《魔法》
わたしは魔法使いだ。
いや、少し言いすぎた。別になんでもかんでも叶えられるというような、万能のものでは無い。
魔法が使える、と訂正しよう。
なにより、わたしが使える魔法というのは、「お金をうみだす」というものだけなのだ。
そう、ふだん我々が買物にもちいる、あのお金だ。
たとえいま、わたしの財布がすっからかんであっても、魔法の力によって、すぐにでも札束が生成されるのだ。
……しかし、現実問題、われわれ魔法を使う人間というのは、不自由だ。
魔法があれば、なんでもできる、なんでも叶えられる、なんにも困ることなんてない、などという者が大半だろう。
とんでもない間違いだ。
たとえば、わたしの知人には「空を飛ぶ」魔法を使える女性がいる。
ホウキなどなくても、自由自在に空を飛び交うことができるのだ。
だが、彼女は日常生活で、空を飛ぶことをほとんどしない。
空を飛ぶのは、車や電車の移動とは異なる。周りに遮る壁がない状態での高速移動なのだ。彼女いわく、「化粧もヘアセットも洋服も、すぐにダメになる」極めて不愉快な移動なのだそうだ。
それになにより、目立つ。ただただ移動する為だけに、大勢の人間、はてはマスメディアに目をつけられるのはたまったもんではない。
なので、彼女はせいぜい、天井の電球を帰る時にしか空を飛ばないだろう。
魔法を使う能力があっても、それが自由に使えるとは限らないわけだ。
かくいう、このわたしも、自由にお金を生み出せる訳だが、なりふり構わずにそんなことはしない。
以前に、大金を一瞬で生み出して一軒家を購入した。その後の数年はたいへんだった。税金の取り立てが頻繁にきたのだ。
たった一年で、一括購入できるほどの収入が発生した。
という異常事態を、なんとか取り繕うと苦労した。
だから、わたしが魔法を使うのは、せいぜいこうしたカフェの支払いの時などだ。
「――お会計、1480円になります」
わたしは財布から1000円札と500円玉を取り出して、ふとつけくわえる。
「お、そうだ。ちょうど80円あったんだ」
魔法で生み出した80円を、店員さんに渡した。
この程度である。魔法を使うのは。
《君と見た虹》
これで、何度目だろうね。
君とこうして、街を後にするのは。
いままで、いくつもの街に出向いて、困っている人たちを助けようとしてきたね。
そして、その尽くが失敗に終わってしたった。
今回も、同じく。
はじめて行った赤い街は、争いが絶えない紛争地域だったね。
そこで、ぼくたちはその紛争を終わらせようと頑張ったね。
もうこれ以上、人々が血を流さないで済むように、すべての争いに決着を着けたね。
その結果、戦う兵士が誰一人いない、どころか街の人が誰一人もいなくなってしまったね。
次に訪れた街は、夕日のキレイなところだったね。
オレンジ色の夕焼けが、ずーっとずっと続いている、永遠に朝も夜も訪れない不思議な街だったね。
そこで、ぼくたちは人々に時間を与えてあげようとしたんだよね。
止まった街の時間を動かした結果、人々からは安らぎがなくなってしまったね。それこそ、夕日なんて見る暇もないくらいに。
すべてが黄金で飾られた、とてもお金持ちな街に行ったね。
堀で囲まれた街はどこをみてもピカピカで、だれもかれもがその内を飾ることに美を感じていたね。
そこで、ぼくたちはそのお金をつかって、生活を豊かにする工夫を提供したね。
結果、あの街はインフラの整備が整った途端、他の街からやってきた強盗に襲われて、跡形もなくなってしまったね。
緑豊かな街があったね。
山深いところにあって、草や花や動物たちが憩う癒しの空間が広がっていたね。
そこで、ぼくたちはそこの生き物たちが絶滅したりしないように、これからも大事に保護できるようにしたね。
すべての生き物を標本として保存した結果、生きている物はなにも無くなったね。
水の街といわれるところがあったね。
あらゆる所から水が湧きいでて、水運事業や温泉など、人々の楽しそうな暮らしがみてとれたね。
だから、ぼくたちは清潔な水がこれからも湧き続けるような手助けをしたね。
結果、微生物が滅菌されてたせいで死骸が分解されなくなって、街がゴミの海に沈んだね。
このあいだの街では、人々がみんなブルーな気持ちになっていたね。
毎日毎日、繰り返し繰り返しの退屈な日常に飽き飽きしていたね。
そこで、ぼくたちは彼らに生きていくのが前向きになるような娯楽を考えたね。
結果、誰もが夢中になって、誰も他の人のために労働しようとしなくなったね。
そして、今いるこの街は、ずーっと夜が明けないね。
いつまでたっても朝日を拝めない、ずーっとずっと暗い街。
だから、ぼくたちは少しばかりの灯を与えてあげたんだよね。
結果、街の人達みんなの目が灼けて、みんな明るさを感じられなくなったね。
やっぱり、それぞれの形にあったものは、一々手を加えないほうがいいのかもね。
《輝き》
「…先生、わたし思うんです。ほんとうの心霊現象とか、怪奇現象とかは、暗いところじゃなくて、明るいところにあるんじゃないかって」
「はぁ、そうですか」
診察室で、一人の女性が医師に、思い悩んだ表情で相談をしていた。
「テレビとかでも、心霊スポットの特集で、薄暗~い山奥とか、廃墟の病院とか、人の気配がまったくないトンネルとか、そういう場所が挙げられますよね。
たしかに、そういう場所は、なんだか不気味でいや~な雰囲気がただよっています。
けど、だからってなんでわざわざ「夜」に行くんでしょうか?決まって真夜中とか、人気のない時間帯を選んで行きますよね?」
熱の入る女性に対して、医師は関心がなさそうだ。
「そうですね…」
「あんなに暗い所で、しかも大勢で撮影なんかしてたら、隅に映ったスタッフとか、木の影とか、些細なものも怖く見えちゃうに決まってますよ。その場所の雰囲気がそう見えさせてるだけだと、わたし思うんですよ」
「……あの、力説してるところ悪いんですが、ここ、眼科ですよ?そのサングラスも、ずっと気になりますし……」
申し訳なさそうに医師は指摘してみた。
すると、女性はなんてことない反応で。
「もちろん分かってますよ。わたし、目が悪くて困ってるから来たんです。サングラスをかけているのはそのせいです」
やっと本題に入れるようで、医師はやれやれと思った。
「そうなんですね……では、具体的にどのような症状があるか、教えてください。サングラスということは、光が眩しく見えてしまうといったところですかね?」
「あ、そうなんです。つい最近になってなんですけれど、周りが眩しくなってきたんです。だから普段はずっとサングラスで生活してます。光覚過敏っていうんですかね、これ。
だけど、わたしの場合ちょっと違くて。
なんか、眩しすぎるんです」
女性の解説に、医師は聞き耳を立てた。
「ん?眩しすぎる、というのは?」
難しい顔で、女性は答えた。
「なんていうんでしょう、多分、普通の人は、朝起きた時に浴びる太陽の光を、眩しいとは思いつつも心地よく感じられると思うんです。それが、光感過敏の人だと、朝どころか昼、もしくは夕方の光でさえも眩しくかんじてしまうレベルだと思うんですよ。
でも、わたしはもっと眩しいんです。サングラスがないと、もうすべてが輝いて見えるくらいに眩しくて。しかも、夜中でもです。辺りがまっくらになっていても、サングラスがないと前が見えないんです」
随分と珍しい症状に、医師は困惑する。
「んー、それはたしかに気になりますね。ちなみに、今はサングラスをかけてますが、室内の明るさはどうですか?」
「あ、それは大丈夫です。たしかに裸眼だと眩しくてしょうがないんですけれど、サングラスがあると大丈夫です。こう、寝る時に豆電球だけ点けているくらいの明るさで。だから、先生の顔もうっすら暗いですけれど見えてます」
「なるほど……」
聞けば聞くほど、異常な症例だった。
すると、女性はこんなことを話した。
「で、なんでこんなに眩しくなったのか、わたし考えてみたんですよ。いつからこんなに眩しく感じるようになったのか。
たぶんなんですけど、怖い番組を観たせいなんです」
「……は?」
おもわず聞き返してしまった。
「いや、おかしいと思いますよね。実はわたし、とーっても怖がりなんですよ。ほんと、怖い話とかダメで。
だけど、つい1か月前に友達が家に来て、たまたまやってた心霊特集の番組を観ちゃったんです。
もう本当に怖くて、ずっとやだやだやだって言っちゃって。もう周りのものも変に怖く感じちゃって、その日はなかなか寝付けなかったんですよ。
たしかその翌日からですね、だんだん眩しく感じてきたのは……」
「……へ、へぇ。そうなんですか」
いささか変な話だと思った。
「でね、眩しくなったのは、怖いものを見たくないから、体がそう反応しちゃったんじゃないかって思うんですよ。暗いところがなくなれば、すなわち怖いところも無くなるんじゃないかって、体が思ったんだと。
案の定、暗いと感じることは無くなったんですけどね。でもやっぱりまだ怖いんですよね」
「……どうして?」
「さっき、心霊現象の話したじゃないですか。
薄暗い山奥でも、廃病院でも、真夜中に行ってるとはいえ、そこでは必ず“光”を持ち込みますよね。
そういう場所で出会う怖いものって、撮影なり録画なり、人が見ようとするところ、“明るいところ”で見つかってるんですよね。真っ暗なところでは、何も映らないですから」
「……そうですね」
「だから、普通は、暗いところに行くと怖いものに出会う。そう人は思っちゃうんですよ。
違うんです、逆です。
“明るい場所”があるから、怖いものが出てくるです」
そういう女性は、どこか達観した様子で、
「だから今、先生のまわりにもいっぱいいると思うんですよ。
怖いから、サングラス、外せませんけど」
《時間よ止まれ》
一生にたった一度だけ、魔法が使えるとしたら。
たとえば、見たこともないような大金を手にすることができる。
たとえば、誰もが夢見る幸せな世界へたどり着くことが出来る。
たとえば、永遠に失ったはずの大切な何かをふたたび手にすることが出来る。
わたしが望んだのは、時間を止める魔法だった。
人生でたった一度だけ、自分の好きな時にその時間を止めることができるというもの。
なぜこの魔法を望んだのかといえば、時間というものがあらゆることに干渉する、とても大きな存在だから。それを操ることは、世界を操ることと言い換えてもいいから。
あと、何となくカッコイイから。
だからいま、猛烈に後悔している。
いま、わたしの目の前には、大型トラックが停まっている。
いや、停止している。
それは、エンジンを切っているという意味ではなく、わたしの魔法が発動したことによって停止している。
人生でたった一度だけの発動機会を、わたしは使ってしまったわけだ。
でもそれは仕方の無いことなのだ。
トラックの目の前、その運行先。
ほんのすぐ鼻先にいるのは、小さな女の子だ。しかもトラックに気づいていない。
そう、今私の目の前では、小さな命が失われようとしている。
それを、冷たく見過ごすことはできなかった。
考えるよりも先に、わたしは時を停める魔法をつかっていた。
そして、激しく後悔している。
それは、一生に一度しか使えない、せっかくの機会を失ったからではない。
別に、その女の子を救うことが出来ないためでもない。
女の子を抱えて、別の場所へ動かそうと、わたしは時間停止と共にすぐ駆け寄った。
しかし、わたしはみてしまった。
その女の子に向かって、同じく駆け出そうとしている人物が、むこうの方にいる(ただしその人物も停止している)。
その人物は、一年前にわたしの目の前から消えていた。
一向に探しても、どこに行ったのか分からなかったが。
そして、傍には見知らぬ相手もいた。わたしの知らない、どこかの誰か。
合点はすぐついた。
わたしは、女の子に駆け寄るのをやめた。
そして、大きく後悔してしまった。
この小さな命を救おうとした、最初のわたしがいなくなっていること。
こんな命なら無くなってしまえ、と思ってしまうわたしがいること。
こんなことなら、違う魔法にすればよかったと、激しく後悔した。
どうせなら、もっと違うもの。
そう、たとえば。
《…続いてのニュースです。
昨日の午後12:30頃、○○公園傍の横断歩道で、トラックの衝突事故が発生しました。
現場の調査によりますと、事故にあったのは、付近のマンションに住んでいたとされる片山健吾(かたやま けんご)さん・38歳。
運転席に乗っていたため、軽傷の模様です。
また、事故付近で様子をみていた丸岡さん夫婦によりますと、「うちの娘が横断歩道の真ん中にいたんです。そのときにトラックが来て…。慌てて駆けつけたんですが、間に合わなくて……」
丸岡さん夫婦の長女・丸岡ゆみちゃんは、「おっきいワンちゃんだった」と述べております。
なお、この事故で死亡した、中型犬はこの付近でよく見かけられていたものの、何処かのペットなのか分からず…………》
《君の声がする》
「……失礼するよ」
軽くノックをし、隣室の研究室へ入った。
「ん、高村か。なんだい無精な顔だね?またなにか、良いアイデアでも思いついたのかい」
「……まあ、そんなところだ」
私の所属する研究所では、主に半導体機器へのプログラミング開発を中心に、データ通信・AI技術の応用・新しい計算処理アルゴリズムの開拓など、その分野に関わる製品に対して、間口の広い研究を行っている。
「……今回は、相談というよりも、お願いと言った方がいいかもしれない。開発者である君へのお願いだ」
「おぉ、なんだい随分と神妙じゃないか。ワケありな空気は興味がそそるねー」
悩める私の聞き手である五十嵐は、音響デバイスの研究者であり、かつ人工音声技術の開発者である。
「あーでも、内容によるかな。前みたいな共同研究の提案なら、今期はきびしそうだよ。君の生体技術の研究は、複雑だからねー」
かくいう私は、人体と機械技術の間をつなぐ、新たなデバイスの研究者である。
「……あ、いやそういうんじゃない。安心してくれ。お願いしたいのは、もっと個人的なお願いだよ。私個人の抱えている、悩みについてだ」
五十嵐はややホッとした様子で、取り直す。
「あ、そうなの。まぁ、よかった。んで?君のお願いしたい悩みって、なんなのさ?」
そして、私は重々しい口調で伝えた。
「……私の“妻”の声を、改変してほしい」
私が五十嵐に頼んだのは、彼の開発した技術、人工音声技術が関わる。
人の声が聞こえるには、通常、まず喉奥部にある声帯の運動によって発生する空気の震え、音波が必要だ。
それが我々の耳の器官、蝸牛と内耳骨へと届くことで、脳は空気の振動を、音という認知へと変換する。
これは言い換えれば、我々の聞こえている全ての音は、ただの空気の震えの度合いでしかない、ということだ。
五十嵐はその震えを、人工的に調節する技術を開発した。
耳の中に取り付けるタイプの小さなデバイスで、ある特定の音に対して、それを故意に再編させるというもの。
これを用いれば、どんな声も、自在に望んだ音へと変化させることができる。
たとえば、好きなアイドルや歌手の声を設定すれば、様々な相手からその声を聞くことができるようになる。
逆に、嫌いな相手の声だけを狙って、消音もしくは静音に設定することもできる。これはクレーム処理などの現場へ応用が期待された。
そして、私が彼に依頼したのは、そのデバイスを私にも用いて欲しいということ。
そして、“妻”の声に、ある設定をして欲しいということ。
「……どうだろうか、可能か?」
訝しげな五十嵐に、おずおず尋ねてみた。
「んー、まぁ、可能ではある。ただ、その目的がわかんないなー。なんだってそんなことするだい?君の奥さんは、とても良い人だって聞いてるけど」
「……目的、か。それは私が、今後も妻と一緒にいるために必要なことだから、といっておく」
やや強引に、私は言い切った。
「そ、そっか。高村にとっては、大切なことなんだね。よくわかんないけど、やってあげよう。すぐ済むし」
そうして、私はデバイスをセットしてもらった。
“妻”の声の設定を終えたデバイスを。
その日、やや遅い時間に、私は帰宅した。
“妻”の待つ、団地のアパートである。
ガチャッ
「……ただいま」
扉を開けると、“妻”の声がした。
「あ、おかえりなさい!遅かったわね、もー、心配したんだからねー」
「すまない、ちょっと立て込んでね……」
「だーめ!ゴメンで済んだらケーサツはいりません!一緒にごはん食べてくれなきゃ、機嫌直しません!」
ぷりぷりした“妻”に、恐縮しながら、
「わ、わかったわかった。一緒に食べるよ……。お腹空いてるし、待っててくれてたんだし……」
「ほんと!わーい、今日は頑張ってイタリアンにしてみたの。早く食べて欲しくて、ずーっと待ってたんだからね、もう!」
「そ、そうだったのか……」
私は“妻”と一緒に、席に着いた。
食事をしながら、私は思った。
五十嵐に頼んで良かった、と。
“妻”の声が、変化している。
私の耳には、彼女の声が、私の望んだ通りになって聞こえる。
本当に良かった。
「どう?美味しい、あなた?」
「……うん、とっても美味しいよ。ほんと、お店みたいだ」
「えーほんと?!嬉しい!初めてだったけど、挑戦してみてよかった。また作ってあげるね」
そう言いながら、彼女はコップに注いであったオイルを飲んだ。
普段の機械仕掛けな声ではなく、“人間”の声で会話してくれる。
これは、“妻”や五十嵐たちアンドロイドには、まだまだ理解しづらい、人の性(さが)なんだろう。