漆黒の鳥の群れが空一面を覆った。
何百羽もの黒い鳥が夕闇の空に被さる。
僕は窓ガラス越しにその光景を見ていた。
ぞくりと背筋が凍る。思わず呟いた。
「不吉…」
「おっしゃる通りです」
背後から突然低い声がかえってきた。
「ひっ、だっ誰?」
僕は驚いて、部屋の方へと振り返る。
そこには背の高い痩せ細った骸骨がいた。
骸骨は黒い布をすっぽりと頭から被っているが、布の隙間から白い手足の骨がでている。
「驚かせてすみません。私は通りすがりの死神です。」
「…っ」
僕は息を呑んだ。
骸骨はマントの下から、火の灯った蝋燭を取り出した。銀色の燭台が夕日に怪しく光る。
「ここにありますのは命の灯。この蝋燭が尽きる頃が貴方の寿命でございます」
火は勢いよく燃えていた。後数十分もしないうちに蝋燭の炎は消えるだろう。
僕は骸骨に向かって微笑した。
「僕、運がいいね。正直怖かった。僕にはお迎えに来てくれる人なんていないと思っていたから」
「そんなことはありませんよ。それに、ご家族はたいそう悲しがると思います」
「そうかな…もう随分と僕は孤独だよ。誰も僕に話しかけてくれないんだ。家族で外出なんて、最後にしたのはいつだろう」
僕は窓に目をやり遠くを見つめた。
「愛情を疑っているんですか?」
「そうとしか考えられないんだよ。」
僕は骸骨に向かって首を横に振った。
骸骨はしばらく思案してから、ゆったりとした口調で提案した。
「どうです。最後に家族に言いたいことを言ってはどうですか?」
「え?」
「きっと、届きますよ。はっきりと言わなければわからないこともあるのです。これが最後なのですから。」
僕は骸骨の提案に少し考え込んだ。
「…わかった。やってみる。」
僕は力いっぱい大きく息を吸い込んだ。
「僕を見てよ!!!!!」
その声は悲鳴に近かった。
「…なんだが、スッキリした。ありがとう死神さん。」
「それはよかった。そろそろ時間ですが、よろしいですか?」
「…うん、僕は満足したよ。これで心置きなく、お別れできる…」
僕は涙交じりに微笑んだ。
蝋燭の炎がふっと消えた。
「カイ!どうしたんだ、悲鳴をあげて…カイ?」
お父さんとお母さんと祐介がドタバタと二階から降りてきた。そっと冷たくなった、黒いフサフサの毛並みにそっと触れる。その手は冷たかった。
涙で家族の頬は濡れた。
「カイ……ごめんな……ずっと辛かったんだな…ごめんな…」
カイの冷たくなった手を家族は必死にさすった。
その様子を死神は空から静観していた。
死神のマントが風に遊ばれる、そのマントの中に黒い鳥たちは吸い込まれていった。
いつのまにか空は暗い群青色をしていた。
「願わくば、彼が美しい骨に還りますように。」
骸骨はマントを翻して、夜に溶けた。
「最後の声」
6/26/2025, 10:41:56 AM