――何年目かわからなくなるまで。
「九年目はトウキらしいな」
「え?」
美しい仕草でチーズケーキにフォークを差し込みながら、友人が突然言った。思わず、桃を口に入れようとしていた手が止まる。トウキ?
「とうき、って何」
「食器などに使われる陶器だが」
「え、うん。それが九年目?」
「ああ。結婚九年目を陶器婚式というそうだ。ほら、五十年目の金婚式が有名だろう」
「あー、そういうこと!」
相変わらず言葉の足りない話し方だ。まあ、こちらを信頼しているからこそだというのはわかるけれど。気を抜いているのだと思えば悪い気はしない。
「食器類は足りていそうだな……何か入り用なものはあるか」
「んん、特にないかなあ」
後日加筆します。
(夫婦)
──これだから君は。
「……」
視線の先で、同居人が机に突っ伏して寝ている。狭い机には専門用語のの並んだ資料やら分厚い研究書やらが乱雑におかれていて、余裕のなさが窺えた。普段は整理整頓が得意なのに。
「うわあ」
一歩近づいて、思わず顔を顰める。長い銀髪に隠れて見えにくかったけれど、枕がわりにしているのはハードカバーの専門書だった。もはや題名すら全く理解できない。少し眉間に皺が寄っているのは、無理な体勢で寝ているからだろうか。このままだと首を痛めてしまいそうだ。
「んん゙……」
ほら、苦しそうにしている。早くベッドで寝かせてあげたほうが良いだろう。
「んー……」
浮遊魔法を使おうと杖を手に持って、少し考えてから机に置く。すやすやと寝こけている様子を確認して、背中と膝裏に手を差し込んだ。
「またご飯抜いたな」
この前抱えたときより軽い。研究に熱中すると寝食を忘れる癖は相変わらずで、早く寝ろと言っても聞きやしない。まるで子供だ。遅れてきた反抗期とでも言うのだろうか。
「んう、」
ふいに力のこもっていた表情が緩んで、穏やかな寝顔になる。白銀の睫毛が微かに震えたと思えば、口元が笑みを形作った。
「夢でも見てるのかな」
そんな様子は微笑ましいけれど、今度こそ時間を忘れすぎる悪癖をどうにかしなければ。
さて、頑固な恋人をどうやって説得しようか。
(どうすればいいの?)
*加筆しました。
――大切なものを増やしてはいけない。
失うことをおそれるようになるから。
――一つの物に、人間に、心を傾けてはいけない。
失えば何も守れないほどの悲しみが訪れるから。
――宝物を作ってはいけない。
それが自らの全てとなってしまうから――。
「……馬鹿馬鹿しいと思うか」
「さあな。そういう考え方もあるだろうな、そう思うんならそれで良いだろ、で終わりだ。生憎実の無い議論に熱を込められるほど人間ができてないもんで」
「私はお前の意見を聞いている」
「じゃあお前の考えは?」
「ある程度正しくてある程度間違いだ、と」
「ふうん」
「貴族として下の者を守らなければならない。それがそう生まれた者の義務だ」
「めんどくせえ生き方」
「面倒な生き方をする人間を選んだのはお前だろう」
「そりゃそこが好きなんだからなあ」
「……お前の意見を聞きたい」
「それを聞いてなんになる?」
「知りたいと思うのは悪いことか」
「いいや」
「ならば教えてくれ」
「んー……全てを守れるほどの力を手に入れろ、が俺の答えかな。守れないから愛するなってのは甘えだ。つうかそもそも、タイセツナモノが守られるだけってのが気に食わねえんだよなあ。それにだって守りたいものはあって、守ろうと必死になるはずだろ」
「……成程、お前らしいな」
「そうかあ?」
「ああ。お前らしくて……世界一好ましい」
「ははっ、そうじゃねえと」
大切なものを、宝物を守れないなどと誰が決めた。
宝物が、守られるだけの存在であると誰が決めた。
どこの誰かは知らんが見ていろ。私は、私の宝物とともに幸せになる。
――大切なものを増やすと良い。
そのぶんだけ強くなれるから。
――誰かひとりに心を傾けたって構わない。
それは困難の時心の拠り所となるだろう。
――宝物を見つけると良い。
自らの全てを賭けて守ろうとするだろうから──。
(宝物)
──好きな香り?
キャンドル、と言われて真っ先に思い浮かぶのは魔獣避けの蝋燭だ。魔獣対策課に勤める人間はほとんどがそうだろう。職業病と言えるかもしれない。
魔獣が嫌う薬草や香草を調合し、固めただけの実用性重視の無骨なものだ。市販のと違ってなんの飾り気も無いし、なんなら魔獣に効果があれば良いから人間の嗅覚じゃ全然匂いを感じない。そのせいで、局員からは「効いているのか効いていないのか分かりづらい」と不評だった。
しかしそこは天下の魔法省、局員の不満は放っておかずにさっさと対応するのが吉と見て、研究所に依頼を出した。内容は「魔獣忌避蝋燭の匂いの改善並びに効果の増加」。さりげなく効果もあげようとしてるところがウチだよなあ。
(キャンドル)
後日加筆します。
──これからも一緒に思い出を作ってくれますか。
(たくさんの思い出)