「世間話でもしましょう。趣味は?」
「……えっと、そうですね。読書、でしょうか」
「読書ですか、好きな作家などいらっしゃる?」
「作家、よりは作品で選んでる感じですね。『高瀬舟』は好きですが、鴎外はそれくらいで……」
「そうですか、わたしも鴎外は学生時に読みましたね。『半日』が印象的でしたけれど」
「自分なんかより、先生の方がお詳しいですよ、きっと。……すみません、コーヒーをもう一杯いいですか?」
「構いませんよ。少々お待ちを」
チクタクチクタク…
壁掛け時計は、昼の3時を指している。
「お待たせ。砂糖はなしでしたっけ?」
「あ、はい……。甘ったるいものは苦手なので」
「なるほど。さて、もう少しお話しましょう。ご家族の話なんて、どうです?」
「……家族、ですか」
「子供のときの話でもいいですよ?なにか聞かせてください」
「そうですね。家族、といってまず浮かぶのは、やはり妻と娘ですね。
小さい時の父母も家族といえるんでしょうが、やっぱり、自分でつくりあげた感があって、そっちの方が思い入れますね」
「御結婚なさってたんですね、あ、いやそういう意味でなく。娘さんはおいくつ?」
「5歳になります。8月15日生まれです」
「まだ小さいんですね。奥様はどんな方で?」
「妻は、大学時代に出会いました。きっかけは病院で」
「病院?」
「あぁ……、実は僕、持病の関係で、病院通いが長いんですよ。地元の総合病院ですけれど」
「……そうでしたか。ということは、奥様は看護師か何か?」
「そう、ですね。正確には、薬剤師みたいな仕事だったかな。病院で何回もあって、それで交際が発展して、という感じです」
「ふむふむ、なるほど。先程、持病があると仰っていたけれど、どんな症状なんです?」
「えっと、発作みたいなものですね」
「発作……もう少し詳しく」
「突然、自分ではどうしようもないくらいの行動……。震えとか、暴れたりとか。特に人と話している時にはよく起きていました。それで、よくトラブルになってしまったことも」
「それは、なかなかに苦労なされたんですな。結婚してからもその発作は続いてたんですか?」
「えぇ、まぁ、妻が薬を調達してくれていたので、前よりはマシなんですけれど。
けれど何より、妻の優しさに救われてたのが、僕の、いや僕たちの家族が幸せになれた理由だと思いますよ」
「?というと?」
「結婚前の話なんですけれど、妻はよく言ってくれました。
『あなたは、病気で苦しんでいる。だから、まずはそれを取り除いて行きましょう。苦労や苦痛はあると思うけれど、私たちが一緒に受け入れてあげる』って。
その言葉に救われたんです、僕は。そんな優しいこと、言ってくれる人はいなかった。発作のせいでトラブルになってしまう僕を、乱暴者と除け者にするだけの皆とは違った。妻は、ほんとうに優しい人だだった」
「……なるほど。奥様には感謝なされている?」
「もちろんですよ、だから、今日帰ったら、この話をしてあげるつもりですよ。“今日は病院の先生と、君の話をしたよ。大好きな君がどんなに優しい人だったか”って」
「……わかりました。お話ししてくれてありがとう。奥の部屋で待っていてください」
「わかりました。先生もありがとうございます」
―――ガチャ
「―――あぁ、石谷検事ですか?鑑定医の川島です。今、彼の精神鑑定が終わりましたよ。
……えぇ、かなり心神喪失に近いと思います。
彼は、自分の行動が発作となって、制御不能になると自覚している。それを相手が受け入れたことを、愛情と歪曲したようだ。
彼はきっと、自分が妻と娘を殺したと思っていない。優しく受け入れてくれた、と思っているだろう」
1/28/2023, 7:13:51 AM