佐々宝砂

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9/25/2024, 11:00:29 AM

窓から見える景色

「窓から外を、いや、空を見せてやる」とあいつは言った。あたしは信じなかった。窓はある。つまらない路地や隣の家の壁が見えるような窓で、空は決して見えない。人類みんな地下で生きてるこのご時世にどうやって空を見せる気だ。でもあいつの自信ありげな笑顔に唆されてあたしはレジスタンスに入った。レジスタンス「地上の光」だよ笑っちまうネーミングセンスだな。

一部富裕層が半地下に暮らし太陽光にあたっているという噂は以前からあった。地上は放射性物質とダイオキシン類に汚染されているとされる。実際にどうなのかあたしは知らないが、野生動物もいくらかはいるらしいから地上に出たらすぐ死ぬというわけでもないらしい。とりあえず外に出たいぜ!というのが「地上の光」の基本理念で、レジスタンス活動はおおまかに地上の実態を探ることだ。

レジスタンスには実働隊と間諜部と生活部があって、実のところ一番人気は生活部なんだ。ほら下層民は人工太陽光も浴びられなくて薬飲むじゃん。赤ちゃんにもカプセルを支給する悪辣な政府だから下層民の赤ちゃんどんどんくる病になる。それをどう治すか予防するかが生活部の仕事。あれはあれでかっこいいんだが、あたし頭悪いからできない。あいつもわりとアホだからできない。

つまり頭悪いあたしとわりとアホなあいつは実動隊なのでともかく地上を目指す。間諜部が探しあててきた暗い裏階段を登りに登り、見上げるような高さにある横に細い窓から白い光が落ちているのを見た。「あれが太陽光だ」とあいつは言い、光に向かって踏み出し、そして、そこに仕掛けられていたレーザー光に貫かれて倒れた。

あたしはどうしたらいい? あいつは約束を守った…わけじゃないな、あいつは太陽光かもしれないものを見せてくれただけだ。あたしは進む。窓の外の景色を見るために。

9/24/2024, 10:18:44 AM

かたちのないもの

意味がわからない。風にかたちはあるか。あるとも。見えないだけだ。炎にかたちはあるか。あるとも。定まらないだけだ。水にかたちはあるか。あるとも。方円の器に従うだけだ。香りも味もその成分にはかたちがある。音でさえもかたちで表すことができる。おれはイライラして、目が飛び出るほど高価な羊皮紙の魔法書を床に叩きつけた。おれの生涯の願いはここではないどこかに行くこと、幼い頃からずっと夢見てきたその願いを叶えるには「かたちのないもの」を「見えない器」で煮詰めないといけないのだとその魔法書には書いてあった。荒れ狂うおれをメイドのサラがなだめた。

「ご主人様、かたちのないものも見えない器もご主人様はお持ちです。お気づきにならないだけです」





(今回のはリドル・ストーリーです。解答編はございません。ごめんなさい。)

9/23/2024, 11:10:31 AM

ジャングルジム

秋の公園の静かなジャングルジムで、ぼくは待っている。おかあさんが「もうごはんよ!」と呼びに来るのを。こどもたちがこの公園で遊ぶのは主に昼間で、それもたいていはようちえんに行くか行かないかの小さなこどもとその母親ばかりで、夕ぐれまで一人で遊んでるようなこどもはいない。ぼくももうわかってる。おかあさんはきっとぼくを呼びに来ない。たとえ呼びに来たとしても、おかあさんはぼくに気づかない。ぼくのとうめいなからだはジャングルジムの中をたよりなくさまよう。楽しかったジャングルジムはいまはもうぼくを閉じこめるろうやのよう。ぼくはいったいいつ生きているからだをなくしたのか、もうたぶん何十年も前のことだから思い出すことができない。ずっとさびしかったことは思い出せる。そしてきれぎれな思い出、「小学五年男児、誤ってジャングルジムから転落し死亡。ジャングルジムは取り壊し決定」という新聞記事。ぼくは、その新聞記事をこのジャングルジムから見下ろして読んだ。そうだ、ぼくは死んだんだ。ジャングルジムももうない。公園のはしっこで彼岸花が赤い。

9/22/2024, 10:21:30 AM

声が聞こえる

声が聞こえるのだと憔悴した顔で彼は言った。意味がありそうな命令が聞こえるのであれば精神科を受診したほうがよさそうだが、そういうのとは違うようだ。どんな声が?と尋ねると、悲鳴が聞こえる、それも一人ではなく何人もの悲鳴が重なって、遠い耳鳴りのようにも思えるけれど、夜も昼も聞こえて睡眠不足でまいっているのだ、と答えた。そうか、それは不運な話だ。単に病気であれば放置したんだが。地獄の声を聞く能力者は放置できないんだよねえ。人類はまだあの声を知るべきではないんだ。私は手を挙げて天使たちに合図する。この男を眠らせなさい。世界に審判の角笛が鳴り響くその日まで。

9/21/2024, 11:29:47 AM

秋恋

ぼくは幼いときから秋組だと教えられて育った。一緒に育ってゆくみんなと明らかに違う育ち方をしていたから、「違う」のだとわかっていたのはある意味救いだった。夏が終わり春組のみんなが消耗して死んでゆくときも、ぼくは秋組なのだからと耐えた。それは耐えることができたんだ。

でもこれは難しい。ねえ。春組の死にそこねだの熟しすぎ女だのひどい連中はいうけど、ぼくはあなたほどかっこよくて素敵な女性を知らない。でも秋組のぼくと交尾するとあなたは死ぬ。こどもも孵化するかわからない。それでもいいの? ぼくはまだ春まで生きるから未来はあるけど、あなたには。それでもいいのだとしたらぼくはもう死んでもいい。きっとあなたは死ぬなと言うのだろうけれど。


※※※

主人公たちは昆虫に似たサイクルを持つ生き物で、春に生まれ夏に羽化して交尾し卵を産む春組、春またはその他の季節に生まれ秋に成熟して次の春までにゆっくりと生殖する秋組に分かれます。春組にはまれに生殖する相手を自分の季節に決めないものもいます。秋組はわりと自由なので春まで待って次世代とこどもを作ることもできます。秋組は春組と比べて少数派です。秋から冬は命をつなぐのが困難なため春組は卵の形態でもっとも簡便な方法で冬を越します。秋組が存在するのは春組の卵が何らかの災害によりすべて根絶した場合に生き延びるためです。秋組のフレキシブルさも種として生き延びるためのものです。春組も秋組も生殖するまでは生き延びる昆虫タイプの生態を持ちます。

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この続きというか同じ世界観です。

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