メガネの人

Open App
4/29/2023, 6:56:46 PM

純粋な風はありえない。

風はいつも、何かを一緒に運んでくる。

目に見えるもの、小さくて細かいもの、目には見えないけれど感じれるもの。

言葉や思いなんてものも、運び出してくれるかもしれない。

風が吹く度に、この世のあらゆるものは循環をはじめ、留まっていたものはぞくぞくと動き出す。


そう思うと、風はだいぶと迷惑なヤツだ。

この世には、他のものと交じりたくない。ひとりでいたいものだっているはずだ。

わざわざ表に駆り出して、見たこともない場所へ運び込まれて、何かも分からないものとごちゃまぜにされるなんて、とんでもないこと。

そうやって、周りを巻き込まないと気が済まないのだろうか。


風の音は、大きい小さい関わらず、微かに「泣き声」のように思う。

風が泣いてるのは、誰かと交ざりたい寂しさ、なのか。
どうしたって、ひとりで吹くことが出来ない、不幸のせいなのか。

だから、風はよく、雨を纏う。

「泣いてる」風には相応しい。

そしてその「泣き声」が止むのは、何も変化しない、誰にも混ざらない、純粋な孤独。

無風の時だけなのだ。

4/27/2023, 2:46:24 AM

さて、問題。

“ある少年がいた。彼は戦争により、両親を早くに亡くしてしまった。
幼い日々を、孤独に生きてきた少年は願った。

『世界から争いがなくなりますように』

成長した彼は科学者の道を進み、世界を平和にするために尽力した。

その結果、世界は「平和」になった。

彼は、何をしたのだろう?”


ある人は、彼を説明するのにこう言った。

“彼は、科学の力でもって、世界にはびこるあらゆる争いを無くそうとした。

そのためには、あらゆる力を超えたものが必要だ。どんな争いをも終止させることのできる、強大な力が。

彼は、「核兵器」を生み出した。

世界は「平和」になった。”



またある人は、彼を説明するのにこう言った。

“彼は、有名な科学者となり、様々な成果を上げた。

それらは人々の生活を豊かにした。
苦労も、悩みも、煩わしさも、科学が解決してくれた。
便利な生活は、人々から、争う理由を消し去った。

彼は、「豊かさ」を生み出した。

世界は「平和」になった。”



また別の人は、こう説明した。

“彼は、小さいころの記憶を忘れることが出来なかった。
家族を失った悲しみから、救われることがなかった。

だからこそ、人一倍、平和を願う気持ちが強かった。
日々、祈り続け。日々、訴え続け。日々、願い続けた。
誰よりも、平和が叶うことを望んだ。

そんな彼を見た人々は、心を動かされ、平和の歩みは、彼を中心に広がっていった。

彼は、「希望」を生み出した。

世界は「平和」になった。”



物事の善し悪しを決めるのは、いつだって他者だ。
物事の真実を知る当事者は、善も悪も決定することは出来ない。
それを、この問いは教えてくれる。


ちなみに、彼自身はみずからをこう説明した

“わたしは、争いのなかに生きていた。
両親をうばわれ、孤独な幼少期を過ごし、不穏な毎日だった。


けれど、それは「仕方のないこと」だ。

その時代が、そうだからだ。
争いの時代に生きているならば、争いのために生きることが、最適だ。
だから、わたしは科学者を選んだ。

そうすれば、争いに貢献できるから。

いち早く、「平和」を求めるならば、争いが終わればいい。
自ら争いに踏み入って行くことこそ、最適だ。

争いの兵器を生み出し、早くこの世界に「平和」を。

優れた兵器はその使用者を助けた。
戦地で功績は称えられ、重宝された。
それも、各地で。

優れた兵器の産出国として、国は豊かになった。もう国内で争う必要もなくなった。

そうなっても、常にわたしは胸に抱いていた。

早くこの世界が、「平和」になるように、と。



……これでよかったのだろうか”





彼の、善悪を決めるのは、本人ではなく、やはり他者なのだ。

4/25/2023, 11:45:51 PM

空を見上げた。

深い黒に染まった空。

満点の輝きが、広がっていた。

白い砂が光っているように、散りばめられていた。

その中に、ひときわ目立った光があった。

大きな、大きな、流れ星だった。

青白い尾を引いて、目も眩らむような存在感で。

見れば見るほど、惹き付けられた。

誰かから聞いたことがある。

「流れ星には、願い事を唱えてみな。きっと叶うはずだよ」

そうだ、願い事だ。

流れ星には、願い事だ。

どんどん輝きを増していく流れ星。

はやく願いを唱えてと、急かすように。

もう私には、その星しか見えない。

両手を胸の前に結んで、ゆっくり目を閉じた。

祈るように、唱えた。

「流れ星さん、どうか……」

耳元で、大きな音がする。

ぐんぐん、大きくなっていく。



だんだん、熱くなっている?

やっぱり。

だから、早く言わないと。

「……ここに、落ちてこないで」

1/28/2023, 11:56:37 PM

便利なものなど、ありはしない。
すべて、そう勘違いさせられているだけだ。


街へ行けば、欲しいものは全て手に入る。
他の奴らはそういうが、オレは違う。

街は、苦難の連続だ。


今日のオレは、食糧を目当てに街へ繰り出した。
特に臆病な性格なもんで、住処を出るのも一苦労だ。

まず、明るい。
暗く光を閉ざした、個室のような、洞穴のような。
そんな部屋が俺にはお似合いだ。
というより、
日の光が嫌いなんだ。

世間では、何処でもかしこでも、晴れの日には部屋を飛び出し、レジャーやスポットへ繰り出さずには居られない連中がいる。
太陽の下に出ずにはいられないのだ。
そういうのを、陽キャっていうらしい。
が、
植物人間って、オレは呼んでる。


次にオレを襲ったのは、気温だ。
暑い。
いや、世間では20度前後の気温など、普通なのだろうが、オレは違う。
冷房の効く、涼やかで、落ち着いた、平穏な部屋が快適だ。
そこらに滴る汗をふりまく、小太りな奴らを見てみろ。誰が外に出たがるか。

そうはいっても食糧だ。
食わずにはやって行けない。
重い足と腰を起こして、自分を鼓舞し続ける。



……やっと着いた。
長旅だった。なん時間かかったろう。
途中、目にも止まらぬ早さでオレを轢き殺そうとする鉄の塊。
クラクションを鳴らしてさえくれなかった。
あいつの顔を拝めなかったのは、惜しい。
次見かけたら、タダじゃおかない。

さて、どうするか。

もう目的地には着いた。
だが、その街は、固く、オレへの門扉を閉ざしたままだった。
飛び跳ねても、手を振っても、オレを中には入れさせまいとしている。

……くそ、ここまでか。

やはり、便利なものなんて、世の中には無い。
苦労に見合った、見返りなんてないんだ。
あぁ、腹が減って、もう。ダメだ。






「おかぁさん、これ何?」
「え?あらやだ、アリさんじゃない。持ってこないでよ、やだ~」
「えー、落ちてたんだよぉ」
「置いておきなさい、もう」

―――ピロピロピロリン

「いらっしゃいませー」


……なにが、コンビニエンスだ……

1/28/2023, 7:13:51 AM

「世間話でもしましょう。趣味は?」

「……えっと、そうですね。読書、でしょうか」

「読書ですか、好きな作家などいらっしゃる?」

「作家、よりは作品で選んでる感じですね。『高瀬舟』は好きですが、鴎外はそれくらいで……」

「そうですか、わたしも鴎外は学生時に読みましたね。『半日』が印象的でしたけれど」

「自分なんかより、先生の方がお詳しいですよ、きっと。……すみません、コーヒーをもう一杯いいですか?」

「構いませんよ。少々お待ちを」


チクタクチクタク…
壁掛け時計は、昼の3時を指している。


「お待たせ。砂糖はなしでしたっけ?」

「あ、はい……。甘ったるいものは苦手なので」

「なるほど。さて、もう少しお話しましょう。ご家族の話なんて、どうです?」

「……家族、ですか」

「子供のときの話でもいいですよ?なにか聞かせてください」

「そうですね。家族、といってまず浮かぶのは、やはり妻と娘ですね。
小さい時の父母も家族といえるんでしょうが、やっぱり、自分でつくりあげた感があって、そっちの方が思い入れますね」

「御結婚なさってたんですね、あ、いやそういう意味でなく。娘さんはおいくつ?」

「5歳になります。8月15日生まれです」

「まだ小さいんですね。奥様はどんな方で?」

「妻は、大学時代に出会いました。きっかけは病院で」

「病院?」

「あぁ……、実は僕、持病の関係で、病院通いが長いんですよ。地元の総合病院ですけれど」

「……そうでしたか。ということは、奥様は看護師か何か?」

「そう、ですね。正確には、薬剤師みたいな仕事だったかな。病院で何回もあって、それで交際が発展して、という感じです」

「ふむふむ、なるほど。先程、持病があると仰っていたけれど、どんな症状なんです?」

「えっと、発作みたいなものですね」

「発作……もう少し詳しく」

「突然、自分ではどうしようもないくらいの行動……。震えとか、暴れたりとか。特に人と話している時にはよく起きていました。それで、よくトラブルになってしまったことも」

「それは、なかなかに苦労なされたんですな。結婚してからもその発作は続いてたんですか?」

「えぇ、まぁ、妻が薬を調達してくれていたので、前よりはマシなんですけれど。
けれど何より、妻の優しさに救われてたのが、僕の、いや僕たちの家族が幸せになれた理由だと思いますよ」

「?というと?」

「結婚前の話なんですけれど、妻はよく言ってくれました。

『あなたは、病気で苦しんでいる。だから、まずはそれを取り除いて行きましょう。苦労や苦痛はあると思うけれど、私たちが一緒に受け入れてあげる』って。

その言葉に救われたんです、僕は。そんな優しいこと、言ってくれる人はいなかった。発作のせいでトラブルになってしまう僕を、乱暴者と除け者にするだけの皆とは違った。妻は、ほんとうに優しい人だだった」

「……なるほど。奥様には感謝なされている?」

「もちろんですよ、だから、今日帰ったら、この話をしてあげるつもりですよ。“今日は病院の先生と、君の話をしたよ。大好きな君がどんなに優しい人だったか”って」

「……わかりました。お話ししてくれてありがとう。奥の部屋で待っていてください」

「わかりました。先生もありがとうございます」



―――ガチャ



「―――あぁ、石谷検事ですか?鑑定医の川島です。今、彼の精神鑑定が終わりましたよ。

……えぇ、かなり心神喪失に近いと思います。
彼は、自分の行動が発作となって、制御不能になると自覚している。それを相手が受け入れたことを、愛情と歪曲したようだ。

彼はきっと、自分が妻と娘を殺したと思っていない。優しく受け入れてくれた、と思っているだろう」

Next