龍那

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4/14/2023, 1:57:30 PM

[神様へ]
 
 飴玉が。ノートが。5円玉が。貸した本が。バラバラと降り注ぐ。
 僕は神様へ手を伸ばしたけど、彼はにっこりと微笑んで、瞬きひとつでその手を弾いた。
 なんで、も声にならない。涙も出ない。
「もう、君は要らないんだ。私は何も受け取らないし、受け取った物は返すよ」
 それだけ言って、彼は僕の前から姿を消した。

 僕が神様へ捧げられるものは、全て無かったことにされた。
 捧げたものも、全て無かったことにされた。

 でも、彼へ捧げた心だけが返ってきてないと気付いたのは。
 荷物を抱えてとぼとぼ帰る、月明かりに照らされた夜道の中だった。

4/13/2023, 1:37:49 PM

[快晴]

「明日晴れるって!」
 スマホの天気予報を見て、彼女は嬉しそうに振り向いた。
 ご丁寧にスマホを印籠のように掲げて、見せつけてくる。
 そこには笑顔で輝く太陽の絵と、降水確率0%の文字がある。
「そうだねえ。晴れだね」
「なんでそんな棒読みなのさ! せっかくなんだから喜ぼうよ」
「いやだって。君、雨女だし」
 絶対雨に降られるという事実を指摘すると、彼女は「そうだけどー」と頬を膨らました。
「大体さ」
 私は明日行く場所の特集が組まれた雑誌を、同じように掲げて見せる。
「ここ、全天候型だから気にしなくて良いんだよ」
「そうだね。うん」
 えへへととろけるような笑顔をこぼす彼女に、うんうんと頷く。

 そう。私達の楽しい予定を天気に。いや、彼女の能力に左右される訳にはいかない。
 だから、必死でここを探したのは。絶対に秘密だ。

4/12/2023, 11:16:46 AM

[遠くの空へ]

 白い紙を几帳面に折った君は。
 吸い込まれそうな夏の青空を見上げて得意げに笑った。
 風が長い髪を梳いて吹き過ぎると。
 君はそれを追うように振り返り、手にした紙飛行機を飛ばした。
 細い指先を離れたそれは、君が読んだ通りの風に乗って。
 青く遠い空に吸い込まれて消えていった。

 そんな、夏の幻影の話。

4/11/2023, 11:30:39 AM

[言葉にできない] 

 欲しいものをひとつ手に入れられる。
 その代わり、大事なものを失うという。

 欲しいものも大事な物も特にないと思っていたし、そもそもこの誘い文句も半信半疑だった。
 なのに。僕の名前は声にならなかった。
 思い出せない。五十音並べても引っかからない。
 学生証を見ても、そこだけなんと書いてあるか読めない。

 そうか。
 言葉にできないほど。
 徹底的に失うほど。
 僕は自分の名前を大切にしてきたらしい。

4/10/2023, 11:24:03 AM

[春爛漫]

「そろそろかなあ」
 月を見上げてポツリとつぶやいた少年は、腰掛けていた木の枝から飛び降りた。
 着地の足音は、足元から舞い上がった桜の花弁でかき消される。

 目も開けられないほどの桜吹雪と、一陣の風が吹き過ぎて。
 静寂が戻ったそこには。

 暗い空をほんのり照らすほどの花々と。
 月明かりにも負けない満開の桜の大樹。

「よし。これで今年も春がきた」

 満足そうに頷いた少年に答えるように。
 まだ少しだけ冷たい風が、髪についていた花弁を掬っていった。

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