イヤホン越しに声が聞こえた。
「あのさ。いつまでそんなことしてんの?」
そんな聞きたくないことを言われてもどうすればいいのかわからない。
だから、聞こえないふりをしておんがく(きいていた。
突如、耳から音楽が聞こえなくなった。
黙って上を見上げれば怖い顔をしたお姉ちゃんがいた。
「ちゃんと話くらい聞いたらどうなの?本当にこのままじゃダメだよ。」
「そんなこと言ったて、どうすればいいの?私にはなりたいものもやりたいこともないんだよ。」
今年で大学を卒業するはずの私は未だに夢を見つけられないでいる。
やりたいこともなく、あったとしても自分よりもできる人がいる。
そんな中自分じゃなくてもできることをやる意義を見いだせないのだ。
自分だけがその何かをできるんだったらまだしも…
ひとしきり姉の説教じみた話を聞いたあと、また私はイヤホンをつけて音楽を聞いた。
まともに考えたってどうしようもないと思ったから。
時間の都合上、明日続きを書きます。
セミが鳴き、太陽が燦々と照りつける夏のある日。
優斗は部屋の片付けをしていた。
というのも、母親である明美が実家の整理をするために呼び出されたからである。
「あっちぃ〜。こんな中片付けとか地獄かよ…」
優斗がぼやきながらしてしまうのも致し方ない。
温暖化と言うだけあって例年よりも暑い夏は昔ながらの風情を残したこの家屋には少々暑すぎるからだ。
昔は縁側で涼んだりしていたらしいが…今はその縁側はただの熱せられたものになっている。
優斗がいる居間の障子を挟んだ向かい側にある部屋は明美の部屋で、今明美が掃除している。
居間には2階に上がる階段もあり、このあと2階も掃除する。
古びた階段は少し心許なく、音も今にも壊れそうな音を出す。
その階段を登った先にある2階が物置部屋となっており、ラスボスなのだからたまったものではない。
手で額を拭いながら優斗はこの後のことを考えて余計に嫌気が差していった。
そもそも実家とはいえ、一人暮らしをする際に荷物は全部持っていったため自分のものは何ひとつないのだ。
居間の片付けを大方済ませた頃には空が赤く染まっていた。
太陽も少し熱を収め、縁側は涼めるようになっていた。
「優斗〜あんたの好きなかき氷持ってきたで〜」
明美は縁側に座っている優斗にかき氷を手渡した。
「ん。ありがとう。やっぱかき氷はうまいな。」
夏の風情とも言えるかき氷には赤い空と対照的青いシロップがかかっていた。
風鈴が風に揺れてチリンと涼しげに歌った。
その時、
「あんたにとって一番大事なもんって何?」
と、唐突に質問が投げかけられた。
「それは、宝物ってこと?だったら、まこちゃんから貰った誕プレかな。使いやすいし、嬉しいんだよね。」
若干戸惑いつつもそう返した優斗に明美は1冊のアルバムを見せた。
「あんた。これ何か覚えてないやろ?」
「おん。なんそれ?ちっさい頃のアルバム?」
明美はその問いには答えずにアルバムをめくっていった。
アルバムには優斗の生まれた頃から大学を卒業するまでの写真が貼られていた。
明美が1枚ページをはらりとめくる度に、成長していく優斗の姿が写った。
どのページにも写真一枚一枚に明美の優斗に対する思いが綴られていた。
「私にとって一番大事なんはな、優斗やねん。光太郎が私に最期に残してくれたもん。それがあんたやねん。優斗は気づいとらんかったんやろうけど、私はずっとあんたの成長を間近で見て、1番応援しとってん。まぁ、なんや。今更やけど私にとっての宝物は優斗。あんたやで。ってことをいいたかってん。」
そう語った明美の顔が赤いのは、夕日のせいか。はたまた少し照れているからなのか。
今度は少し淋しげな音色を風鈴は微かに奏でた。
優斗は何とも言えぬ思いになった。
母が自分をそのように思ってくれていたことは純粋にうれしかった。けれど、それは自分だからじゃなくて光太郎という1人間の形見的な役割でしかないのではないか。という気持ちもあった。
優斗は何も言えず、ただ遠くを見つめた。
食べかけのかき氷は溶けてブルーの甘ったるすぎる水になっていった。
暫く無言の時間が進み、虫の声が聞こえる頃。ようやく優斗は言葉を発した。
「母さん。」
「なに?」
「俺さ。ずっと考えとってん。俺って父さんの代わりかなんかなんかなって。父さんは俺が小さい頃に死んじまったから記憶にないけど、優しい手で俺の頭を撫でてくれたんは覚えてる。そんな、父さんの、代わりなんかなって。でもさ、母さんはオレのことたぶんそんな目で見てへんやろ。母さんにとって俺は俺なんやんな?」
「当然やろ。光太郎の代わりでも何でもない。優斗は優斗や。私は優斗やから好きやねん。」
「そっか。それが聞けて安心したわ。俺さ。もっと頑張るわ。ほんでいつか、今までもらった分の愛何倍にもして返したる。」
そう宣言した優斗に同意するように、或いはその背を押すように部屋においてある仏壇の炎は揺らめいた。
「だったら、先ずは2階の片付けやってもらおかな。」
そういった明美はおどけながらも涙が滲んでいた。
溶けたかき氷は美しく月の光を反射していた。
ゆらゆら揺らめく炎はほんのり赤く色づいて部屋を照らしていた。
そして、やがて眠気がやってきて…
目が覚めると不思議なところにいた。見覚えもないただただ何もない空間。
暫くあてもなく進むと一枚の紙を見つけた。
ーこの部屋から出たければ以下の通りにすれば良い
暗きに門が出でしとき、目の先の明かりを追うべし
ただし、偽の門であればここからは出られないー
なんとも不可解な文章だ。
そもそも暗きには出会っていないし、門もまだ見ていない。
それに、偽の門とは一体なんだろうか?
この先を進めば答えはわかるのだろうか?
そう思いさらに歩を進めるといきなり床がすっぽりと抜け落ちた。
落ちた衝撃を受けながらもそっと目を開けると真っ暗な静寂があった。
ふと思った。
さっきの暗きとはここのことなのだろうか?と。
そう仮定するならば、門があるはずだ。
そう思い周りを見渡してみた。
真っ暗ではあったが少し目が慣れてきて周りがある程度視認できるようになった時、少し先に鳥居らしきものを見つけた。
きっとこれが門なのだろう。
そう思い鳥居に向かって進み始めた。
鳥居の奥には火のついたキャンドルがあった。
目の先にある光を追え。その言葉を信じて鳥居をくぐった。
次の瞬間、目の前で
このクラスは僕に沢山の想い出をくれた。
入学したてで緊張していた僕に声をかけてくれた人がいた。
校長先生の話の後に、長かった。と言い合って笑った人もいた。
運動会で一致団結して3年の先輩に張り合って応援を大声でした。
走る競技が苦手な僕にコツを教えてくれた。
優勝はできなかったけど、皆で頑張ることが出来た。
文化祭。
クラス全員で放課後に談笑しながら出し物を作った。
くだらない話で盛り上がって、すごく楽しかった。
出し物も上手くいって、すごく嬉しかった。
衣装も手作りなのにクオリティーが高かった。
音楽祭。
皆で声を合わせて歌った。
途中で仲たがいもあったけれど、上手く言った。
テノールだった僕は、他のパートをあまり知らないけれど、少なくともテノールでは皆が楽しんで歌えた。
クラス替えの前日。
先生から話があった。
個性についての話。
個性とは一体何だったのだろうか?
大人になった今もまだわからない。
それでも、考えることが大事だと先生は言った。
だから、僕も考えることをやめない。
クラスで集まる最後の日。
僕は泣いた。
今までのことを全部想い出にしきってしまって。
新しい未来へと一歩を踏み出すために。
あなたと付き合った。
告白した時緊張で声が震えた。
下を向いたまま前を見れない私に、あなたの優しい声が届いた。
優しい声で残酷な言葉を…あなたは言った。
視界が滲んだ。
コンクリートで固められた地面が、少しだけ色を濃くした。
あなたはそれを見ているのか知らないけれど、そのまま優しい声で続けた。
それは、ひどく甘美な誘いで、やっぱり残酷だった。
あなたはこんなのにも残酷なのに、それでも私はあなたが好きだ。
だから、この甘美な誘いに乗ることにした。
あなたと過ごす日々はかけがえのない時間となった。
あなたがいる日々は何時もより眩しくて明るい世界が広がっていた。
デート終わりは淋しくて、一人で家で泣いたり、その後いずれこんなこともなくなると落ち込んだりした。
その時間は幸せがゆえに未来を考えるとひどく辛くなった。
冬なんて来なければいい。
冬が来ればこの幸せな時間は失われてしまう。
それでも、冬は来る。私がどれだけ来ないように祈っても。
だってあなたはあの時、ひどく優しい、冬のような寒さなどみじんもない声でこう言った。
「今だけ付き合ったげる。でも、冬になったら恋人ごっこはおしまいね。」