隣には親友がいる。
暖かいログハウスの外、雪が積もったテラスでホットココアを持って、2人黙って空を見上げていた。
「俺さ、ここ2年くらい色んな場所を旅してたんだ」
親友がぽつりと呟き始めた。
「もちろん俺自身のケジメをつけるためだってのもあるけど…この力でなにかできないか、って思ったんだよ」
深い闇の夜空に白い息がはっきりと見える。隣の彼の鼻は赤く、鳶色の瞳には星空が映っている。それはかつての親友を思わせる、希望に満ちた姿に見えた。
「それから、本当に沢山の場所を回ったぜ。死ぬかと思った事だって何度もある。だから…」
ココアを口に含み、ふぅ、と息をついた。
「ここに、お前の元に帰りたくなったんだよ」
俺は寂しかった。
親友の存在は俺の心の中で大きく、燦燦と輝いていた。
寂しいと簡単に思ってしまう自分が憎らしくなかったといえばそれは嘘になる。でも、ずっと後ろめたかったのは確かだ。
親友は横でへへ、と笑っている。雪解けを思わせる暖かな笑顔に、俺はいつしか手を触れていた。
頬は冷たい。ココアで温まった手がどんどん冷えきってしまう。
「俺は、お前が帰ってきてくれて嬉しいよ。」
親友の笑顔に返すように、俺もふにゃりと笑っていた。
その時、空に光るなにかが見えた。
2人で空を見上げた。そこには、降り注ぐ流星群があった。
「綺麗だな」
俺は親友に話しかけた。
「…俺、ここに戻ってくる直前にあの流星倒したんだぜ」
そんな話があるか、と思ったが、親友の話は妙に信じられた。
夜空に煌々と輝く星空を隣で眺めているこの時間が、ずっと続いてしまえば………
そう思って仕方がなかった。
《凍てつく星空》
雪国の朝は放射冷却で白く曇った街並みから始まる。
全方位どこを見ても白く積もった雪を横目に、
せっせこと道を作る。
家の中では太り気味の猫が呑気に寝ている。
親友が行方をくらまして、2回目の冬が来た。
形見とも言える親友につれ歩いていた猫は、すっかり冬毛と運動不足で太り気味になってしまった。
いつも眺めている写真も、既に褪せ始めている。
こんなもんか、と雪をどかして家に入る。
全身に雪がちらちらと引っ付いている様子は、さながら粉砂糖でもかかった菓子類である。
雪国特有の二十扉を開いた時、呑気に寝ていたはずの猫がするりと勢いよく家から飛び出した。
外は雪かきをしたとはいえ積もってはいるし、何より凍っている。そんな中に猫を放り出してしまえば、命の危険さえあるだろう。
俺は慌てて猫を追いかけた。雪かきをしたばかりだと言うのに、既に積もりはじめた雪に付いた小さい足跡を必死に追う。しばらく歩くと、そこに一人分の誰かの足跡が重なっていた。
期待。
あの猫がここまで必死になるなんて、あいつしかいない。
心のどこかで親友のことを待ち焦がれていた自分にとって、かつてないほどの高揚だった。
さっきよりも急いで追う。手袋を既に外した状態だったためか、手の先が赤くじんじんと痛んでいる。
……ちらちらと薄い雪が降る中、前を見た。
雪に似つかわしくない真っ赤なジャケットを着たかつての姿そのままの親友が、そこにいた。
足元には、草に着いた霜が朝日に照らされイルミネーションの如く光っている。
親友は髪や服に付いた雪なんて溶けてしまいそうなほど、暖かい笑顔で言った。
「ただいま。」
《霜降る朝》
歓声が鳴り響く。
劣等生として虐げられてきた過去の俺はもう居ない。
家族から、仲間から見放され、ひとり孤独に力をつけてきた。
愛用の黒いコートが風を切ってたなびいている。
体が震える。こんなあからさまな武者震いは初めてだ。
俺は確りと前を見た。 観客の、ファンの声。
心臓がどくりと跳ねた。高揚感で体が火照る。
心臓と呼応するように深く息を吸って、俺は対戦ステージへ続く階段を駆け上がって行った。
《心の深呼吸》
「待ってください、王子!」
古の記憶。
この身が怪物の手に侵される前の、朧気な記憶。
質の良い布を纏っていることを忘れてはしゃぐ少年に、手を焼いていた覚えがある。
「早く来て、⬛︎⬛︎⬛︎!こっちに綺麗な泉があるんだ!」
息を切らす従者など目もくれず、楽しげに草原を走るかつての主の背中は、少しだけ懐かしい。
夢心地のようにふわふわとした世界。明るい青色とも橙色とも取れるような不安定な空の下で、王子ははしゃいでいた。
その時、かの主が立ち止まった。
風のそよそよと吹く音が耳を掠める。足元に生える毛の短い芝生の絨毯は、風につられてふよふよと動いている。
こちらを見た。思い出と同じ、鳶色の瞳の少年。
「……今度は一緒にいてあげてね、⬛︎⬛︎⬛︎。」
不意に主がこぼした言葉を拾おうと、僕は思わず手を伸ばした。
異形と化した左手が、かの背中を追い求めて止まらない。
……掌に温もりがある。
傍らで気絶したように眠るのは、かの王子とそっくりの容姿をした僕の片割れだ。
思えば、先の戦いの場所は、あの王子が教えてくれた泉であった…
僕は目の前の片割れの頬を撫で、思いを馳せた。
この左手は、あの時から何ら変わっていなかった。
《時を繋ぐ糸》
はるか昔の神話に似た話。
太陽のように暖かな君は、どんな逆境にも抗う強さを持ち、どんな悪をも包み隠さず光へと変える不思議な能力を持っている。私は、そんな君に心から惹かれたのだ。
惹かれたという表現はまた違うかもしれない。共に居るにつれ、君と私が同体である事の自覚が生まれてくる。それは、私が肉体を持たない魂だけの存在であるから?
今となってはどうにも確かめようがない。
君と私を繋ぎ止めていた、金の鍵。少年のような君には相反する装飾品。思えば、君が鍵を譲り受けた時から、いや…その前からこの運命は始まっていたのだろう。
私には、かつての世界を守護する使命がある。その使命を思い出せたのも、君との縁たる鍵があったからこそ。
……この使命に、君は居てはならない。君のように輝いた存在に、この役目は負わせてはならない。
_或る白き泉の地にて_
《君が隠した鍵》