メガネの人

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《輝き》
「…先生、わたし思うんです。ほんとうの心霊現象とか、怪奇現象とかは、暗いところじゃなくて、明るいところにあるんじゃないかって」

「はぁ、そうですか」

診察室で、一人の女性が医師に、思い悩んだ表情で相談をしていた。

「テレビとかでも、心霊スポットの特集で、薄暗~い山奥とか、廃墟の病院とか、人の気配がまったくないトンネルとか、そういう場所が挙げられますよね。
たしかに、そういう場所は、なんだか不気味でいや~な雰囲気がただよっています。
けど、だからってなんでわざわざ「夜」に行くんでしょうか?決まって真夜中とか、人気のない時間帯を選んで行きますよね?」

熱の入る女性に対して、医師は関心がなさそうだ。

「そうですね…」

「あんなに暗い所で、しかも大勢で撮影なんかしてたら、隅に映ったスタッフとか、木の影とか、些細なものも怖く見えちゃうに決まってますよ。その場所の雰囲気がそう見えさせてるだけだと、わたし思うんですよ」

「……あの、力説してるところ悪いんですが、ここ、眼科ですよ?そのサングラスも、ずっと気になりますし……」

申し訳なさそうに医師は指摘してみた。

すると、女性はなんてことない反応で。

「もちろん分かってますよ。わたし、目が悪くて困ってるから来たんです。サングラスをかけているのはそのせいです」

やっと本題に入れるようで、医師はやれやれと思った。

「そうなんですね……では、具体的にどのような症状があるか、教えてください。サングラスということは、光が眩しく見えてしまうといったところですかね?」


「あ、そうなんです。つい最近になってなんですけれど、周りが眩しくなってきたんです。だから普段はずっとサングラスで生活してます。光覚過敏っていうんですかね、これ。
だけど、わたしの場合ちょっと違くて。
なんか、眩しすぎるんです」

女性の解説に、医師は聞き耳を立てた。

「ん?眩しすぎる、というのは?」

難しい顔で、女性は答えた。

「なんていうんでしょう、多分、普通の人は、朝起きた時に浴びる太陽の光を、眩しいとは思いつつも心地よく感じられると思うんです。それが、光感過敏の人だと、朝どころか昼、もしくは夕方の光でさえも眩しくかんじてしまうレベルだと思うんですよ。

でも、わたしはもっと眩しいんです。サングラスがないと、もうすべてが輝いて見えるくらいに眩しくて。しかも、夜中でもです。辺りがまっくらになっていても、サングラスがないと前が見えないんです」

随分と珍しい症状に、医師は困惑する。

「んー、それはたしかに気になりますね。ちなみに、今はサングラスをかけてますが、室内の明るさはどうですか?」

「あ、それは大丈夫です。たしかに裸眼だと眩しくてしょうがないんですけれど、サングラスがあると大丈夫です。こう、寝る時に豆電球だけ点けているくらいの明るさで。だから、先生の顔もうっすら暗いですけれど見えてます」

「なるほど……」

聞けば聞くほど、異常な症例だった。

すると、女性はこんなことを話した。

「で、なんでこんなに眩しくなったのか、わたし考えてみたんですよ。いつからこんなに眩しく感じるようになったのか。
たぶんなんですけど、怖い番組を観たせいなんです」

「……は?」

おもわず聞き返してしまった。

「いや、おかしいと思いますよね。実はわたし、とーっても怖がりなんですよ。ほんと、怖い話とかダメで。
だけど、つい1か月前に友達が家に来て、たまたまやってた心霊特集の番組を観ちゃったんです。
もう本当に怖くて、ずっとやだやだやだって言っちゃって。もう周りのものも変に怖く感じちゃって、その日はなかなか寝付けなかったんですよ。
たしかその翌日からですね、だんだん眩しく感じてきたのは……」

「……へ、へぇ。そうなんですか」

いささか変な話だと思った。

「でね、眩しくなったのは、怖いものを見たくないから、体がそう反応しちゃったんじゃないかって思うんですよ。暗いところがなくなれば、すなわち怖いところも無くなるんじゃないかって、体が思ったんだと。
案の定、暗いと感じることは無くなったんですけどね。でもやっぱりまだ怖いんですよね」

「……どうして?」

「さっき、心霊現象の話したじゃないですか。
薄暗い山奥でも、廃病院でも、真夜中に行ってるとはいえ、そこでは必ず“光”を持ち込みますよね。
そういう場所で出会う怖いものって、撮影なり録画なり、人が見ようとするところ、“明るいところ”で見つかってるんですよね。真っ暗なところでは、何も映らないですから」

「……そうですね」

「だから、普通は、暗いところに行くと怖いものに出会う。そう人は思っちゃうんですよ。
違うんです、逆です。
“明るい場所”があるから、怖いものが出てくるです」

そういう女性は、どこか達観した様子で、

「だから今、先生のまわりにもいっぱいいると思うんですよ。
怖いから、サングラス、外せませんけど」

2/17/2025, 11:28:29 AM