[後悔]
「先輩、後悔してることありますか?」
「あるけど、その手に持ってる怪しい箱には頼らないからな」
「えっ。なんでですか」
彼女は驚いて、小さな箱を胸に抱いて身を引く。
「見るからに怪しいから」
「そんな! まるでボクがいつも変なもの作って先輩を困らせているかのような言い方ですね?」
「実際その通りなんだが?」
すぱっと打ち返すと、彼女は「むう」と小さくうめいた。
「しかし、ボクはめげません! 今日のはいっとう特別ですよ!」
そう言って胸を張りながら箱を突き付けてきた。
「こちら、先輩の後悔をクッキーにしてくれます。ちょっとした悩みならバタークッキー1枚程度。その日の後悔をおやつとして食べさせてください」
「お前が食うのか」
「先輩、この箱から出てくるクッキー食べたいんですか?」
「……」
後悔というものから生まれた得体の知れないものを食べるか、それを彼女に食べさせるか。正直、どっちも選びたくない。
そもそもこの話に乗ってはいけなかったのだと後悔した瞬間、箱の中からことりと小さな音がした。
[「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて言葉を綴ってみて。]
きっと今の僕があるのは、姉さん達が居たからだと思う。
もう居ないけど。一言だけ届けられるなら、「ありがとう」と言いたい。
僕は元気でやってるよと。
色々あったけど、今は割と楽しく暮らしてるよと。
話したいことはたくさんあるけど。
きっと、僕が今こうしてやっていけてるのは。
貴女達のおかげです。
「……これ、姉さんが見たら指さして笑いそう」
その姿を思うとなんだか恥ずかしくなってしまって。
全部選択して、削除ボタンを押した。
どうせもう言えないんだから、心の中に認めておこう。
そうすることにした。
[優しくしないで]
優しくしないで。私はそんなことされるような存在じゃない。
貴方はそんなことないって言うけれど。
その優しさが私に降りかけられる度に、私の心が柔らかくなって、吐き続けてきた呪詛が弱くなっていくの。
呪いを吐くことが辛くなってきてしまうの。
それは、すごく困るから。
私に優しくしないで。
[カラフル]
その宝石はとてもカラフルだった。
たくさんの色が混ざってて、キラキラしていて、どの角度から眺めても綺麗で。すごくお気に入りだったんだけど。
いつしかそれは、僕の手元からなくなってしまった。
それを見つけたのは、夢の中だった。
ああ。ずっとここにあったんだ。それが嬉しくて、拾い上げる。
僕が魂のカケラを与え続けた小さな石は相変わらず……真っ白だった。
あんなに綺麗だった煌めきも。
キラキラ透かす光も。
目が回るほどたくさんの色も。
全て僕を消し去ろうとする光になって襲いかかりーー。
目を覚ました。
怖い夢を見た。
ため息をついて、あの真っ白な宝石を思い出す。
ああ。そうだった。
僕はあの石を無くしたわけではなかったんだ。
あんなにカラフルだった石は、僕の罪の結果だと気付いて。
このままでは触れるだけで消されてしまうと怖くなって。
飲み込んで僕の一部にしてしまったんだった。
たくさんの色を詰め込んで真っ白になった石は。
きっと今も、光が差さない夢の底に転がっている。
[楽園]
この絵には楽園が描かれているという。
実際タイトルにもそうある。
しかし、この絵は真っ黒だった。
ただ、黒一色で塗られた絵。
この作者の絵は大体そうだ。
「食卓」という真っ黒な絵。
「落日」という真っ赤な絵。
「水面」という_真っ青な絵。
そういうコンセプトなのだろう。
これもきっと、そうなのだろう。
「彼は自分の目に映るものをそのまま描く」
解説にもそう書いてある。
僕にはよく分からないけど。
彼の目に映った楽園は、きっとこの色だったのだ。