別れ際に
別れ際に何をいうかだあ? クソつまらんことを聞くな馬鹿野郎。「じゃあな」一択に決まってんだろ。あばよだのさらばだのさよならだの嘘くせえの、昭和の歌謡曲かよ。「じゃあな」がいいよ。おれがガキのころ、酒や博打を教えてくれたクソな叔父さんがいてな、「じゃあな」って言って消えたんだ。それからおれはずっと「じゃあな」を別れ際にいうことにしてる。「じゃあな」は汎用性があっていい。老若男女誰にでも使える。おまえは他の言葉を使うっていうのか? じゃあ何なんだよ。「チャオ?」 イタリア語のCiaoかよ、それはまあ確かに否定できんわ。面白かったよ、また酒を飲もうぜ。じゃあな。チャオ。
通り雨
午後休憩でお茶を飲んでいたら、緊急速報で通り雨の予報が送られてきた。またかと思いながら重い腰を上げる。通り雨がくる以上安穏とお茶を飲んでるわけにはいかない。作業場に行くと、ぶーぶー文句を言いながらも全員集まっていた。重要性も緊急性も全員が承知しているのだ。基地の長として私は命じる。
「総員武器を持って持ち場につけ」
硫酸の雨を撒き散らしながら通り雨がやってくる。やつら、雲状超硫黄分子生物通称通り雨はこの惑星の先住生物だが、人類のこの基地を破壊するやっかいな連中だ。意思疎通はできた試しがない。ふわふわした綿雲のような外見はある意味可愛げがあるが、やつらがいる限り基地を安全に保つことはできない。この基地は当初攻撃されることを想定していなかったため攻撃手段はすべて後付けだ。やつらは一地方の気象現象だと思われていた。意志を持って攻撃するとは予測されていなかったのだ。
通り雨のあと溶けた穴だらけになった基地の外装を補修する。できる限りガラスで覆われている基地だがすべてをガラスで覆い切っているわけではないので通り雨のあとはいつもこんなものだ。今回もひどい通り雨だった。死んだ通り雨たちがぐずぐずと地表を溶かしている。地球のような風情ある通り雨はこの惑星に存在しない。水だけを落として通り過ぎる地球の雨が懐かしい。
秋🍁
私の恋人は赤と緑の判別がつかない。それがどういう状態で、いったいどんなふうに見えて、たとえば見事な楓の紅葉をどう思ってるか、私にはわからなかった。
でも、それがわかるのだという。私と彼はゴーグルをつけて二人で楓の紅葉を見上げた。彼と交換した私の視野には灰色とも緑ともオレンジともつかぬ微妙な色合いの楓の葉が映った。正直美しくないが微妙な彩度の違いは奇妙な鮮烈さを持って私に迫った。一方彼は「わあああ」と叫んだ。そしていやに冷静な声で、
「科学技術ってすげえな。きみはこんなに綺麗なものを見ていたのか全くずるい」
私たちはそのあとゴーグルをつけたまま銀杏並木を歩いた。黄色い銀杏は私たち二人のどちらの視覚も楽しませた。私は驚くほど鮮やかに青い空を見上げ、「あなたはこんな空を見ていたのね」とつぶやいた。
窓から見える景色
「窓から外を、いや、空を見せてやる」とあいつは言った。あたしは信じなかった。窓はある。つまらない路地や隣の家の壁が見えるような窓で、空は決して見えない。人類みんな地下で生きてるこのご時世にどうやって空を見せる気だ。でもあいつの自信ありげな笑顔に唆されてあたしはレジスタンスに入った。レジスタンス「地上の光」だよ笑っちまうネーミングセンスだな。
一部富裕層が半地下に暮らし太陽光にあたっているという噂は以前からあった。地上は放射性物質とダイオキシン類に汚染されているとされる。実際にどうなのかあたしは知らないが、野生動物もいくらかはいるらしいから地上に出たらすぐ死ぬというわけでもないらしい。とりあえず外に出たいぜ!というのが「地上の光」の基本理念で、レジスタンス活動はおおまかに地上の実態を探ることだ。
レジスタンスには実働隊と間諜部と生活部があって、実のところ一番人気は生活部なんだ。ほら下層民は人工太陽光も浴びられなくて薬飲むじゃん。赤ちゃんにもカプセルを支給する悪辣な政府だから下層民の赤ちゃんどんどんくる病になる。それをどう治すか予防するかが生活部の仕事。あれはあれでかっこいいんだが、あたし頭悪いからできない。あいつもわりとアホだからできない。
つまり頭悪いあたしとわりとアホなあいつは実動隊なのでともかく地上を目指す。間諜部が探しあててきた暗い裏階段を登りに登り、見上げるような高さにある横に細い窓から白い光が落ちているのを見た。「あれが太陽光だ」とあいつは言い、光に向かって踏み出し、そして、そこに仕掛けられていたレーザー光に貫かれて倒れた。
あたしはどうしたらいい? あいつは約束を守った…わけじゃないな、あいつは太陽光かもしれないものを見せてくれただけだ。あたしは進む。窓の外の景色を見るために。
かたちのないもの
意味がわからない。風にかたちはあるか。あるとも。見えないだけだ。炎にかたちはあるか。あるとも。定まらないだけだ。水にかたちはあるか。あるとも。方円の器に従うだけだ。香りも味もその成分にはかたちがある。音でさえもかたちで表すことができる。おれはイライラして、目が飛び出るほど高価な羊皮紙の魔法書を床に叩きつけた。おれの生涯の願いはここではないどこかに行くこと、幼い頃からずっと夢見てきたその願いを叶えるには「かたちのないもの」を「見えない器」で煮詰めないといけないのだとその魔法書には書いてあった。荒れ狂うおれをメイドのサラがなだめた。
「ご主人様、かたちのないものも見えない器もご主人様はお持ちです。お気づきにならないだけです」
(今回のはリドル・ストーリーです。解答編はございません。ごめんなさい。)