それは、紀元前と表しても遠すぎるような時代のこと。
地球上の何処かー恐らく中国の上海辺りであったーに、摩訶不思議なものが現れた。
それは、黒紫のようなオーラで包まれた楕円で、大きさは成人男性一人分くらいであった。
しかし、その当時に人類などいるわけもなく、その禍々しい物体が何だったのか、そもそも本当に存在していたのかすら定かではない。
ここでは、本当に合ったという体で話を進めるから、それを信じられない人はここで読むのを終了することをお勧めする。
では、早速その話に入るが、その物体ーここからはボックスと呼ぶーが現れても、しばらくの間は何もなかった。
地球上に変な物体が現れただけ。本当にそれだけだったのだ。
けれど、そこから数百年、数千年と経っていくと少しずつ変わってきた。
ボックスから、何かが出てきたのだ。
それは最初、視認することのできない何かだった。
長い年月をかけて地球に流れ込んだソレは、やがて、地球で実体を持った。
その姿は、今の人間のようでいて、何処か人離れした見た目だった。
全体的に紫色で、二足歩行。オーラを纏っていて、人型。
そいつらは、一体に留まらず、どんどんどんどんと増えていった。
やがて、今でいう上海から、パリまでは全てそいつらで埋め尽くされてしまったのだ。
しかし、海を越えた先にそいつらが現れることはただの一度もなかった。
奴らは水が嫌いだったのだ。
さて、そんな奴らだが、大して悪いことはしていない。
むしろ、ここに新たな文明を作ろうとしていた。
人類がいれば、何か違ったのがしれないが、奴らが来た時代にはいなかった。
やがて、奴らは地球そのものに迫害され、ボックスに入らざるを得なかった。
奴らがボックスに入り切ると、ボックスは何もなかったかのようにその口を閉じた。
この話はここで終わりではない。
まだ本の序章ー物語の始まりーにすぎないのだ。
いつか、もう一度ボックスが現れるときが来るだろう。
それがいつかはわからないが、次は奴らは敵意を持っていることだけは確かだろう。
この物語をどう終わらせるかは貴方がた次第なのだ。
香織には、子供の頃の記憶がない。
それは、記憶喪失とかそういった類いではなくて、本当にない、いわば無なのだ。
生まれ落ちてから今、大人になるまでどのように生きてきたのか誰も知らない。
ある日突然香織という大人が生まれ、知らぬ間に人々の意識に根付いていたのだ。
例えば、誰かに香織が小学生の頃の話を聞く。
すると、決まって皆こういうのだ。
「覚えてない」
だが、誰もそのことを疑問に思うことはない。ただ一人、香織を除いては。
当の本人だけが、誰も覚えていない過去を訝しんでいるとは不思議な話だ。
けれども、自分すらも覚えていないのならそれは当然のことだったのかもしれない。
頭の隅に霧がかったようにぼんやりとした記憶。
自分も他人も、過去の自分という存在を証明出来ないことに一種の恐怖もあったのかもしれない。
香織の両親でさえも、香織のことを覚えていない。
いや、そもそも香織という存在ごと知らないのだ。
香織が大人の頃には、彼らは他界してしまっていたのだから。
香織自身は辛うじて両親の姿を思い浮かべることはできるが、それでも顔はぼかしがかったかのように見えない。
本当に香織という人は昔から存在していたのか。
何故、大人からの記憶がないのか。
答えは出ないけれど、ただ1つ確かなことは、香織という存在はまるでエラーを無理やり修正したようだった。ということだけである。
朝焼けが街を照らしていた。
時に、朝焼けは新たな始まりを予感させるようだが、今日においては最悪な始まりだった。
宝物は大事に大事に保管しなければならない。
だから、綺麗なままずっと置いていたのに…失ってしまった。
どこに行ったのか、どうすれば再び手に入れることができるのか。
何一つ見えない。あてがない。
もう2度と失くしたりしないと決めていたのに。それなのに…。
大切な大切な宝物。他の誰にも渡したくない。
触れるのはおろか、見られる、認知される、そんなことさえも嫌だ。
GPSでも何でもつけておけばよかったんだ。
場所さえわかれば直ぐに迎えに行けるのに。
知っている。
わかっている。
宝物はなくしたんじゃない。
宝物は逃げ出したんだ。
丹精込めて用意したもの全てを捨てて、旅立ってしまったんだ。
ねぇ、どうして?
あんなにも素敵な空間を作り上げたのに。
何がいけなかった?
何が足りなかった?
どうすれば…ずっとそばにいてくれた…?
次に見つけた時は、もっと素敵な空間を約束するよ。
もう2度と逃げ出したいなんて思わないような。
昔からそうだった。
褒められるとか、成功するとか、そんな良いことがあって嬉しいときとか、幸せなときは晴れだった。
怒られたときや、悲しいときは雨。
悩み事があるときや、辛いときは曇り。
まるで天気が私を表しているようだなんて思うのはただの思い上がりだろうか?
私は思い上がりなんかじゃないと思っていた。
だって、直前の天気がどんなに土砂降りでも、私が喜べば一気に晴れるのだから。
それは私だけじゃなくて、周りの人もだった。
「あの子は特別ね。」
だの、
「神様に愛されているんだ。」
だの、取敢えず私を上に上げるものばかりだった。
だから、私が多少傲慢に育ったのも仕方ないのかもしれない。
触らぬ神に祟りなしとはこのことか、好き好んで私に話しかけてくれる人はいなかった。
それがよくなかった。
傲慢だった私は、誰も自分に話しかけてこない現状を腹立たしく思って、事あるごとに直ぐに癇癪をおこした。
そんなことをすれば余計離れていくなんて、何一つわかっちゃいなかったのだ。
そんな私を変えたのは、親でもなんでもない、ただの道端にいた人だった。
きっとその人はホームレスとかそういった類いなのだと思う。
薄汚れた服に、手入れのされていなさそうな髪。私なら全く関わろうとしない人だ。
私なら、というのは、私が出会ったにしてはおかしいと思うかもしれない。
でも、そうじゃなくて、その人とは画面越しに出会ったからこう言うんだ。
何かの番組の中継中だったかな?
街歩きをしていたときに出会った人に、優しく声をかけ始めた。
今思えば、そういう番組だったんだろうけど、当時の私は意味がわからなくて困惑したものだ。
とにかく、その声をかけたうちの一人が私を変えてくれた人だ。
その人は言った。
「自分はもともとすごい能力があったんですよ。お信じになられないでしょうが、それこそ世界の理屈を凌駕したようなね。だが、その力に甘えた結果がこれですよ。与えられた力をどう使うのが正しかったのか今でも分かりません。」
私のようだと思った。きっと、このままの生活を続けていたら私もこの人と同じようになるのだ。
こうはなりたくない。
私は幼いながらにしてそう思った。幼いから、かもしれないけれど。
その日から私はどんどんと生活を変えていった。
いつの間にか私の周りには人が増え、私は普通の人になっていった。
大人になった今もまだ、あの不思議な力は続いている。
だけれど、その力の正しさが何なのか。答えはまだ出ない。
宛のない暗い世界の中、僕は君を探していた。
あの日、君がいなくなったときから、僕の世界は一気に色あせた。
「貴方には他の人がいるから。」
そう言って寂しそうに笑った君の顔が頭から離れない。
僕には、君以外に誰もいないのに。
君は、勝手に僕のことを決めつけて、絶望して、どこかへ行ってしまった。
雨が降る中、君が生きそうなところを探す。
いない。
いない。
いない。
どこを探しても、君はいなかった。まるで、そもそも君なんて存在しなかったみたいに。
道行く人は僕をせせら笑う。
「いつまでそうしているんだ?」
と。
「縋って、追って、惨めだな。みずぼらしい。」
と。
それでもよかった。どんなに言われようが、君が見つかるのなら。
スマホに通知が来た。
見てる暇があるなら、君のことを探したかった。いや、きっとそれに引き寄せられなければ見なかっただろう。
だけど、引き寄せられてしまった。
『私のことを探しても無駄だよ。だから、お願い。私のことなど忘れて。』
彼女の連絡先からだった。
僕はどうすればよかったのだろう?
こんなにもピンポイントで来るなんて、彼女はどこかで見てるのではないか?そんな気がしてしまう。
でも、そんなことはないのだろう。
最早動く気など起きなかった。
ただ、全てが雨に溶けることを願って、空を見上げる他無かった。