メガネの人

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《時間よ止まれ》
一生にたった一度だけ、魔法が使えるとしたら。
たとえば、見たこともないような大金を手にすることができる。
たとえば、誰もが夢見る幸せな世界へたどり着くことが出来る。
たとえば、永遠に失ったはずの大切な何かをふたたび手にすることが出来る。

わたしが望んだのは、時間を止める魔法だった。
人生でたった一度だけ、自分の好きな時にその時間を止めることができるというもの。
なぜこの魔法を望んだのかといえば、時間というものがあらゆることに干渉する、とても大きな存在だから。それを操ることは、世界を操ることと言い換えてもいいから。
あと、何となくカッコイイから。

だからいま、猛烈に後悔している。

いま、わたしの目の前には、大型トラックが停まっている。
いや、停止している。
それは、エンジンを切っているという意味ではなく、わたしの魔法が発動したことによって停止している。
人生でたった一度だけの発動機会を、わたしは使ってしまったわけだ。

でもそれは仕方の無いことなのだ。
トラックの目の前、その運行先。
ほんのすぐ鼻先にいるのは、小さな女の子だ。しかもトラックに気づいていない。
そう、今私の目の前では、小さな命が失われようとしている。
それを、冷たく見過ごすことはできなかった。
考えるよりも先に、わたしは時を停める魔法をつかっていた。

そして、激しく後悔している。
それは、一生に一度しか使えない、せっかくの機会を失ったからではない。
別に、その女の子を救うことが出来ないためでもない。

女の子を抱えて、別の場所へ動かそうと、わたしは時間停止と共にすぐ駆け寄った。
しかし、わたしはみてしまった。
その女の子に向かって、同じく駆け出そうとしている人物が、むこうの方にいる(ただしその人物も停止している)。
その人物は、一年前にわたしの目の前から消えていた。
一向に探しても、どこに行ったのか分からなかったが。
そして、傍には見知らぬ相手もいた。わたしの知らない、どこかの誰か。
合点はすぐついた。

わたしは、女の子に駆け寄るのをやめた。
そして、大きく後悔してしまった。
この小さな命を救おうとした、最初のわたしがいなくなっていること。
こんな命なら無くなってしまえ、と思ってしまうわたしがいること。

こんなことなら、違う魔法にすればよかったと、激しく後悔した。
どうせなら、もっと違うもの。
そう、たとえば。



《…続いてのニュースです。

昨日の午後12:30頃、○○公園傍の横断歩道で、トラックの衝突事故が発生しました。

現場の調査によりますと、事故にあったのは、付近のマンションに住んでいたとされる片山健吾(かたやま けんご)さん・38歳。
運転席に乗っていたため、軽傷の模様です。

また、事故付近で様子をみていた丸岡さん夫婦によりますと、「うちの娘が横断歩道の真ん中にいたんです。そのときにトラックが来て…。慌てて駆けつけたんですが、間に合わなくて……」

丸岡さん夫婦の長女・丸岡ゆみちゃんは、「おっきいワンちゃんだった」と述べております。

なお、この事故で死亡した、中型犬はこの付近でよく見かけられていたものの、何処かのペットなのか分からず…………》

2/17/2025, 5:04:34 AM