海の青に染まった世界が妙に気持ち良くて、俺は思わず身を委ねた。
青色は好きだ。いつも空を見れば青があり、離島にあった母校でもその海は何よりも身近に存在していた。…いちばんの理由は、かつての親友を思い出すからだ。
光の透けた浅瀬のように輝く髪、海の色をそのまま吸い取って貼り付けたように美しい青い服。
思い出の中で変わらず親友は笑っている。
高い身長に似合わない高い声で、俺の名を呼んでいる。
記憶など、とうに海の底で死んでいる。
たった一人世界を漂うこの赤い肉体は、ようやく潮時を迎えるらしい。
《海の底》
人の行き交う街。冬の気配は雪となり石畳の上から頑なに離れようとしない。それでも尚活気づいている市場を前に、俺は立っていた。
雑踏の中、俺の周りだけは静かだ。
目の前には親友が居る。その顔は、不自然なほど安らかで暖かい。
これは夢だ。そうだ、きっと夢なんだ。そうでなければありえない。だって親友は、とうの昔に……
気付けば周囲は誰も居なくなっている。俺の姿は過去の姿に戻り、親友は消えた時のままの姿でそこにいる。
誰も居ない、俺と親友だけの夢。
そこから醒めたいなんて、思う訳がない。
…………夢とは残酷なもので、親友に触れた途端に目が覚めた。布団の外に触れている手は冷たく、ここが夢とおなじ雪国であることを思い出させる。
その手はあの時触れた手だった。俺はその手から感触が消えていくのが恐ろしくて、もう一度眠気を手繰り寄せた。もう会えない、親友の残滓を求めて…
《夢を見てたい》
聖夜だと言うのに、両親は帰ってこない。
我が家にはサンタは来ない。厳密には、"サンタ代理"としてクリスマス前からプレゼントを親から渡される決まりになっている。だから、今この時点でプレゼントが来ないことを嘆いている訳ではない。
真冬の雪が厚い上着に乗っている。家に帰っても誰もいないから、ひとりで公園で遊んでいた。
…ひとりには慣れている。僕には親友がいる。
カードの向こうで笑っている、悪魔の親友がいる。
このカードを見ていると、なんだか懐かしい気がする。それと同時に、どこか安心するのだ。まるで、本当にそこにいるみたいに。
窓を見ると、外はすっかり暗く沈んでいた。子供の自分は寝る時間だ。
暗い自室のベッドに潜り込む。
…どうにも不安で眠れないことなんていつもの事だ。
寝返りを打つと、目線の先にはクローゼットがあった。外国では、クローゼットにモンスターが潜むといういわれがあるらしい。
僕にとっては、モンスターは友達だ。
布団から這い出て、カード…親友を手に取り、もう一度ベッドへ入る。さっきよりも安心する。
「おやすみ、⬛︎⬛︎⬛︎」
そう言って僕は目を閉じた。
………………
………暖かい。
両親が帰ってきた?…いや、それはありえない。
じゃあ、この温もりは……
眠気覚めやらぬ瞳が捉えたのは、親友だ。
実在している、そこに存在している。
そのまま眠気には勝てず、気づけばまた夢の世界へと沈んでいた。
その日見た夢は、まるで見た事のない場所の夢だった。
白い神殿の真ん中にある、美しい泉。射光が泉の表面をきらきらと照らしている。
そこにいるのは、僕と同じ顔をした少年。隣にいるのは、知らないだれか…
不思議とその夢は、まるで本当にあったことのように忘れられない。脳にしがみついている。
目が覚めた時、目の前に親友はいなかった。しかし確かに、そこに温もりがあった。
両親は今日も帰ってこない。それでも、僕には親友が居る。これからもそれは変わらない。寧ろ、これまでよりも強く親友を想えるようになった気がする。
カードを眺めた。
不思議な夢だったが、あの胸を刺す暖かさを忘れることはできなかった。
《遠い日のぬくもり》
かの父の背中を夢見て、貴方はただ只管に走っていた。
人々を笑顔にする、なんて単純明快な未来を、貴方はがむしゃらに追い求めた。だからこそ、こんな結末なんて予想だにしていなかったのかもしれない。
貴方の過ぎた過去は既に朽ちるのを待つだけの荒野である。
眠れ、深く深く。
どうか私の中で、
貴方が人々の笑顔を無くしてしまったことになんて気づかないように、
《君が見た夢》
世界の廻転を越え、俺を恐れる者は誰もいない!何もない!
この星空を越え、雪を越え、君に会いに行こう!
《夜空を越えて》