森川俊也

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何時までここに縛り付けられなければならないのだ。
好きなだけいていいよ。なんて言っていたけど、嫌になっても逃してくれないじゃないか。
「君だって、居心地がいいじゃないか」
あの人はいつもそうだ。こちらに聞くのではなく、断定形で話す。
自分で決めるのが苦手だった頃はそれに惹かれたのだっけな。
部屋には外側から鍵がかかっているせいで物理的に脱出は不可能。
あの人を説得することも不可能。
逃避行。
なんて、素晴らしい響きだと思う。
今までは何も思っていなかったけれど、実際こうやって囚われの身にもなると、夢みたいな甘美な響きですらある。
私にできるのは心だけ。
心だけ、逃避行。
あの人が話しかけてきたら機械的に返して、あの人が触れれば黙って受け入れて。
其処になんの感情も伴わせなければ、逃避行が成功したと言ってもいいのだろうか。
嗚呼、でも、多分出来ないな。
まだあの人が好きだった。
こちらのことを勝手に決めつけても、ここに縛り付けていても、それでもあの人の魅力は変わらないんだった。
どこまでも、優しくて、可哀想な、あの人。
艶のある黒髪も、普段は澄ました横顔も。私にだけは冷静でいられないところも。
全部、全部、可哀想なあの人の魅力だった。
心の逃避行はもう暫く先の話になりそうだった。

7/11/2025, 10:58:29 AM