セミが鳴き、太陽が燦々と照りつける夏のある日。
優斗は部屋の片付けをしていた。
というのも、母親である明美が実家の整理をするために呼び出されたからである。
「あっちぃ〜。こんな中片付けとか地獄かよ…」
優斗がぼやきながらしてしまうのも致し方ない。
温暖化と言うだけあって例年よりも暑い夏は昔ながらの風情を残したこの家屋には少々暑すぎるからだ。
昔は縁側で涼んだりしていたらしいが…今はその縁側はただの熱せられたものになっている。
優斗がいる居間の障子を挟んだ向かい側にある部屋は明美の部屋で、今明美が掃除している。
居間には2階に上がる階段もあり、このあと2階も掃除する。
古びた階段は少し心許なく、音も今にも壊れそうな音を出す。
その階段を登った先にある2階が物置部屋となっており、ラスボスなのだからたまったものではない。
手で額を拭いながら優斗はこの後のことを考えて余計に嫌気が差していった。
そもそも実家とはいえ、一人暮らしをする際に荷物は全部持っていったため自分のものは何ひとつないのだ。
居間の片付けを大方済ませた頃には空が赤く染まっていた。
太陽も少し熱を収め、縁側は涼めるようになっていた。
「優斗〜あんたの好きなかき氷持ってきたで〜」
明美は縁側に座っている優斗にかき氷を手渡した。
「ん。ありがとう。やっぱかき氷はうまいな。」
夏の風情とも言えるかき氷には赤い空と対照的青いシロップがかかっていた。
風鈴が風に揺れてチリンと涼しげに歌った。
その時、
「あんたにとって一番大事なもんって何?」
と、唐突に質問が投げかけられた。
「それは、宝物ってこと?だったら、まこちゃんから貰った誕プレかな。使いやすいし、嬉しいんだよね。」
若干戸惑いつつもそう返した優斗に明美は1冊のアルバムを見せた。
「あんた。これ何か覚えてないやろ?」
「おん。なんそれ?ちっさい頃のアルバム?」
明美はその問いには答えずにアルバムをめくっていった。
アルバムには優斗の生まれた頃から大学を卒業するまでの写真が貼られていた。
明美が1枚ページをはらりとめくる度に、成長していく優斗の姿が写った。
どのページにも写真一枚一枚に明美の優斗に対する思いが綴られていた。
「私にとって一番大事なんはな、優斗やねん。光太郎が私に最期に残してくれたもん。それがあんたやねん。優斗は気づいとらんかったんやろうけど、私はずっとあんたの成長を間近で見て、1番応援しとってん。まぁ、なんや。今更やけど私にとっての宝物は優斗。あんたやで。ってことをいいたかってん。」
そう語った明美の顔が赤いのは、夕日のせいか。はたまた少し照れているからなのか。
今度は少し淋しげな音色を風鈴は微かに奏でた。
優斗は何とも言えぬ思いになった。
母が自分をそのように思ってくれていたことは純粋にうれしかった。けれど、それは自分だからじゃなくて光太郎という1人間の形見的な役割でしかないのではないか。という気持ちもあった。
優斗は何も言えず、ただ遠くを見つめた。
食べかけのかき氷は溶けてブルーの甘ったるすぎる水になっていった。
暫く無言の時間が進み、虫の声が聞こえる頃。ようやく優斗は言葉を発した。
「母さん。」
「なに?」
「俺さ。ずっと考えとってん。俺って父さんの代わりかなんかなんかなって。父さんは俺が小さい頃に死んじまったから記憶にないけど、優しい手で俺の頭を撫でてくれたんは覚えてる。そんな、父さんの、代わりなんかなって。でもさ、母さんはオレのことたぶんそんな目で見てへんやろ。母さんにとって俺は俺なんやんな?」
「当然やろ。光太郎の代わりでも何でもない。優斗は優斗や。私は優斗やから好きやねん。」
「そっか。それが聞けて安心したわ。俺さ。もっと頑張るわ。ほんでいつか、今までもらった分の愛何倍にもして返したる。」
そう宣言した優斗に同意するように、或いはその背を押すように部屋においてある仏壇の炎は揺らめいた。
「だったら、先ずは2階の片付けやってもらおかな。」
そういった明美はおどけながらも涙が滲んでいた。
溶けたかき氷は美しく月の光を反射していた。
11/20/2024, 2:06:54 PM