[神様へ]
飴玉が。ノートが。5円玉が。貸した本が。バラバラと降り注ぐ。
僕は神様へ手を伸ばしたけど、彼はにっこりと微笑んで、瞬きひとつでその手を弾いた。
なんで、も声にならない。涙も出ない。
「もう、君は要らないんだ。私は何も受け取らないし、受け取った物は返すよ」
それだけ言って、彼は僕の前から姿を消した。
僕が神様へ捧げられるものは、全て無かったことにされた。
捧げたものも、全て無かったことにされた。
でも、彼へ捧げた心だけが返ってきてないと気付いたのは。
荷物を抱えてとぼとぼ帰る、月明かりに照らされた夜道の中だった。
[快晴]
「明日晴れるって!」
スマホの天気予報を見て、彼女は嬉しそうに振り向いた。
ご丁寧にスマホを印籠のように掲げて、見せつけてくる。
そこには笑顔で輝く太陽の絵と、降水確率0%の文字がある。
「そうだねえ。晴れだね」
「なんでそんな棒読みなのさ! せっかくなんだから喜ぼうよ」
「いやだって。君、雨女だし」
絶対雨に降られるという事実を指摘すると、彼女は「そうだけどー」と頬を膨らました。
「大体さ」
私は明日行く場所の特集が組まれた雑誌を、同じように掲げて見せる。
「ここ、全天候型だから気にしなくて良いんだよ」
「そうだね。うん」
えへへととろけるような笑顔をこぼす彼女に、うんうんと頷く。
そう。私達の楽しい予定を天気に。いや、彼女の能力に左右される訳にはいかない。
だから、必死でここを探したのは。絶対に秘密だ。
[遠くの空へ]
白い紙を几帳面に折った君は。
吸い込まれそうな夏の青空を見上げて得意げに笑った。
風が長い髪を梳いて吹き過ぎると。
君はそれを追うように振り返り、手にした紙飛行機を飛ばした。
細い指先を離れたそれは、君が読んだ通りの風に乗って。
青く遠い空に吸い込まれて消えていった。
そんな、夏の幻影の話。
[言葉にできない]
欲しいものをひとつ手に入れられる。
その代わり、大事なものを失うという。
欲しいものも大事な物も特にないと思っていたし、そもそもこの誘い文句も半信半疑だった。
なのに。僕の名前は声にならなかった。
思い出せない。五十音並べても引っかからない。
学生証を見ても、そこだけなんと書いてあるか読めない。
そうか。
言葉にできないほど。
徹底的に失うほど。
僕は自分の名前を大切にしてきたらしい。
[春爛漫]
「そろそろかなあ」
月を見上げてポツリとつぶやいた少年は、腰掛けていた木の枝から飛び降りた。
着地の足音は、足元から舞い上がった桜の花弁でかき消される。
目も開けられないほどの桜吹雪と、一陣の風が吹き過ぎて。
静寂が戻ったそこには。
暗い空をほんのり照らすほどの花々と。
月明かりにも負けない満開の桜の大樹。
「よし。これで今年も春がきた」
満足そうに頷いた少年に答えるように。
まだ少しだけ冷たい風が、髪についていた花弁を掬っていった。