[風に乗って]
噂が風に乗ってきた。
ひらりと飛んできたそれを捕まえて、読む。
「ふむふむ。井戸を覗くと影がこっちを見上げてる……なるほどなるほど。これはよくある怪談だねえ」
読み終えたそれを台帳に書き留めて。小さく小さく折りたたむ。
そして、ぱくり、と口に放り込んだ。
べっこう飴に似た重たい甘さが、とろりと溶けて舌に絡む。
美味しいと思ったのは最初だけで、飲み込んで残ったのは、薄くてスカスカとした、軽くて物足りない味。
「うーん。これは……100日くらい経ってるのかもなあ」
次はもっと新鮮な噂を食べたいなあと思いながら、台帳を棚に戻した。
[刹那]
タイトルを書き込んで。
こういうのを書こう、って考えて。
一文字目をタップしたその刹那。
朝だったって訳ですよ。
[生きる意味]
あの日、俺の家は全員死んだ。
俺がただひとり生き残ったのは。単に運が良かったのだろう。
原因は分からない。朝起きたら全員冷たくなっていた。
生き残っただけではない。
あの日以来、俺は何をしても死ねなくなった。
親も。兄妹も。疑惑と誹謗を向けた者も。
来世こそはと誓って沈んだ彼女も。
みんな、いなくなった。
「……」
雑踏を眺めて時間を潰していると、自分はどうして生きているのかと考える。
分からない。ただ、運だけで生かされている。考えても無駄なのに、いつも考えてしまう。理由を求めてしまう。
結局見つかることはなく、諦めて雑踏に混じる。
この中は楽だ。誰も俺を見ない。羨望も誹謗もない。意味もなく生きていられる。
そうして屍のように歩いていると。
「あの!」
声が、かけられた。
あまりに突然の出来事で、思わず足を止めて振り返り。
呼吸が。一瞬止まった。
見たことのない少女だった。
けど。
その影に、彼女の姿が、揺れて。消えた。
「……あの、何か」
彼女は頬を紅潮させて、こう言った。
「あ、あの……初めまして、昔から好きでした! 私のこと覚えてますか?」
これが。この一言が。
生きる意味に似たものを見つけるきっかけになるとは、全く思っていなかった。
[善悪]
「人間を善悪で分けるのは難しいんですよ」
と、彼は困ったように言った。
トランプからカードを1枚抜き取り、クルクルと回す。
「裏表みたいに別れてたら僕としても楽なんですけどね。どっちかと言うと磁石のようなものだと思うんです」
切っても切っても、N極S極があるように、人間どう切り分けても必ず善悪が端に現れる。
「と、言うわけでですね。偏りはあるでしょうけど、どちらにも善悪がある。そう言う認識でいいでしょう」
まあ、理論の立証はされました。と、彼は満足げにトランプを僕に向けて困ったように笑った。
「さて、どっちの僕を残すのがいいんでしょうね」
[流れ星に願いを]
流れ星に願い事を3回唱えると叶うと言う。
でも、あんな一瞬で消える星にどうやって唱えるんだって言うから、私考えたの。
「だからって隕石を降らせるバカがどこにいる!!」
せっかく3回唱えられるだけの時間がある流れ星を出して見せたのに、師匠は「今すぐ消えろ」って願いで消化したし、めちゃくちゃ怒られた。
もっと違う方向から考えろと説教されたので、次は普通の流れ星が出た瞬間に、世界の時間を止めてみようと思いました。