ジャングルジム
秋の公園の静かなジャングルジムで、ぼくは待っている。おかあさんが「もうごはんよ!」と呼びに来るのを。こどもたちがこの公園で遊ぶのは主に昼間で、それもたいていはようちえんに行くか行かないかの小さなこどもとその母親ばかりで、夕ぐれまで一人で遊んでるようなこどもはいない。ぼくももうわかってる。おかあさんはきっとぼくを呼びに来ない。たとえ呼びに来たとしても、おかあさんはぼくに気づかない。ぼくのとうめいなからだはジャングルジムの中をたよりなくさまよう。楽しかったジャングルジムはいまはもうぼくを閉じこめるろうやのよう。ぼくはいったいいつ生きているからだをなくしたのか、もうたぶん何十年も前のことだから思い出すことができない。ずっとさびしかったことは思い出せる。そしてきれぎれな思い出、「小学五年男児、誤ってジャングルジムから転落し死亡。ジャングルジムは取り壊し決定」という新聞記事。ぼくは、その新聞記事をこのジャングルジムから見下ろして読んだ。そうだ、ぼくは死んだんだ。ジャングルジムももうない。公園のはしっこで彼岸花が赤い。
声が聞こえる
声が聞こえるのだと憔悴した顔で彼は言った。意味がありそうな命令が聞こえるのであれば精神科を受診したほうがよさそうだが、そういうのとは違うようだ。どんな声が?と尋ねると、悲鳴が聞こえる、それも一人ではなく何人もの悲鳴が重なって、遠い耳鳴りのようにも思えるけれど、夜も昼も聞こえて睡眠不足でまいっているのだ、と答えた。そうか、それは不運な話だ。単に病気であれば放置したんだが。地獄の声を聞く能力者は放置できないんだよねえ。人類はまだあの声を知るべきではないんだ。私は手を挙げて天使たちに合図する。この男を眠らせなさい。世界に審判の角笛が鳴り響くその日まで。
秋恋
ぼくは幼いときから秋組だと教えられて育った。一緒に育ってゆくみんなと明らかに違う育ち方をしていたから、「違う」のだとわかっていたのはある意味救いだった。夏が終わり春組のみんなが消耗して死んでゆくときも、ぼくは秋組なのだからと耐えた。それは耐えることができたんだ。
でもこれは難しい。ねえ。春組の死にそこねだの熟しすぎ女だのひどい連中はいうけど、ぼくはあなたほどかっこよくて素敵な女性を知らない。でも秋組のぼくと交尾するとあなたは死ぬ。こどもも孵化するかわからない。それでもいいの? ぼくはまだ春まで生きるから未来はあるけど、あなたには。それでもいいのだとしたらぼくはもう死んでもいい。きっとあなたは死ぬなと言うのだろうけれど。
※※※
主人公たちは昆虫に似たサイクルを持つ生き物で、春に生まれ夏に羽化して交尾し卵を産む春組、春またはその他の季節に生まれ秋に成熟して次の春までにゆっくりと生殖する秋組に分かれます。春組にはまれに生殖する相手を自分の季節に決めないものもいます。秋組はわりと自由なので春まで待って次世代とこどもを作ることもできます。秋組は春組と比べて少数派です。秋から冬は命をつなぐのが困難なため春組は卵の形態でもっとも簡便な方法で冬を越します。秋組が存在するのは春組の卵が何らかの災害によりすべて根絶した場合に生き延びるためです。秋組のフレキシブルさも種として生き延びるためのものです。春組も秋組も生殖するまでは生き延びる昆虫タイプの生態を持ちます。
https://kaku-app.web.app/p/RsjktE5ALcJoiRBHNRCe
この続きというか同じ世界観です。
時間よ止まれ
なんと申しますかクソつまらないですね。あなたはそんな願いしか思いつかなかったのですか。凡庸な人間は凡庸な願いしか思いつかないものなのですねえ。いえお願いされたら叶えます。対価をいただければ絶対的に叶えます。それがわれら悪魔でありますよ。それはそれとして、恋人との幸福な時間を幸福なままに時間を止めたいのですね? われら悪魔は万能ではありませんから止められる時間も空間も制限されます。それでも時間を止めることは可能です。ただし、御理解ください。主観的にあなたの時間は止まりません。意味がわかりますか? あなたの時間は客観的に止まりますが、主観的には止まりません。それでもよいなら止めます。またお会いしましょう。苦情は受け付けませんが、新たな代償をお支払いいただけるなら話は別です。恋人との逢瀬のために血族を売り払ったあなたにまだ売るものがあるなら喜んで買いますよ。最終的にあなたに残るのはそのえげつない欲望でしょうがそれこそがわれら悪魔の大好物なのです。
夜景
夜景が美しく見えるためのポイントは、最低でもふたつあるわ。ひとつは明かりを作ったり使ったりする何かが生息している、または無生物でもいいので存在すること。もうひとつは、夜景を可視光として認識する何かが夜景を見ること。こちらも光を認識して鑑賞できるなら人工物でもいいわね。簡潔に言えば光源と鑑賞者ね。でも基本的に限られた能力の生物が夜景を見るのが面白いのよ。あなた、夜景をどんなシチュエーションで誰と見るかが重要だと思ったの? あなたってかわいいのねえ。そうねえ。それ以外の問題として、人工物でないと美しいと思わない人も逆に自然物でないと美しいと思わない人もいるわ。知能を持つものってめんどくさいのよねえ。エイリアン観光事務局っていうけどエイリアンだけでもないのよね。ここで働くためにはとりあえず顧客の可視光域と文化背景を知っておかないと絶景夜景の案内はできないの。勉強しましょうね。
***
蛇足。
熱源を光として感知するエイリアンにとって夜景観光案内とはなにかというのもすごく面白いと思います。工場とか温泉とか明るく見えそう。火山もめっちゃ明るいかも。可視光域が紫外線または赤外線に及ぶエイリアンにとっての夜景もいけてるかも、と書いて思いましたが、コウモリのような音波系の生き物が「夜景?なにそれ」と思いはしたもののVRで認識したら美しくてびっくりしたとかも面白いかもです。逆に視覚的な生き物がエコーロケーションの世界を絵として認識したらびっくりというのも楽しい。そうだ、未来的には、視覚を失った人も夜景を楽しめる時代がくるといいよね。今は夢物語だけど、たぶん不可能なことじゃないと思うんだ。