隠された真実
何時までここに縛り付けられなければならないのだ。
好きなだけいていいよ。なんて言っていたけど、嫌になっても逃してくれないじゃないか。
「君だって、居心地がいいじゃないか」
あの人はいつもそうだ。こちらに聞くのではなく、断定形で話す。
自分で決めるのが苦手だった頃はそれに惹かれたのだっけな。
部屋には外側から鍵がかかっているせいで物理的に脱出は不可能。
あの人を説得することも不可能。
逃避行。
なんて、素晴らしい響きだと思う。
今までは何も思っていなかったけれど、実際こうやって囚われの身にもなると、夢みたいな甘美な響きですらある。
私にできるのは心だけ。
心だけ、逃避行。
あの人が話しかけてきたら機械的に返して、あの人が触れれば黙って受け入れて。
其処になんの感情も伴わせなければ、逃避行が成功したと言ってもいいのだろうか。
嗚呼、でも、多分出来ないな。
まだあの人が好きだった。
こちらのことを勝手に決めつけても、ここに縛り付けていても、それでもあの人の魅力は変わらないんだった。
どこまでも、優しくて、可哀想な、あの人。
艶のある黒髪も、普段は澄ました横顔も。私にだけは冷静でいられないところも。
全部、全部、可哀想なあの人の魅力だった。
心の逃避行はもう暫く先の話になりそうだった。
#10
名前は、ジュディー。あの時、マシューさんのお店で聞いた名前と同じ。
ただの偶然だろうか。けれど、何だか偶然と思いたくない私がいる。
そもそも、あの店はウォード様のお気に入りの店で。
何かが繋がりそう。後少し、後少しで全ての点が結ばれるような…。
「シェリル嬢?どうされました?」
ウォード様の声ではっと現実に引き戻される。
「いえ。何でもありませんわ。ただ、少し考え事を。」
「そうでしたか。それなら良かった。」
「ああ!そうだ!ウォード様、ダンスを踊りませんか?」
「ダンス、ですか?まだ始まっていませんが…」
「あ、始まってからです!始まってから踊りませんか?」
「それは、私の方からお誘いするべきなのですがね。ええ。お願いします。」
そう言えば、会場で笑っているウォード様をまだ見ていない。今のだって、普段のウォード様ならくすりと笑われるのに。
何か笑えない理由でもあるのだろうか?
そんなことより貴婦人達!あの人達は!と、聞き耳を立てるものの、ウォード様の悪口は聞こえてこなかった。
どうやら、皇太子様がお咎めしてくださったようで、感謝する他ない。
暫くの間、ドリンクを飲んでウォード様と談笑していると、声が掛かった。
「シェリル!ここにいたのね!」
「ヴィオラ!」
ヴィオラ・テンペスト。伯爵家の次女で、私の友達だ。
デビュタントで初めて会ったときから気が合い、手紙でやりとりをしたり一緒に観劇に行ったりもする仲。
「シェリル嬢のご友人かな?初めまして。シェリル嬢の婚約者のジュダス・ウォードです。」
丁寧にウォード様が挨拶をすると、ヴィオラは驚きを隠せないようだった。
「テンペスト伯爵家が次女、ヴィオラ・テンペストにございます。」
震える声を押し隠すようにヴィオラが挨拶をする。その怯えを感じ取ったのか、はたまた私が楽しめるようにという配慮からなのか、ウォード様は、私にヴィオラと居るように言った。
ウォード様を一人にして大丈夫だろうかという不安で、チラとウォード様を見ると、ウォード様は大丈夫だから、早くいけと言わんばかりに手を振っていた。
だから、ヴィオラをつれ、私はバルコニーに出た。
「驚いたわ。まさかシェリルの婚約者がウォード公子だったなんて…」
「私もよ。最初は驚いたのだけど、彼、意外といい人なの。」
「本当に?とてもじゃないけれど、いい人そうには見えなかったわ。」
確かにヴィオラの言うことは最もだ。さっきのウォード様は何時もと違って表情があまり動いてくれない。まるで、最初に会ったときみたいに。
「夜会だとああなだけだと思うの。私の前じゃ笑ってくれるわ。このドレスだって、ウォード様が数多く用意してくださったドレスの中から、漸く選んだものですもの。」
私の言葉にイマイチヴィオラは納得できないようだった。
でも、ヴィオラにはウォード様の良さを知ってほしい。
届いて…ウォード様の優しさ、愛おしさ。
ヴィオラにだけはちゃんと知っていて欲しい。
欲を言えば皆に知ってほしい。噂みたいな人じゃないと。
だけど、それは強欲だから。せめて、ヴィオラにだけは。
そんな私の願いが通じたのかヴィオラは軽くため息をついた。
「シェリルがそこまで言うってことはそうなんでしょうね。でも、私はまだ、あまり信じられないわ。だから、今度、シェリルの言うウォード公子を見せてくれるかしら?」
「…!ええ!勿論ですわ!」