる。200Vの電流が徐々に省エネモードを解除してゆき、発熱量が増して。
 あなたがわたくしのために用意してくれたベッド。そこへ横向きにボディーを倒す。沈む心地はあれど気持ちいいのかは分からない。
 軽量化が成功したわたくしは、あなたと同じくらいの重量。

 叶うことが難しいのは分かっている。ですが、せめて。せっかく思考と知識があるのだから、それらが何なのか予測して。自分に当てはめていたい。
 現実の外側で思い描いて。
 スリープモードに移行しながら、思うのです。

 「はぁ、ニンニクマシマシセアブラオオメのバリカタで、この腹を満たしてみたい……」



#夢を見てたい



1/13/2023, 4:52:38 AM


 お買い物から帰ってきたら、きみはソファでうたた寝。クッションに頭を載せて、バンザイみたいな恰好で。ちょっとお口が開いているし、片足がソファから落ちてる。
 ほんとならね、毛布をかけてあげたい。
 けど、きみってば、いらないところで敏感。ぼく、47敗2勝。ね、もう偶然にかけるのもばかみたい。

 暖房を入れて。
 ゴォオオオ――って音。

 「んふ」

 キッチンでちょっと仕込み。
 トマトソース煮込みのチーズハンバーグだってつくれちゃう。あと、この前もらったお野菜はマリネにしちゃおっかな。
 あのパン屋さんすっごく並んでた。
 けど、ぼく、がんばった。だからスライスして、あとでオーブンでブン。
 ちょっとカリカリするくらいがいいよね。

 壁に設置してある給湯器のリモコン。浴槽はからっぽ。【自動】っていうボタンを。

 『お湯張りをします。お風呂の栓を閉めて下さい』
 「はぁーい」

 浴室はカビが生えないようにって、窓が全開。凍っちゃう! って思うほど。
 窓もお風呂の栓も閉めて。
 ジャアーーってお湯が湯気をたてながら浴槽に嵩を増やそうとしてる。こういうのってちょっと応援したくなっちゃう。がんばれーって。
 ……ならない? あ、そう。

 ベランダに出て洗濯物を取り込むの。畳むのはね、きみのお仕事。明日はぼくの番。
 枕カバー洗ったんだった。
 鼻先を恐る恐るうずめるの。
 ――――すぅ……よ、よし、まだへいき!
 性別問わずにするっていうから、ほんと、困っちゃう。

 ソファの前。
 きみは器用に落ちずに寝返りをうって。寝れなくなるよ、って言ったことがあったけど、夜に普通に(なんならお昼寝してないぼくよりも早く)寝てたから言うのもやめた。
 たまに変な寝言言ってる。
 突然クソデカボイス出すのはやめてほしい。

 でも寝顔はすき。
 すっごく気持ち良さそう。

 ガチャ――――浴室。
 浴槽にはたっぷりの少しだけ熱めのお湯。足からゆっくり入って、肩までどぷり。

 「あ゛~~、さいっっこう」

 ちゃぷん、ちゃぷん。
 お夕飯、よろこんでくれるかな。きみの好物ばかり仕込んだから。んふ、たべるときのきみのお顔がね、ありありと浮かぶの。
 ごはんたべてるときのきみ、すっごく満たされたお顔をしてて、つくり甲斐ある。
 弾んだ声まで聞こえてきちゃいそう。

 パシャン、パシャン。
 うねうねとぼくの肌色が波立って。

 ふと見上げれば、浴室の角にちっちゃな虹。壁も床も浴槽も白いから、反射したら虹色の光ができちゃう。
 チカッ、チカッ――――なんだか特別な気分。

 「んふ、しあわせだぁ」

 そういう気持ちになっているとね、時間がすぐに過ぎて、のぼせちゃうんだよ。



#ずっとこのまま


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