メガネの人

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2/12/2025, 12:31:10 PM

【記憶バンク(銀行)】という仕組みができたのは、ほんの2、3年前のことです。

人類の長い歴史において現代は、たび重なる不祥事や政治不信による、制度や仕組みの改変が続く、極めて不幸せな時代です。誰の目にも、どんどん生きづらい社会になっていくことが明らかであります。そこでは「長寿」というものが、まったく羨ましいものではなくなってきております。

皆さんも感じておりますでしょう?
長生きをすればするほど、苦しい現実が付き纏ってくる。
それだけでなく、心身の衰えや、健康維持の困難さ、社会的弱者に向かっていくことの重圧もあり、誰も健康な老人を目指そうとは思わないでしょう?

そうした中で、「年老いた身体で持て余すより、若い時に元気を先取りした方が、人生を謳歌できるだろう」というコンセプトの元、老後の先取りを勧める風潮が話題です。
そのひとつが【記憶バンク】であります。

仕組みは単純であります。
脳の機能、特に記憶や感覚の部分を早いうちから活発化させることで、健康な若いうちにより幸せな生活を送れるようにしようとする、一種の医術行為です。脳のオーバークロックとでも言いましょうか。
年老いた体は、言うことをきかなくなって使い物にならない。旅行や課外活動に出かけるのも一苦労です。そんな大変な毎日を、記憶させられるくらいなら、その分のメモリーを若い時期に持って来てしまおうというわけです。

実際、この【記憶バンク】の登場を、皆さん大いに喜んでおります。
わかりやすい所では、記憶力の向上により、人々の学習能力が飛躍的に進歩しました。普段の生活における、あらゆる行動が効率的に行われ、今までの労力の数パーセントで日常生活を賄えるようになったのです。
1日1時間も働けば、十分に今までの給料に見合う仕事をこなせられる。なのでその分、ふんだんな予後の時間を手にすることが出来たわけです。
また、その空いた時間にも【記憶バンク】は貢献します。子どもの頃の豊かな発想や想像力を、通常より大きく働かせられることで、日常の些細なことにも感動を覚えることができます。それにより、今までにない芸術的な活動家や作品もでてきて、文化的な生活が大いに進歩しました。これまでに無いほど、あらゆる娯楽が潤滑に巡る社会になってきたのです。

それもこれも、老後の脳機能、こと記憶能力を先取りできているためです。
どうせ歳を取れば、記憶は曖昧になり、物忘れが激しくなる。人の名前はおろか、自分の身の回りの事も分からなくなっていく。そうした、負の未来を効率的に活用できる、とても有益なことだと思いませんか?
さぁ、あなたも、ぜひ【記憶バンク】のご利用をご検討ください。



…………なんだ、コマーシャルか。
……もう、朝なのか。
……あぁ、またどこだか分からない人の家で目が覚めている。
……自分の名前、それもどうやら思い出せない。
…………結局、老いてしまうんだ。人間は。

……あぁ、つらい。
……こんなの、つらすぎる。

…………なにがつらいって?

……こんなにも、“何も思い出せない”ことがつらすぎるんだ。
……あの、若い時に持っていた、「先取り」していた溢れんばかりの幸福を。

…………何も……思い出せない。


………………あれ、どうして、思い出せないんだっけ?

2/9/2025, 9:17:37 AM

【遠く……】
昼下がりの喫茶店で、しばらくの間、「お付き合い」という形でお互いを慰めあってきた男女が語らいだす。

「ねえ、どう思う?」
彼女の開口は、いつも唐突だ。

アイスコーヒーを、一口して。
「なにが?」
主語を求めて、返答する。

「最近の、私たちの感じのこと。どう思う?」
多くを語らず、けれども察しを求める答え方。
こういうのは、いつも単調に応じることでやり過ごす。

「んー。いつもどおり、じゃない?」
平凡、それでいい。
気取った言葉を求めてないのは、なんとなく分かる。
ばつが悪くなったわけでもないが、間をつなぐためのアイスコーヒーを、また一口。

彼女の方も、カフェラテをそっと一口啜る。
両手で優しくカップを覆って、そっと優しく啜る。
「なんかね、前よりも冷めてる感じなの」
言い終わるのが先か、カップを置くのが先か。
ただなんとなく、かちゃりと鳴ったその皿が、場の空気を大きく区切ったように思えた。

深刻そうな申告ではない、そう思っておく。
「そうなんだ」
だから返事も、なんとなく。

彼女が、どう思って、どうしたいのかは、予想するしか出来ない。
だから決めつけるのも良くない。
好転しようと、荒転しようと、どちらでもかまわない。

「前はさ、いつも楽しく会話してたと思うの。何気ない話題で、なんとなく盛り上がって、ダラダラと時間を費やしてさ。それでさよならする時に、まだ帰りたくないって気持ちが、なんか残ってて」
彼女が気持ちを入れて話をする時、たいてい伏し目がちになって、テーブルの上で指を組んで、それをくりくりと捏ねる。
「でもさ、今は前より会っても盛り上がらない感じがするの。前みたいに、大したことない話題で、ずっと会話することも無くなってる気がする。そういうと、今までは無理して話してたのかなって気持ちになってきてさ」

彼女はそこから二言、三言つづけた、ように思う。
ただ聞き流していたから、よく思い出せはしない。
「どうしてさ、人は身近になると、気持ちが離れていく感じがするのかな」
問いかけられた。万に一つも当てられない問いを。
この答え方次第で、なにが変わる訳でもないので、気負わず返す。

「遠いときには、まだ関心があるからじゃない?」
「関心?興味ってこと?」
「そうだね、興味かもしれない。人と人は、もともと離れているものなんだ。つながりのないもの同士なんだ。
それがある時、自分と重なる何かを、ほかの誰かに見つける。すると、その人を知りたくなってしまうのが、人間の性格じゃないかと、僕は思う」

ダラダラと屁理屈を垂れ流す。
彼女は少し目線を上げて、聞き耳を立てる。
「前は、相手を知りたかったから、話がつづいたんだ?」
「離れた場所にあったものも、手を伸ばそうとすればそれは、遠くにあるものだ。近づこうとしたそのとき、そこに距離感は生まれると思うね」
「なんか、変だね。人間って」
「遠くにある人を知りたいから、トーク(会話)するんだよ、僕たちは」
「ふっ、何それ」
「今は近くなったんだよ。会話しなくたって、知覚できてしまうのさ」
「だから、何それ。シャレ?」
「ただの独り言」
「つまんなー、ふふっ」

午後の喫茶店で、また僕たちはお互いの距離について、離していく。

4/29/2023, 6:56:46 PM

純粋な風はありえない。

風はいつも、何かを一緒に運んでくる。

目に見えるもの、小さくて細かいもの、目には見えないけれど感じれるもの。

言葉や思いなんてものも、運び出してくれるかもしれない。

風が吹く度に、この世のあらゆるものは循環をはじめ、留まっていたものはぞくぞくと動き出す。


そう思うと、風はだいぶと迷惑なヤツだ。

この世には、他のものと交じりたくない。ひとりでいたいものだっているはずだ。

わざわざ表に駆り出して、見たこともない場所へ運び込まれて、何かも分からないものとごちゃまぜにされるなんて、とんでもないこと。

そうやって、周りを巻き込まないと気が済まないのだろうか。


風の音は、大きい小さい関わらず、微かに「泣き声」のように思う。

風が泣いてるのは、誰かと交ざりたい寂しさ、なのか。
どうしたって、ひとりで吹くことが出来ない、不幸のせいなのか。

だから、風はよく、雨を纏う。

「泣いてる」風には相応しい。

そしてその「泣き声」が止むのは、何も変化しない、誰にも混ざらない、純粋な孤独。

無風の時だけなのだ。

4/27/2023, 2:46:24 AM

さて、問題。

“ある少年がいた。彼は戦争により、両親を早くに亡くしてしまった。
幼い日々を、孤独に生きてきた少年は願った。

『世界から争いがなくなりますように』

成長した彼は科学者の道を進み、世界を平和にするために尽力した。

その結果、世界は「平和」になった。

彼は、何をしたのだろう?”


ある人は、彼を説明するのにこう言った。

“彼は、科学の力でもって、世界にはびこるあらゆる争いを無くそうとした。

そのためには、あらゆる力を超えたものが必要だ。どんな争いをも終止させることのできる、強大な力が。

彼は、「核兵器」を生み出した。

世界は「平和」になった。”



またある人は、彼を説明するのにこう言った。

“彼は、有名な科学者となり、様々な成果を上げた。

それらは人々の生活を豊かにした。
苦労も、悩みも、煩わしさも、科学が解決してくれた。
便利な生活は、人々から、争う理由を消し去った。

彼は、「豊かさ」を生み出した。

世界は「平和」になった。”



また別の人は、こう説明した。

“彼は、小さいころの記憶を忘れることが出来なかった。
家族を失った悲しみから、救われることがなかった。

だからこそ、人一倍、平和を願う気持ちが強かった。
日々、祈り続け。日々、訴え続け。日々、願い続けた。
誰よりも、平和が叶うことを望んだ。

そんな彼を見た人々は、心を動かされ、平和の歩みは、彼を中心に広がっていった。

彼は、「希望」を生み出した。

世界は「平和」になった。”



物事の善し悪しを決めるのは、いつだって他者だ。
物事の真実を知る当事者は、善も悪も決定することは出来ない。
それを、この問いは教えてくれる。


ちなみに、彼自身はみずからをこう説明した

“わたしは、争いのなかに生きていた。
両親をうばわれ、孤独な幼少期を過ごし、不穏な毎日だった。


けれど、それは「仕方のないこと」だ。

その時代が、そうだからだ。
争いの時代に生きているならば、争いのために生きることが、最適だ。
だから、わたしは科学者を選んだ。

そうすれば、争いに貢献できるから。

いち早く、「平和」を求めるならば、争いが終わればいい。
自ら争いに踏み入って行くことこそ、最適だ。

争いの兵器を生み出し、早くこの世界に「平和」を。

優れた兵器はその使用者を助けた。
戦地で功績は称えられ、重宝された。
それも、各地で。

優れた兵器の産出国として、国は豊かになった。もう国内で争う必要もなくなった。

そうなっても、常にわたしは胸に抱いていた。

早くこの世界が、「平和」になるように、と。



……これでよかったのだろうか”





彼の、善悪を決めるのは、本人ではなく、やはり他者なのだ。

4/25/2023, 11:45:51 PM

空を見上げた。

深い黒に染まった空。

満点の輝きが、広がっていた。

白い砂が光っているように、散りばめられていた。

その中に、ひときわ目立った光があった。

大きな、大きな、流れ星だった。

青白い尾を引いて、目も眩らむような存在感で。

見れば見るほど、惹き付けられた。

誰かから聞いたことがある。

「流れ星には、願い事を唱えてみな。きっと叶うはずだよ」

そうだ、願い事だ。

流れ星には、願い事だ。

どんどん輝きを増していく流れ星。

はやく願いを唱えてと、急かすように。

もう私には、その星しか見えない。

両手を胸の前に結んで、ゆっくり目を閉じた。

祈るように、唱えた。

「流れ星さん、どうか……」

耳元で、大きな音がする。

ぐんぐん、大きくなっていく。



だんだん、熱くなっている?

やっぱり。

だから、早く言わないと。

「……ここに、落ちてこないで」

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