towa_noburu

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6/26/2025, 10:41:56 AM

漆黒の鳥の群れが空一面を覆った。
何百羽もの黒い鳥が夕闇の空に被さる。
僕は窓ガラス越しにその光景を見ていた。
ぞくりと背筋が凍る。思わず呟いた。
「不吉…」
「おっしゃる通りです」
背後から突然低い声がかえってきた。
「ひっ、だっ誰?」
僕は驚いて、部屋の方へと振り返る。
そこには背の高い痩せ細った骸骨がいた。
骸骨は黒い布をすっぽりと頭から被っているが、布の隙間から白い手足の骨がでている。
「驚かせてすみません。私は通りすがりの死神です。」
「…っ」
僕は息を呑んだ。
骸骨はマントの下から、火の灯った蝋燭を取り出した。銀色の燭台が夕日に怪しく光る。
「ここにありますのは命の灯。この蝋燭が尽きる頃が貴方の寿命でございます」
火は勢いよく燃えていた。後数十分もしないうちに蝋燭の炎は消えるだろう。
僕は骸骨に向かって微笑した。
「僕、運がいいね。正直怖かった。僕にはお迎えに来てくれる人なんていないと思っていたから」
「そんなことはありませんよ。それに、ご家族はたいそう悲しがると思います」
「そうかな…もう随分と僕は孤独だよ。誰も僕に話しかけてくれないんだ。家族で外出なんて、最後にしたのはいつだろう」
僕は窓に目をやり遠くを見つめた。
「愛情を疑っているんですか?」
「そうとしか考えられないんだよ。」
僕は骸骨に向かって首を横に振った。
骸骨はしばらく思案してから、ゆったりとした口調で提案した。
「どうです。最後に家族に言いたいことを言ってはどうですか?」
「え?」
「きっと、届きますよ。はっきりと言わなければわからないこともあるのです。これが最後なのですから。」
僕は骸骨の提案に少し考え込んだ。
「…わかった。やってみる。」
僕は力いっぱい大きく息を吸い込んだ。
「僕を見てよ!!!!!」
その声は悲鳴に近かった。
「…なんだが、スッキリした。ありがとう死神さん。」
「それはよかった。そろそろ時間ですが、よろしいですか?」
「…うん、僕は満足したよ。これで心置きなく、お別れできる…」
僕は涙交じりに微笑んだ。

蝋燭の炎がふっと消えた。

「カイ!どうしたんだ、悲鳴をあげて…カイ?」
お父さんとお母さんと祐介がドタバタと二階から降りてきた。そっと冷たくなった、黒いフサフサの毛並みにそっと触れる。その手は冷たかった。
涙で家族の頬は濡れた。
「カイ……ごめんな……ずっと辛かったんだな…ごめんな…」
カイの冷たくなった手を家族は必死にさすった。

その様子を死神は空から静観していた。
死神のマントが風に遊ばれる、そのマントの中に黒い鳥たちは吸い込まれていった。

いつのまにか空は暗い群青色をしていた。
「願わくば、彼が美しい骨に還りますように。」
骸骨はマントを翻して、夜に溶けた。

「最後の声」

6/26/2025, 4:07:50 AM

「貴方、自分が何をしたかわかってるの?」
お母さんの険しい形相に何事かと思い、僕は振り返る。
「獲物を逃したんだよ。あんなに貴方の側にいたのに。なんてもったいない事したのさ。1週間ぶりの食事だったのに。」
他の兄弟たちも後ろで唸って威嚇した。
僕は耳を下げ、尻尾を巻いて怯えながら後ずさった。
「だって…あの子は僕に優しかった。素敵なお花の咲く場所を教えてくれたんだ。」
そうだ。あの真っ白でふわふわのうさぎは僕を見ても怖がるそぶりをせずに、笑って「あなたいつも丘でお花を見てる狼の子供でしょ?」と話しかけてくれた。
そんな動物に出会ったのは生まれて初めてだった。だから嬉しくてついお腹の鳴る音を誤魔化した。それだけだ。
「それはいけない事なの?」
僕はお母さんに涙ながらに問う。
「いけません。」
お母さんはきっぱりと言った。
「いつか、あんたが傷つかないように。お互いに歩み寄らない方がいいこともある。
私はあんたより長く生きてるからね。」
お母さんは僕を優しく舐めた。
僕はお母さんの言った意味がわからなかった。
お腹の音と心が温かくなったあのうさぎとの会話。
どちらか一つしか選べないのだろうか。
僕は欲張りだから両方魅力的に思えた。
真夜中星降る夜、僕は夜空を見上げて母さんの言葉を思い出す。
「生あるもの何か食べないと生きていけない。そして、その食べる物には必ず命が宿っているのを忘れて噛んではいけない。」

後日、お母さんはある子うさぎを噛み砕いた。
僕は怖くて、あのウサギかどうか確認するのが怖くて、その光景から目を背けた。
なんて弱くてちっぽけなんだろう。
小さな優しさを心の中で大切に思うことすら、こんなにも難しいなんて。
それでも僕は泣きながら、母に背中を押されて兄弟達と同じように、命をいただいた。

側で綺麗な黄色い花が凛と咲いていた。
とても美しく儚い命が今日も根を張っていた。

6/24/2025, 11:55:15 AM

黄昏時の空は火のようだ。
こんなにも赤く染まる空は、誰もが燃え盛る炎を連想させるのだろう。
しかし、よくよく見ると、真っ赤に燃える空の色は幾重にも重厚に変化を刻んでいる。
その微細な色合いは決して炎では再現できないものだ。
やがて宵闇に化ける空は美しくもどこか張り詰めた空気を世界に放つ。
虫の声、獣の声、風の声、さまざまな声が重なり合って空と溶け合う。
しんと静寂が突き刺す森の中でも、よくよく耳を澄ますとそこには音がある。
虫たちも、鳥たちも、獣も、風も皆、空を見上げて生きる瞬間が必ずある。
その時はこう思うに違いない。
嗚呼空は、今日もあまりにも美しい。

6/23/2025, 10:54:21 AM

「…子供の頃の忘れられない夢の話をしよう。」
私は混雑する遊園地にいた。腕には愛らしいクマのぬいぐるみ。私はそのぬいぐるみを何故か死んだ母親の魂が宿った媒体だと認識していた。そして、そのぬいぐるみは喋る設定だ。
他に保護者がいない小さな女の子が遊園地入場の列に並んでいる。しかし入場受付係は、「大人一枚、子供一枚」と野太い声で喋るクマのぬいぐるみにも動じずに淡々と「かしこまりました〜!」とチケットの発行処理をした。私は母に問いかける。「お母さんとまた遊園地行くのが夢だった」クマのぬいぐるみ…もとい母は答える。「寂しい思いをさせてごめんね。今日は思いっきり楽しもうね」心なしか腕の中で母が私に微笑んだような気がした。
さて、私と母は久しぶりの遊園地を楽しむかと思いきや…そこに空から円盤の大軍が。遊園地を大占拠である。夢特有のやや突拍子もない場面転換だなとご容赦いただきたい。
宇宙人たちは入り口の片隅に人々を集めてこう宣言した。「ここは今日から我々の私有地とする。我々はずっと人間の作ったおもちゃで遊びたかった。我慢できなくて、何万光年旅してやってきた。思い出たくさん作る。」テレパシーで人々の頭の中に直接語りかけてきた宇宙人たち。母はそのテレパシーに何故か納得し…「なら仕方ない。」と呟いた。私は何万光年も旅してきたのだから宇宙人たちが遊園地を楽しんでもいいのかなと思ったが、「独り占めはよくないよ。幼稚園で遊具はみんなのものって教わったもの。」と小声で言った。その言葉を聞いていた周りの人たちは私の意見に同調して頷いた。
さらにその言葉を聞いていた宇宙人たちは「我々より下等生物な地球人類に…我々が諭されている?我々劣っていない。心外だ。けど、その意見も理解できる。」
宇宙人たちはフードコートの椅子に座り作戦会議をし始めた。
その隙に私と母は宇宙人たちの一瞬の隙をついて、入り口に向かう。そして、何故か拘束を免れていた受付係の人に、お願いをした。「あの宇宙人達なんとかして。」すると、受付係の人は「かしこまりました。」と言って、手元にある赤いボタンを押す。
すると宇宙人達が座っていた椅子が爆発した。
宇宙人達は空に吹き飛ばされ、星になった。
私と母はその光景を見届けながら呟いた。
「さぁ、まず何から乗ろうか。」
「お化け屋敷!」
そしてお化け屋敷に入る手前で実に惜しいことに目が覚めた。私は遊園地で1番お化け屋敷が好きなのだ。
怖さと涼しさは最高のスリルを味わえる。
「って言う夢を子供の頃に見たの、今思い出した。」
「まず、母さんを殺さないでよ、さゆみ。母さんバリバリ健康で生きてるんだから。」
「知らないよ。夢だもの。」
「まぁ、そうね…さて」
私と母は空を見上げた。

雲一つない晴天。
街の上空に飛来する大きな大きな円盤型未確認飛行物体。
「我々は…「「ああ、もうそういうのいいから!!」」
私と母は宇宙人の発するテレパシーを遮り、大声で叫んだ。
さて、これからどうしょうか。
私と母は顔を見合わせて、ニヤリと笑った。

6/23/2025, 9:50:44 AM

貴方の喪失は、自分の半身が引き裂かれるような痛みを覚えた。よく、心の中で生き続けると言うが、私はそうは思わない。私の心は貴方の喪失と共に粉々に砕けてしまったのだ。この地上で今呼吸を繰り返す残された体は、もう動くのが限界に近い錆びついた機械のよう。錆をさす油がないから、動かすたびにギシギシ軋む。目は虚。混濁した眼差しの奥にもう光を宿すことはないのだろう。
私の体が機械になってから3653日目の事だ。
いつものように、私は栄養ドリンクとサプリをなんとか喉に流し込み、仕事に出かける。
工場での流れ作業で機械の部品を淡々と点検する仕事だ。夜になり帰宅しようといつもの道を歩く…はずだった。金縛りにあったかのように、体がいつもの道とは違う小道に入った。私は体の故障かと疑った。ついに機械となった体もおかしくなったのかと。
その小道の先を何物かの力に引っ張られるように歩みを進めた。
あるダンボールの前で体は止まった。
「……?」
そのダンボールを覗き込むと、小さな白猫がミャアミャアと鳴いていた。
その猫を凝視しながら、遠い記憶の中で埋もれていた貴方の声がはっきりした。
「私の言葉覚えてる?この子と暮らさない?」
残念ながら、貴方が過去に言った言葉はもう辛すぎて思い出すと痛みが生まれる。
それでも、体はその子猫を優しく抱き上げた。
機械の体の日常に猫が加わった。
ただ、それだけの違いなのに。
冷えた心臓が少しだけ温かくなった。
それは錯覚かもしれない。
けれど、私を見上げる猫の曇りのないガラスの瞳は、全てを見通して今日もニャアニャアご飯をねだる。

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