わに

Open App
3/20/2024, 11:34:44 AM

その笑顔と歌声に、どれだけ勇気づけられたことか。
あなたに出逢えたおかげで、このクソみたいな世界がガラリと変わったの。

今日この日のために生きてきたと言ってもいい。
あなたの色を灯したペンライトが、興奮で震える。会場の熱気で溶けてしまいそうで、あなたの名前を必死に叫んだ。

ねぇこっち向いて。今日の私を見て。

あなたの瞳に映ってもおかしくないように、可愛くない値段のワンピースとアクセサリーを買ったの。朝から美容院に行ってヘアセットもしてもらったし、体重だって5kgも落とした。
今日の私は今までの人生の中でいっちばん可愛くて、あなたのファンの何万人の、誰にもきっと負けない。

だから、お願い。

昨日の夜からお祭り騒ぎのSNS。熱愛発覚の見出し。恋人繋ぎ。お泊まりデート。お揃いのネックレス。大好きなあなたに寄り添う、最近話題の女子アナ。

今だけは全部、全部、忘れさせて。



#夢が醒める前に

3/18/2024, 11:20:59 AM

好きだった男が死んで、三年経った。
あたしはあの頃より短くなった爪の、僅かな凹凸をしげしげと眺めて、やすりどこ置いたっけ、と呟いた。

もう三年もネイルをしていない。
ネイルどころか、髪だってあんなにぐるぐる巻いていたのが今ではストレートで(しかも真っ黒。信じらんない)、今日着てる服も、某良品店にいそうなナチュラル全身ベージュ。

あたしを昔から知る友人達は、会う度、もういいんじゃないの、と言う。
それであたしは、もういいって、何がだよ、と思う。

スマホの裏に貼られたプリクラ。盛り盛りの加工で少女漫画のヒロインみたいな顔をしているアイツを、短い爪でこつこつ叩く。
「まじさぁ、死んでんじゃねぇよ」
アンタの元カノ、自爪で黒髪ストレートでナチュラルな服着た、小動物みたいな子ばっかじゃんかよ。

スマホをベッドに投げつける。
アンタがしょっちゅう泊まりに来るもんだから、奮発してダブルサイズにしたのに。まだ片手で数えられる回数しか使ってないうちに死にやがった。
「……タイプじゃないなら早く言えっつの」
あたしがギラギラの長いネイルして染めまくって傷んだ髪巻いてこの世のセクシー詰め込んだみたいな服着てたの、馬鹿みたいじゃんか。
アンタの身長なんて気にもしないでたっかいヒール履いて、真っ赤なリップをオーバーに塗ってさ。アンタの好みと真逆じゃんかよ。
けどそんな全然タイプじゃないあたしが好きだったって、何でアンタが死んだ後に、アンタの親友とかいう男から聞かされなきゃいけないんだよ。直接言えよ。
アンタの口から言われなきゃ、信じらんないし。

だからあたしは明日も、アイツ好みの服を着る。
アイツがあたしに直接、好きって言いに来るその日まで。



#不条理

3/16/2024, 12:00:19 PM

夜と朝の間の、なにものでもないその時間に、私はシングルサイズのベッドの中でじっと彼の寝息を聞いている。
カーテンの締め切られた部屋。黒い絵の具をぶちまけたような視界でも、不思議と彼の姿だけは鮮明に見える。私よりも長い睫毛が微かに震えるのを見つめながら、あと何度、こうして眠ることができるのだろうと、そんなことばかり考えている。
起こさないようそっと触れた頬が、なんだか普段よりひんやり冷たい。私はそれだけでワッと声を上げて泣きたくなって、ツンと痛む鼻の奥、耐えるように瞼を強く閉じた。
毎晩こうして、いつか訪れる別れにひとり怯える私を知ったら、あなたはなんと言うのだろう。
叶うならば、馬鹿だと笑い飛ばして、永遠にそばにいると言ってほしい。永遠なんて無いと知っていても、そう言って、私を力いっぱい抱きしめて欲しい。
微かな寝息に耳を立てる。瞼を閉じた視界にあなたは映らない。それがどうしようもなく恐ろしくて、私はまだ、眠れそうにない。



#怖がり

3/15/2024, 1:25:40 PM

隣から、あっやば、と何の感慨もない声が聞こえた。
別に興味は無かったが、とりあえず視線だけそちらに向けると、やっぱり何の感慨もない声で「あーあーあー」と言いながら下を覗き込む友の姿がある。
「なんやねん、騒がしい」
「いやさぁ、見てよこれ」
見てくれだけは女の姿をしたソイツは、二人用のソファにふてぶてしく座り直し、先程まで馬鹿みたいに覗き込んでいた下を指さす。
なんやねん……と再度もらしつつ素直に指のさす方を覗き込み、気付いてウワ、と声を上げた。
黒に浮かぶ発光体、の塊。
それは後に“星”と名付けられるものだ。握りこんだようにギュッと固まって、“宇宙”をふわふわ漂っている。
「あんっだけ分散させて撒け言われたやん……」
今日も怒られるやんけ、創造主サマに。舌打ちが盛れる。
あ〜サイッアク。完全に巻き添えやん。どないすんねんこれ。ちゅーかバレる前にさっさと拾い行けや。
「拾いに行くのは面倒臭いってぇ」
「ハァ〜?じゃあどないすんの」
責めるように詰め寄ると、ソイツは丸っとした額に手を当て、唇を尖らせてなにやら思案を始める。どうせ一分も持たんくせに。その空っぽの頭で、何を考えることがあるのか。
「こういうのはどうよ」
「言うてみ」
「木を隠すなら森の中〜〜〜ってね」
言いながら無数の“星”の入った瓶を引っくり返したソイツに、あやうくこちらもひっくり返るところだった。
“宇宙”を覗き込む。どこもかしこもキンキラキンだ。その中で一際輝く、おにぎり星。
おいおい、なんちゅー森やこれは。重要な木ぃは全然隠れてへんし。
顔を上げて隣の馬鹿を見やる。変な顔〜と笑われて、思わず手が出そうになった。いや、ちょっと出た。

「ドアホ……」



#星が溢れる

3/14/2024, 11:19:43 AM

「ええ。殺しました」
八人ほど。男がぐっと身体を後ろに傾けると、ちゃちなパイプ椅子が悲鳴を上げた。
窓のない、黴臭い部屋。いやにじっとりしたこの空間に足を踏み入れた男は、「如何にも、って感じで。なんかテンション上がっちゃいますね」と一人笑っていた。
本来であれば外されるはずの手錠は手首についたままで、男はそれを見せつけるよう、わざと音を立てながら乙女のように頬杖をつく。指先に付着した血。手錠を外した警官を、何度も殴ってついた血だった。
「なぜ殺した?」
「黙秘しまぁす。なーんて、うそうそ。言ってみたかっただけです」
「……」
「怖い顔しないで……ただ殺したかっただけですよ。それ以外に理由なんてありません」
男の視線が、指先の血に気付く。顔を傾け、まるで爬虫類のように、指先に向かって舌を伸ばす。時間が経って固まった赤黒い血を、一心不乱に舐め溶かす姿は何とも奇妙で、俺は取調べを続けることも忘れて少しの間それを見ていた。
ふいに、男の瞳がこちらを射抜く。

──八人。
こいつは罪の無い人を、八人も殺したのだ。それなのに。
男が俺の目を見つめている。首筋に伝った汗の、その冷たさ。
「……世の中には確か、こんな考えがありましたよね」
情けないことに声が出せない。男はそんな俺を気にもせず、目を合わせたまま言葉を続ける。
「“死は救済”、とかなんとか」
ああ、そう言って微笑んだ男の、瞳といったら。



#安らかな瞳

Next