うみ

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10/26/2024, 12:22:48 PM

#43 愛言葉

 ──信じてみてもいいのかな。


「『この心の揺らぎを愛と仮定したとして、わたしはあなたに愛を伝える言葉を持っていません。あいを受け取ることも、注ぐことも、みんなが当たり前にできるようなことが、どうにもわたしには一切できないようなのです。

これが生まれついてのものなのか、それとも成長する過程での……』ねえ、ちょっと、大丈夫?」 

「何故お前は朗読の課題でそんなものを選ぶ……」
「いや、ちょっと愛について考えてみようかと」
「だからといって、おまえは、っ」
「待って、泣かないで!? え、ごめん」
「おまえはわるくない。さっさと覚悟をきめないあいつがわるい」
「あっちにも色々あるんでしょ」
「おまえのほうがいろいろある」
「まあねえ」
「そして、おまえもおまえだ」
「え?」
「そろそろ覚悟を決めてあいつの手を取れ」
「……まだ、」
「卒業までに決着が着かなければ、苦しむのは自分だろう」
「痛いところ突いてくるなあ」
「当然だ、何年お前の親友をやっていると思っている」
「えー、六年?」
「そんなにか、長いな」
「自分で言ったんじゃん」
「そうだが」
「ふふ、……どうすれば良いんだろうね」
「さてな。自分で考えろ」
「冷たい」
「お前なら自分で答えが出せるだろう」
「そう、だね。そろそろ信じてみても良いのかなあ」

(愛言葉)
 10/29.加筆しました。親友な二人です。

10/25/2024, 11:19:25 AM

 ──仲間、とでも呼んでみようか。


「だからさあ、あいつもあいつで酷いと思わねえ?」
「なんで毎回俺に惚気てくるのかな、やめてくれないかい?」
「は? 違ぇし」
「そうとしか聞こえないんだよね」

 食堂のテーブルに突っ伏して文句のような惚気を吐く友人には自覚がないらしい。

「よくもまあ話の種が尽きないね」
「だってあいつが悪い」
「何が?」
「可愛すぎる」
「もう帰って欲しいな」

 あ、帰ったらその可愛すぎる相手が家にいるのか。難儀なやつだ。

「俺ばっか話してるけど、そっちは上手く行ってんの?」
「たぶんね」
「たぶんって」


(友達)

 後日加筆します。
 土日に最低一個は加筆できると思います。

10/24/2024, 11:48:28 AM

#41 行かないで

 ──伝えることすら思いつかなかった。


「寂しくないの?」

 友人の口から会って早々飛び出した台詞に、一度瞬きをする。いくら親しいとはいえ、唐突にも程があるだろう。

「何がだ」
「え? だって明日から一週間遠征でしょ、あいつ」

 あいつ、という言葉で思い浮かぶのは昨日の夜、居間で荷造りをしていた同居人の姿だ。魔法省の魔獣対策課に就職してから初めての遠征だ、と随分はしゃいでいた。

「前々から予定していたことだが」
「そりゃそうだけど……」

 友人がなぜか困ったような表情になる。もうとっくに成人した良い大人だ、たかが一週間を寂しいとは思わない。それに、小規模で危険性も低い。

「たとえ寂しくなったとしても、どうにもできないだろう」
「えー、相手に話さないの? 寂しくなるねって」
「それで解消されるのか」
「ばっさり切られちゃうと難しいけど……まあ、一人で悩むよりは誰かに言っちゃったほうが楽になる、ってよく言うでしょ」

 そういうものか。感情に乏しいと言われるからかあまりピンとこない。そもそも、何かについて悩むということ自体が少ないのだ。

「なやみ……」
「あっ、そんなもの無いって顔してる。恋愛相談持ちかけてきたの忘れた?」
「煩い、お前もだろう。私だけでは無い」
「たしかに」

 くすくす笑う友人は、恋やら愛やらに心を乱された学園時代を思い返しているのだろうか。数年前のことだというのに、何やら懐かしく感じる。
 悩み……最近何かあったかと記憶を遡ると、昨日の奇妙な感情が頭に浮かんだ。

「そういえば、悩みというほどでは無いが」
「うん?」
「あいつが荷造りをしているのを見ていて、どうにかあの荷物に紛れ込んで着いていけないかとは思ったな。変な気分だった」

 なんとも言えない顔をする友人に、首をかしげる。何か変なことを言ったか。

「君の考えることは面白いと思うけど、それはさあ」
「なんだ」
「世間一般に『さみしい』って言葉で表すんじゃないかなあ」


***


 さみしい。寂しい、淋しい。どうしてもしっくり来ない。学園で出会うまでは、隣にあいつが居ないことが当たり前だったのだ。それが一週間元に戻るというだけのこと。そんな状況を寂しいと形容するのは、どうにも。

「一週間……百六十八時間」

 換算するとなかなかの長さだ。
 一週間、朝起きて、一人でパンを焼いてコーヒーを淹れて、出勤して。帰ってきたら夕食を作って洗濯をして、ゆっくり湯船に浸かってから寝る。また翌朝起きて──それでもあいつは居ない。

「七日、か」

 七日間顔を合わせられず、声が聞けず、触れることもできない。何も感じないと思っていたが、想像してみると、やはり。

「……いや、違うな」

 そもそもあいつが居ない生活を想像できないのた。朝に毛布を引き剥がされて、コーヒーの香りで目を覚ました後に、ひと足先に家を出る相手を見送って。夜は先に玄関に置いてある靴に安心して、あいつの好物を作って、土で汚れた服に文句を言いつつ少し温めの湯に浸かる。いつの間にかそれが当たり前になっていた。

「悩みは、誰かに言ったほうが楽になるんだったか」

 心配してくれているらしい友人からのアドバイスだ。実践してみるのも良いかもしれない。


***

 首都と街道とを繋ぐ門は遠征隊数十人とそれを見送りに来た家族や友人で賑やかだ。一時の別れを惜しむ家族、ハグを交わす夫婦、からかい混じりの激励を送る友人同士。
 その中で、薄く認識阻害魔法をかけつつ焦茶の髪の前に立つ。

「じゃあ、行ってくるな」
「……お前なら問題はないと思うが油断はするな」
「わかってるって」

 初めての遠征だというのに、その表情は少しの高揚感を滲ませるだけで不安も恐怖も有りはしない。肝の座ったやつだ。

「お前こそちゃんと飯食えよー?」
「普段も食べている」
「カロリーバーで済ませてただろ、この前」
「善処する」
「駄目だ。約束しろ」

  適当に答えた言葉に予想より鋭い声が返ってきて、思わず視線を上げる。静かながら深い色をした橙に気圧されるまま頷いた。

「わかった」
「ん」

 柔らかな色を取り戻した瞳が笑みの形に細まって、革のグローブを嵌めた手が自分の頭を跳ねる。子供扱いするなと言っているだろうに。
 遠出する前くらいは、と抵抗せずに無言でいると凛々しい声が集合を呼びかけた。もう時間らしい。

「お、そろそろか」
「……ああ」

 自分より一回りほど大きい手が離れていくのをぼんやりと視線で追って、慌てて目を伏せる。自分らしくもない。ずっと触れていてほしい、なんて。

「そんじゃまた一週間後」
「行って来い」
「へへ、行ってきまーす」

 へらりと浮かんだ笑みはすぐに真面目な表情に変わった。集合しようと踵を返す姿に、口から何かが零れそうになって、しかし何も音にならずに閉じてしまう。代わりに腕が出た。濃色のローブの袖をしっかりと握る。

「ん、どした?」
「……、っ」
「おーい?」

 ぐっと布地を引くと、少しかがむような姿勢になって耳元が近づいた。ちょうどいい、と誰にも届かない声量で、目の前の男だけに届くように囁く。

「────」
「……は?」
「ではな。気をつけて行け」
「なっ、おい!」

 腕を掴んで来ようとする手をかわして、一歩二歩と距離を取る。ローブの中で密かに握っていた杖を振れば、足元に転移陣が広がる。

「──っ! 帰ってきたら覚えてろよ!?」

 ぐにゃりと歪んでいく視界で、それだけが耳に届いた。
 何が「帰ってきたら覚えていろ」だ。

『お前がいない生活を考えられないから早く帰ってこい』

 寂しいなんて感情を感じたことが無かった私に、こんな激情を教えておいて。
 お前こそ、帰ってきたら覚えていろ。

(行かないで)

 昨日で四十作品目でした。いつも読んでいただきありがとうございます。

 10/28.加筆しました。

10/23/2024, 12:50:48 PM

 ──今までに見たことがないほどの。


 雄大な自然というものにあまり馴染みがなかった。
 生まれ育ったのは国内で一番人口が多い都市で、当然のように就職も同じ場所。
 家族旅行に出かけるような家庭では無いし、ひとり旅をするにはやや不安が残る。自分の魔法は攻撃には向かないものだから。

 けれど、写真や動画でしか見たことがない景色に憧れを抱いていたのも確かで。
 それが余計に、目の前の光景が心をとらえて離さない理由かもしれない。


「……すごい、ね」

 辛うじて喉から出てきたのは月並みな言葉。

(どこまでも続く青い空)

 後日加筆します。どこまでも続く青い空、なんてしばらく見ていません。旅行に行きたいな……。

10/22/2024, 11:47:26 AM

 ──なあ、明日は何を着て出かけようか。


「寒ぃ……」

 ローブの袖に手を入れて、震えながら渡り廊下を歩く。天気予報を見逃しただけでこんな事になるなんて。おかしいな、日頃の行いは良いはずなのに。

「この寒さで夏用のローブを着るとは……馬鹿なのか」
「うるせえ、昨日暑かったから今日もそのままだと思ったんだよ」

 隣を歩く恋人は、厚手の冬用ローブを羽織って冷たい空気の中で平然としている。もしかして寒さに強かったりすんのかな、水と氷使いだし。

「あー、手ぇ冷たい。ほら、氷みてえ」
「手を突っ込むな、冷たい、やめろ、おい」
「良いだろー」

 隙を見てローブの中の腕に手を巻き付ける。あったかい。俺より細いのに、なんでこんなぽかぼかしてんのお前。あ、服装の違いか。

「やめろと言っているだろうが。なんだ、それとも濡れ鼠にされたいのか」
「待って、流石に風邪引くわ」

 暖をとっていた相手が杖を構えるのを見て、慌てて手を離す。この気温の中でびしょ濡れは勘弁だ。しかもこいつが出す水冷たいし。

「仕方がない、手を出せ」
「ん? はい」

 教科書を抱えたまま手を差し出すと、目の前で小さく杖が振られた。

「おお?」

 冷え切っていた両手がじんわりと温もりを帯びる。手だけ暖房に当たってるような感じだ。

「結界魔法の応用だ。しばらくは続くだろう」
「おー、あったけえ!」
 
(衣替え)

 後日加筆します。衣替えが難しい天気が続きますね……。

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