メガネの人

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1/28/2023, 11:56:37 PM

便利なものなど、ありはしない。
すべて、そう勘違いさせられているだけだ。


街へ行けば、欲しいものは全て手に入る。
他の奴らはそういうが、オレは違う。

街は、苦難の連続だ。


今日のオレは、食糧を目当てに街へ繰り出した。
特に臆病な性格なもんで、住処を出るのも一苦労だ。

まず、明るい。
暗く光を閉ざした、個室のような、洞穴のような。
そんな部屋が俺にはお似合いだ。
というより、
日の光が嫌いなんだ。

世間では、何処でもかしこでも、晴れの日には部屋を飛び出し、レジャーやスポットへ繰り出さずには居られない連中がいる。
太陽の下に出ずにはいられないのだ。
そういうのを、陽キャっていうらしい。
が、
植物人間って、オレは呼んでる。


次にオレを襲ったのは、気温だ。
暑い。
いや、世間では20度前後の気温など、普通なのだろうが、オレは違う。
冷房の効く、涼やかで、落ち着いた、平穏な部屋が快適だ。
そこらに滴る汗をふりまく、小太りな奴らを見てみろ。誰が外に出たがるか。

そうはいっても食糧だ。
食わずにはやって行けない。
重い足と腰を起こして、自分を鼓舞し続ける。



……やっと着いた。
長旅だった。なん時間かかったろう。
途中、目にも止まらぬ早さでオレを轢き殺そうとする鉄の塊。
クラクションを鳴らしてさえくれなかった。
あいつの顔を拝めなかったのは、惜しい。
次見かけたら、タダじゃおかない。

さて、どうするか。

もう目的地には着いた。
だが、その街は、固く、オレへの門扉を閉ざしたままだった。
飛び跳ねても、手を振っても、オレを中には入れさせまいとしている。

……くそ、ここまでか。

やはり、便利なものなんて、世の中には無い。
苦労に見合った、見返りなんてないんだ。
あぁ、腹が減って、もう。ダメだ。






「おかぁさん、これ何?」
「え?あらやだ、アリさんじゃない。持ってこないでよ、やだ~」
「えー、落ちてたんだよぉ」
「置いておきなさい、もう」

―――ピロピロピロリン

「いらっしゃいませー」


……なにが、コンビニエンスだ……

1/28/2023, 7:13:51 AM

「世間話でもしましょう。趣味は?」

「……えっと、そうですね。読書、でしょうか」

「読書ですか、好きな作家などいらっしゃる?」

「作家、よりは作品で選んでる感じですね。『高瀬舟』は好きですが、鴎外はそれくらいで……」

「そうですか、わたしも鴎外は学生時に読みましたね。『半日』が印象的でしたけれど」

「自分なんかより、先生の方がお詳しいですよ、きっと。……すみません、コーヒーをもう一杯いいですか?」

「構いませんよ。少々お待ちを」


チクタクチクタク…
壁掛け時計は、昼の3時を指している。


「お待たせ。砂糖はなしでしたっけ?」

「あ、はい……。甘ったるいものは苦手なので」

「なるほど。さて、もう少しお話しましょう。ご家族の話なんて、どうです?」

「……家族、ですか」

「子供のときの話でもいいですよ?なにか聞かせてください」

「そうですね。家族、といってまず浮かぶのは、やはり妻と娘ですね。
小さい時の父母も家族といえるんでしょうが、やっぱり、自分でつくりあげた感があって、そっちの方が思い入れますね」

「御結婚なさってたんですね、あ、いやそういう意味でなく。娘さんはおいくつ?」

「5歳になります。8月15日生まれです」

「まだ小さいんですね。奥様はどんな方で?」

「妻は、大学時代に出会いました。きっかけは病院で」

「病院?」

「あぁ……、実は僕、持病の関係で、病院通いが長いんですよ。地元の総合病院ですけれど」

「……そうでしたか。ということは、奥様は看護師か何か?」

「そう、ですね。正確には、薬剤師みたいな仕事だったかな。病院で何回もあって、それで交際が発展して、という感じです」

「ふむふむ、なるほど。先程、持病があると仰っていたけれど、どんな症状なんです?」

「えっと、発作みたいなものですね」

「発作……もう少し詳しく」

「突然、自分ではどうしようもないくらいの行動……。震えとか、暴れたりとか。特に人と話している時にはよく起きていました。それで、よくトラブルになってしまったことも」

「それは、なかなかに苦労なされたんですな。結婚してからもその発作は続いてたんですか?」

「えぇ、まぁ、妻が薬を調達してくれていたので、前よりはマシなんですけれど。
けれど何より、妻の優しさに救われてたのが、僕の、いや僕たちの家族が幸せになれた理由だと思いますよ」

「?というと?」

「結婚前の話なんですけれど、妻はよく言ってくれました。

『あなたは、病気で苦しんでいる。だから、まずはそれを取り除いて行きましょう。苦労や苦痛はあると思うけれど、私たちが一緒に受け入れてあげる』って。

その言葉に救われたんです、僕は。そんな優しいこと、言ってくれる人はいなかった。発作のせいでトラブルになってしまう僕を、乱暴者と除け者にするだけの皆とは違った。妻は、ほんとうに優しい人だだった」

「……なるほど。奥様には感謝なされている?」

「もちろんですよ、だから、今日帰ったら、この話をしてあげるつもりですよ。“今日は病院の先生と、君の話をしたよ。大好きな君がどんなに優しい人だったか”って」

「……わかりました。お話ししてくれてありがとう。奥の部屋で待っていてください」

「わかりました。先生もありがとうございます」



―――ガチャ



「―――あぁ、石谷検事ですか?鑑定医の川島です。今、彼の精神鑑定が終わりましたよ。

……えぇ、かなり心神喪失に近いと思います。
彼は、自分の行動が発作となって、制御不能になると自覚している。それを相手が受け入れたことを、愛情と歪曲したようだ。

彼はきっと、自分が妻と娘を殺したと思っていない。優しく受け入れてくれた、と思っているだろう」

1/25/2023, 5:20:55 AM

うちの学校の七不思議。
いや、七つもないんだけれど。
不思議なこと、が起きた。

先月のこと。

先生が、突然、“クラス写真”を撮るといいだした。
高校2年の10月なのに。
とくに、何も無い、ごく普通の日だったのに。

委員長のハナから、さっきLINEで届いたのがその写真。
“わざわざ机と椅子を下げて撮ったな〜”、とか。
“めんどかったよね〜”、とか。

そんな話に、とりあえずなった。

で、そのあと。
すぐあとに。


“……ねぇ、これ”


たしかエリナが言い出したんだっけ。
写真の端っこ、窓側の方。
カーテンがちょっとゆらゆらしてたとこに。

誰か写ってる。

西日だったのもあって、光がかかりまくってたんだよ。
たしかに先生、古めのスマホで撮影したし、機械音痴だから、お世辞にもキレイな写真とはいえない。
ただ、

その端っこのところだけ、妙に、部分的に逆光が強かった。

ほんとに、“誰が写ってるか分からない”くらいに。


まぁ、一人一人、写ってる人を見てけば、消去法で分かるじゃん。
と思ってた、みんな。
ただ、その写真を撮った時って、ホームルームの最後だったから、何人かは帰ってたんだ。
だから、誰が残ってたか、誰が帰ってたかを把握出来ないと、それが誰かわかんないんだ。


だから、わかる範囲で特定を始めた。
ギリ下半身は逆行を逃れてたから、スカート下の脚の形はわかる。
この白い足は、誰のものだろうか。
んー……

んー……

ん?
待って、いやこれも不思議なんだけどさ。

そもそも、先生はなんで急に“写真撮る”なんて言い出したんだろ。

なんでもない日に。
思い出作り?

いや、まだ卒業まで1年あるし、気早くない?
けっこう先生って寂しがり屋?
可愛いかよ。

あ、1人でテンションあがっちゃってた。
ごめんごめん。

―――あれ。
わたし、誰と話してる、、、?





「先生、写真みんなに送っておきました」

「お、ありがとう。よく撮れてたかな?」

「いえ、下手だって言われてますよ。ブレすぎだって」

「いやー、手厳しいな、みんな。やっぱスマホって難しいな」

「あと、机動かすの大変だったーって」

「そうしないと、みんなの写真撮れないから仕方ないだろー」

「机って女子には重いんですよ、運ぶの大変だし。とくにヒカリの机は動かすの大変でしたよ?
みんなでそ~っと運んだんですからね。
花瓶はどかして運んだけれど」

「すまんすまん、きっとヒカリも、みんなが気遣ってくれたのに感謝してると思うぞ」

「……一緒に撮りたかったな。ヒカリと仲良かったから」

1/18/2023, 12:43:24 PM

『ぜったいに見てはいけない』

とだけ、書かれている。

表紙には、それだけ。

30ページほどの厚さしかない、ただのA4ノート。
なのだけれど、「何の変哲もない」とは言い難い、なにか重々しい空気を漂わせている。


裏返すと、氏名欄には

『数年後のわたし』

と書いてある。


未来の自分へ向けたタイムカプセルの一種に、未来日記というものがある。
現在の自分から、まだ見ぬ先の自分へ向けたメッセージである。

その類いだろうか。


それにしては、新品同様の風体だ。年季も入ってない。紙も白く輝いているようだし、ほつれや汚れも見当たらない。


ただ単に、表紙と裏表紙に、

『ぜったいに見てはいけない』
『数年後のわたし』

とだけ書いただけの、ただそれだけのノートなのかもしれない。

誰にでもできる。

単純なノート。



はたして、そうか?

それだけのノートか?


思い切って、めくってみよう。
1ページ、指でつまみあげる。

指先がずっしりと重い。気がする。

ペラリッ




白紙だった。

まっさらだった。


次のページをめくってみる。

白紙だった。

また次も、次も、次も、白紙だった。


新品のノートと同様だった。

何も書かれていない。

ただのノートだ。
それに表紙と裏表紙を書いただけだった。


なんでもないはずだ。


たかが、つい先日、息を引き取った娘の。
ただの、閉じたノートだ。

1/18/2023, 7:21:04 AM

「おい!どうなってる!現状を報告しろ!」

「分かりません……ただ、隣国からの攻撃だという連絡があります」

「なに?軍事攻撃か」

「はい、我が国に向かって、無宣告の奇襲です」

「くっ、、こんな年の瀬に。おい、全国民に緊急避難警報だ!近隣の住民を優先に、安全な場所へ移動を―――」

「少佐、お待ちください!いま、国境付近から連絡。どうやら今回の攻撃は、何かしらの化学攻撃であると分かりました!」

「な、なに?化学攻撃?」

「はい、ある種の物質を空気感染させる。一種の『ガス』のようなものによる攻撃だと……」

「っ!!『毒ガス』か?!」

「分かりません……ただ、かなりの速度で散布が進んでいるようです。正体が判明するまでは、あまり移動をしないほうがいいかと」

「そうだな。よし、全国民に緊急放送だ!
《隣国より謎の攻撃!『ガス』のようなものだとかんがえられる!速やかに室内にて安全を確保し、外気を室内に取り入れるな!!》」




「……あなた、見て」

「お、おい。何してる、早く寝室に戻ろう。窓の近くは危険だ、何かわからないんだから」

「いえ、あれを見て。あの木よ、ほら」

「え?木がなんだって?…………おい、どうなってる」

「あれだけじゃないのよ、奥の道の街路樹だって」

「!本当だ、全部『枯れ落ちている』……。ついさっきまで黄色の葉っぱが茂ってたのに、全部はらはらと……」

「ねぇ、あなた。いったい私たちどうなってしまうのかしら……。私、怖いわ」

「おいおい、泣かないでくれ。僕にだって分からないよ。ただ、外は危険だ。はやく奥の寝室へ戻ろう。戸締りも確認してな。

……しかし、これは一体、何が起きてるんだ」




「木が枯れている?」

「はい、国境および各地の施設より報告がありました。急速に、国中の森林が、その葉を落として枯れ木になっていると」

「あの『ガス』のせいか?」

「おそらくは、そうかと。今、研究部門が物質の解明を急いでいます」

「……よし。結果がわかり次第、早急に報告してくれ。残りの人員は、国民の避難・保護にまわれ!外出中の国民を、むやみに室内へ戻すな!保護施設の方へ一時避難だ!」



《――ジジッ――ジッ―――
聞こえ……るか……?こち……調査隊。隣国……より連絡……》

「こちら本部、周波数を合わせる―――
よし、調査隊、報告しろ」

《こちら調査隊。隣国の軍事施設にて、今回の攻撃について情報が分かった。
どうやら、『空気感染する物質』を用いた大規模なテロだということは分かった》

「空気感染……、細菌兵器か?もしくは生物兵器?」

《それは分からない、ただ、目的は我が国の弱体化のようだ。混乱を招き、国の機能を麻痺させようしている。政治的な理由もあるかもしれないが……
ん?待て、これは?》

「どうした?何があった?」

《今、施設にて資料を発見した。どうやら今回の攻撃についてのものだ。

“本攻撃による隣国の被害は、ほぼ全ての生命体に及ぶものとなる。動植物の生体機能の一部を停止させるだけだが、近い冬の寒波がそれにとどめを刺す。あらゆる者は、次の春を迎えられないだろう。

作戦名は、―――『木枯らし』”……》



「あなた、もぅ寝ましょう」
「……そうだな。また明日」
「えぇ、おやすみなさい」
「……」
「……」

―ハックションッ!!―


「!!少佐!研究チームより報告が上がりました!」

「なに!よし、すぐに教えてくれ」

「はい!今回の物質に関しての報告書によると……、《空気感染による生体の影響を及ぼし、吸気・接触を問わず感染します。正体は不明で危険な物質と考えられますので、引き続き外出を禁止させてください。ただ、致死性のものではない》そうです」

「……ぉお、それはまず一安心だ。ん?だとするとどんな危険が?」

「それなんですが……報告書には《風邪耐性の弱体化》と」

「ん?風邪?」

「はい……危険な項目にはそれだけが」

「つまり、風邪をひきやすくなる。ということか?」

「そういうことだと思います。本当ならば……」

「いやまて、『国中の木が枯れたんだぞ!』。それだけってことはないだろう。もしかしたらまだ見ぬ危険性があるかもしれない。引き続き調査を――」



「……研究長。あの報告書、あれでよかったんです?」

「何か問題か?」

「いや、いくら致死性がないからってあの書き方だと、強めの風邪ウイルスみたいじゃないですか?」

「……じゃあなんて書けばよかった?」

「……んー」

「よく考えてみろ。報告できるか?あの少佐に。この物質は、『生き物をハゲさせる物質』ですって」

「……無理ですね。我々が国を上げて研究している『ハゲの特効薬』に1番、期待をしてますから」

「まぁ、普段の研究データのおかげで、すぐに物質の解析がでしたのが、せめてもの救いか……」

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