「好きです!付き合って下さい!」
晴天の中大きな声が響き渡った。
道行く人が皆その声の方を見た。
「ちょっと…ね?こんなところでやるのは…」
戸惑いながらそう返しているのは1人の男の子。
対する女の子は、頑なに顔を上げようとはしない。
全く。こんな公共の場で告白などしないでもらいたい。
と、思った。
僕のような非リアにとって、公開告白は地獄でしかない。
振られろ。
こんなところで告白するやつなんて碌なもんじゃない。
男よ。振れ。
と、念じながら成り行きを見守っていた。
「今、返事して下さい!」
しびれを切らした女の子のほうがバッと顔を上げてそう言った。
「じゃあ、嫌だ。と。」
と、男の子は返した。
ナイスだ。
「なんで?なんでなんですか?何がいけないんですか?嫌なところ直しますから。」
「そういうところもだけど、こんなところで告白したりするのとか全部嫌だ。」
若干めんどくさいことになりそうな気はしてきたが、気にしないこととする。
「ねぇ。お願いだから。捨てないで。」恋人らしいこと何も求めないから。」
女の子はまだ飽きもせず駄々をこねている。
しかし、もうこの茶番も見飽きたし進展がしなさそうなので帰ろうとした。
その時、
「仕方ないな。ちょっとだけだよ。」
座り込んでいた女の子にそういいながら手を差し出した男の子。
顔には困ったような笑みがあった。
クソリア充が…
心のなかで悪態をつきながらも今度こそ帰路についた。
僕たちは生きている。
この理不尽な世界を。
非リアに優しくない世界を。
リア充という光り輝く太陽の下で
今日も可愛い。
そんなことを思いながら智也は春を見ていた。
春はそんな視線には気づかず、パソコンに向かって仕事をしている。
一方で智也は春を見ているせいで全く仕事が進んでいない。
この調子では残業になりそうだ。
しかし、智也は今日春をご飯に誘う予定だった。
そのため、定時に間に合うようにあっという間に仕事を処理してしまった。
これだけの才能があるなら普段から発揮すればいいのに。
と、同僚は皆思ったことだろう。
定時になると同時に鞄を背負い、部屋を出る。
会社の出口付近で立ち止まり春を待つ。
この時、待ち伏せをしている気がするが気のせいだ。
5分くらいして春が出できた。
同僚と楽しげに話している。
「少しいいかな?」
と、智也は声をかけた。
「なんですが?」
「よければ今度食事に行かないかい?」
「えーと…?」
「本当によければいいんだ。いつでもいいし、気が向いたら連絡して。」
そう言い残して小走りに智也は去っていった。
ただ、呆然とした2人だけがその場に残された。
別の日の太陽が落ちる頃。
偶然にも定時に帰れた智也は1人帰路についていた。
すると、遠くから春とその同僚が話している声が聞こえた。
「あのさ、前の食事に誘われたやつあったじゃん。」
「あぁ。あれきもすぎてまだ返事してないわ。」
「あんなんパワハラだよ。パワハラ。」
「だよね!もう訴えたいくらい!」
「訴えればいいじゃん。」
「そうしようかな。」
笑い声とともにそんな話が聞こえる。
智也は自分のことだと気づくやいなや心が何処かにいってしまった。
訴えられてしまえば、社会的地位は落ちる。
職場の恋ももはや枯れ果ててしまった。
たった一度。たった一度が全てを壊してしまった。
ただただ、恋も智也も落ちていく
夕日とともに…
「昌美〜、その棚もう少しこっちへ移動できないか?」
いけるー。と大声を張り上げる。
今日は2人の家に荷物を運ぶ日。
重い荷物の運搬は圭祐に任せて私は棚や家具のレイアウトを決めたり、細かい微調整をしたりする。
部屋が完成するころにはすっかりと日が暮れてカラスが鳴いていた。
「今日は頑張ってくれてありがとな。」
圭祐からそんなねぎらいの言葉がかけられる。
愛する人にねぎらってもらえるなんてどれだけ幸せなことだろう。
そんな気持ちを抱えつつ、何でもないようにううん。大丈夫。圭祐こそ重い荷物持って疲れたでしょ。ありがとう。と、返す。
一ヶ月前私たちは籍を入れた。
圭介は収入が安定していないから親には反対されたけど何とかして結婚までこぎ着けた。
2人で住む家も決めて、憧れのマイホームをゲットした。
そんな昔のことを思い出していた。
今、私たちの間には3人の子供がいる。
長男の正哉、長女の圭子、次男の秀介。
皆すくすく育って今では正哉は小学校5年生だ。
子どもの成長が見れてうれしい反面。少し嫌なところもある。
それは、
「お母さん。今日のご飯はなんだい?」
「お父さん。まだ、ご飯の時間じゃないよ。」
と、お互いを名前で呼ばなくなったことだ。
はじめの頃はずっと名前で呼びあっいたのに、気づけば「お母さん」「お父さん」と呼びあっていた。
何だか昔が消えてしまったようで少し淋しい。
「おか〜さん!見て!テストでね、百点とったんだ!」
「そうなの!凄いね圭子!すぐ行くよ!」
「うん!早く早く!」
夜空にそっと呟いて圭子のもとへと向かう。
「圭介君。」
イヤホン越しに声が聞こえた。
「あのさ。いつまでそんなことしてんの?」
そんな聞きたくないことを言われてもどうすればいいのかわからない。
だから、聞こえないふりをして音楽をきいていた。
突如、耳から音楽が聞こえなくなった。
黙って上を見上げれば怖い顔をしたお姉ちゃんがいた。
「ちゃんと話くらい聞いたらどうなの?本当にこのままじゃダメだよ。」
「そんなこと言ったって、どうすればいいの?私にはなりたいものもやりたいこともないんだよ。」
今年で大学を卒業するはずの私は未だに夢を見つけられないでいる。
やりたいこともなく、あったとしても自分よりもできる人がいる。
そんな中自分じゃなくてもできることをやる意義を見いだせないのだ。
自分だけがその何かをできるんだったらまだしも…
ひとしきり姉の説教じみた話を聞いたあと、また私はイヤホンをつけて音楽を聞いた。
まともに考えたってどうしようもないと思ったから。
月明かりが窓から差し込む頃。ようやく私はのそのそと動き出した。
風呂に入って半身浴をしてから顔を洗って美容液もろもろを塗る。
ドライヤーで髪を乾かして艶を持たせたら布団に入り込んで寝る。
布団の中はあったかくて柔らかくていつまでも居れそうだ。
ニートになりたいなぁ。
ふとそんな考えが頭をよぎった。
多分親に追い出されるし無理なんだろうけど、やっぱり何もできない私にちょうどいい職業?だと思う。
好きなことはある。
音楽を聴くこと。歌うこと。本を読むこと。
やりたいこともある。
曲を作ること。本を書くこと。売れること。
なりたい夢もある。
作曲家。小説家。声優。
でも私はどれにも不適だ。
作曲なんてほとんど出来ないし、文才もない。しゃべるのが早いから声優にも向いてない。そもそも共感能力すらありはしない。
どんだけやりたいこと。なりたいものがあっても出来ないものは出来ない。
そのために努力を惜しむなと人は言う。
でも、そんなことは無理だ。努力したって上には上がいるし、出来ないものは出来ない。努力でどうにかなる世の中ならこんなに生きづらくはないはずだ。
悶々と考えていると気づけば朝日が差している。
結局今日も寝れやしなかった。
そしてきっと明日も明後日もいつまで経っても寝れやしないのだろう。
だからこそ、いつまでも、いつまでも人々に問い続けたい。
この世界で生きていくにはどうすればいいのかを。
セミが鳴き、太陽が燦々と照りつける夏のある日。
優斗は部屋の片付けをしていた。
というのも、母親である明美が実家の整理をするために呼び出されたからである。
「あっちぃ〜。こんな中片付けとか地獄かよ…」
優斗がぼやきながらしてしまうのも致し方ない。
温暖化と言うだけあって例年よりも暑い夏は昔ながらの風情を残したこの家屋には少々暑すぎるからだ。
昔は縁側で涼んだりしていたらしいが…今はその縁側はただの熱せられたものになっている。
優斗がいる居間の障子を挟んだ向かい側にある部屋は明美の部屋で、今明美が掃除している。
居間には2階に上がる階段もあり、このあと2階も掃除する。
古びた階段は少し心許なく、音も今にも壊れそうな音を出す。
その階段を登った先にある2階が物置部屋となっており、ラスボスなのだからたまったものではない。
手で額を拭いながら優斗はこの後のことを考えて余計に嫌気が差していった。
そもそも実家とはいえ、一人暮らしをする際に荷物は全部持っていったため自分のものは何ひとつないのだ。
居間の片付けを大方済ませた頃には空が赤く染まっていた。
太陽も少し熱を収め、縁側は涼めるようになっていた。
「優斗〜あんたの好きなかき氷持ってきたで〜」
明美は縁側に座っている優斗にかき氷を手渡した。
「ん。ありがとう。やっぱかき氷はうまいな。」
夏の風情とも言えるかき氷には赤い空と対照的青いシロップがかかっていた。
風鈴が風に揺れてチリンと涼しげに歌った。
その時、
「あんたにとって一番大事なもんって何?」
と、唐突に質問が投げかけられた。
「それは、宝物ってこと?だったら、まこちゃんから貰った誕プレかな。使いやすいし、嬉しいんだよね。」
若干戸惑いつつもそう返した優斗に明美は1冊のアルバムを見せた。
「あんた。これ何か覚えてないやろ?」
「おん。なんそれ?ちっさい頃のアルバム?」
明美はその問いには答えずにアルバムをめくっていった。
アルバムには優斗の生まれた頃から大学を卒業するまでの写真が貼られていた。
明美が1枚ページをはらりとめくる度に、成長していく優斗の姿が写った。
どのページにも写真一枚一枚に明美の優斗に対する思いが綴られていた。
「私にとって一番大事なんはな、優斗やねん。光太郎が私に最期に残してくれたもん。それがあんたやねん。優斗は気づいとらんかったんやろうけど、私はずっとあんたの成長を間近で見て、1番応援しとってん。まぁ、なんや。今更やけど私にとっての宝物は優斗。あんたやで。ってことをいいたかってん。」
そう語った明美の顔が赤いのは、夕日のせいか。はたまた少し照れているからなのか。
今度は少し淋しげな音色を風鈴は微かに奏でた。
優斗は何とも言えぬ思いになった。
母が自分をそのように思ってくれていたことは純粋にうれしかった。けれど、それは自分だからじゃなくて光太郎という1人間の形見的な役割でしかないのではないか。という気持ちもあった。
優斗は何も言えず、ただ遠くを見つめた。
食べかけのかき氷は溶けてブルーの甘ったるすぎる水になっていった。
暫く無言の時間が進み、虫の声が聞こえる頃。ようやく優斗は言葉を発した。
「母さん。」
「なに?」
「俺さ。ずっと考えとってん。俺って父さんの代わりかなんかなんかなって。父さんは俺が小さい頃に死んじまったから記憶にないけど、優しい手で俺の頭を撫でてくれたんは覚えてる。そんな、父さんの、代わりなんかなって。でもさ、母さんはオレのことたぶんそんな目で見てへんやろ。母さんにとって俺は俺なんやんな?」
「当然やろ。光太郎の代わりでも何でもない。優斗は優斗や。私は優斗やから好きやねん。」
「そっか。それが聞けて安心したわ。俺さ。もっと頑張るわ。ほんでいつか、今までもらった分の愛何倍にもして返したる。」
そう宣言した優斗に同意するように、或いはその背を押すように部屋においてある仏壇の炎は揺らめいた。
「だったら、先ずは2階の片付けやってもらおかな。」
そういった明美はおどけながらも涙が滲んでいた。
溶けたかき氷は美しく月の光を反射していた。