メガネの人

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【遠く……】
昼下がりの喫茶店で、しばらくの間、「お付き合い」という形でお互いを慰めあってきた男女が語らいだす。

「ねえ、どう思う?」
彼女の開口は、いつも唐突だ。

アイスコーヒーを、一口して。
「なにが?」
主語を求めて、返答する。

「最近の、私たちの感じのこと。どう思う?」
多くを語らず、けれども察しを求める答え方。
こういうのは、いつも単調に応じることでやり過ごす。

「んー。いつもどおり、じゃない?」
平凡、それでいい。
気取った言葉を求めてないのは、なんとなく分かる。
ばつが悪くなったわけでもないが、間をつなぐためのアイスコーヒーを、また一口。

彼女の方も、カフェラテをそっと一口啜る。
両手で優しくカップを覆って、そっと優しく啜る。
「なんかね、前よりも冷めてる感じなの」
言い終わるのが先か、カップを置くのが先か。
ただなんとなく、かちゃりと鳴ったその皿が、場の空気を大きく区切ったように思えた。

深刻そうな申告ではない、そう思っておく。
「そうなんだ」
だから返事も、なんとなく。

彼女が、どう思って、どうしたいのかは、予想するしか出来ない。
だから決めつけるのも良くない。
好転しようと、荒転しようと、どちらでもかまわない。

「前はさ、いつも楽しく会話してたと思うの。何気ない話題で、なんとなく盛り上がって、ダラダラと時間を費やしてさ。それでさよならする時に、まだ帰りたくないって気持ちが、なんか残ってて」
彼女が気持ちを入れて話をする時、たいてい伏し目がちになって、テーブルの上で指を組んで、それをくりくりと捏ねる。
「でもさ、今は前より会っても盛り上がらない感じがするの。前みたいに、大したことない話題で、ずっと会話することも無くなってる気がする。そういうと、今までは無理して話してたのかなって気持ちになってきてさ」

彼女はそこから二言、三言つづけた、ように思う。
ただ聞き流していたから、よく思い出せはしない。
「どうしてさ、人は身近になると、気持ちが離れていく感じがするのかな」
問いかけられた。万に一つも当てられない問いを。
この答え方次第で、なにが変わる訳でもないので、気負わず返す。

「遠いときには、まだ関心があるからじゃない?」
「関心?興味ってこと?」
「そうだね、興味かもしれない。人と人は、もともと離れているものなんだ。つながりのないもの同士なんだ。
それがある時、自分と重なる何かを、ほかの誰かに見つける。すると、その人を知りたくなってしまうのが、人間の性格じゃないかと、僕は思う」

ダラダラと屁理屈を垂れ流す。
彼女は少し目線を上げて、聞き耳を立てる。
「前は、相手を知りたかったから、話がつづいたんだ?」
「離れた場所にあったものも、手を伸ばそうとすればそれは、遠くにあるものだ。近づこうとしたそのとき、そこに距離感は生まれると思うね」
「なんか、変だね。人間って」
「遠くにある人を知りたいから、トーク(会話)するんだよ、僕たちは」
「ふっ、何それ」
「今は近くなったんだよ。会話しなくたって、知覚できてしまうのさ」
「だから、何それ。シャレ?」
「ただの独り言」
「つまんなー、ふふっ」

午後の喫茶店で、また僕たちはお互いの距離について、離していく。

2/9/2025, 9:17:37 AM