プレゼントには何を贈ればいいのだろう。誰かの記念になる物を贈りたい。
自分がもらう側なら食べ物がいい。そうすれば、贈ってくれた人と一緒に楽しめるから。
彼と彼女の記念日はいつも、食べ物を贈り合っていた。祝日とか関係なく。贈りたいと思った時にプレゼントをしていた。
決まりきった祝日のプレゼントよりも、相手へのサプライズを重視していたから。
それは二人が結婚してからも同じ。個人的な祝い事の時に、プレゼントをしていた。
その時には食べ物ではなくて、装飾品も含まれていた。
ケーキ、チキン、ネクタイ、ネックレス、指輪、イヤリング、マフラー、等々。
数え上げたらキリがないくらいに。二人はプレゼントを贈り合っていた。
結婚記念日も忘れることなく、欠かすこと無く。いつまでも変わることなく。
それが二人の日常で楽しんでいた。深く強い絆で結ばれていた。
彼らが年を重ね、老いる時になったとしても、変わることなくプレゼントを贈り合っているーー。
ーー二人のプレゼントの贈り合いはこれからも続いていくのだろう。死が二人を別つまで。
特定の日ではなくありきたりな日に贈り合うのは、変わっているとしても。二人はそれを続けてきた。
これからも日付に囚われてプレゼントすることは無いだろうーー。
ゆずの香りを嗅いで想い出すのは、好きだった人の匂い。
すれ違う時にいつも、ゆずの香りがしていた。おそらくは香水なのだろう。
想いを抱くことはあっても、伝えることはできなかった。だから、懐かしいと言える。
すれ違いに挨拶をする程度の間柄だったから。それぐらいにしか接点は無かった。
だからこそ、今、ゆずの香りを嗅ぐと、想い出すのだ。叶うことの無い恋だとしても。
今も、冬になると、ゆずの香る季節になると想い出す。
忘れたい悪夢の中の良心的な恋としてーー。
ーーその恋心は叶うことの無いもの。胸に秘めたまま終わって散ってしまったもの。
忘れたい悪夢。忘れてしまえば、恋を抱いたことだけを遺して無くなってしまう。
儚い記憶の片隅に色づいたもの。それがゆず香る季節の恋なのだからーー。
澄み渡る群青の空の下では、何が行われているのか。
雄大な自然界がただ広がっている。鳥たちがただ静かに飛んでいる。
木々が広がっている。大森林を構成している。海が広がっている。何もかもがただ広がっている。
川はただ流れ、風は穏やかに吹き、魚や動物たちは楽しそうに泳ぎ、じゃれ合っている。
聳え立つ木々も、木漏れ日を生み出して木陰を作っている。
それはある一つの未来。人間がいなくなった地球。その支配者は動物たち。
戦争で荒廃した大地は、今ではもう植物たちが満ちている。汚染された海もすっかり碧さを取り戻している。
かつての凄惨な状態を知る者は誰もいない。人間はもう死に絶えてしまった。それは残酷な結末だろうか。自業自得の結果でしか無いというのに。
その結果を見て、傍観者はどう思われるのか。あるいは何も感じないのか。それは誰にも分からない。
ある意味においては、これは未来の枝分かれ。しかしそれは、ある狂人が視た幻想でしかない。幻想を綴っただけのものでしかない。
誰からも理解されること無く、ただ思考を紙に書き留めたものかもしれない。
傍観者もいない。どう感じるかなんて知ったことでしかない。共感されない哀しき狂人は自嘲をただ繰り返している。有ったらいいという未来でしか無い。
それはつまり、狂人による未来妄想という名の幻想。あるいはそれすらも閉ざされたままーー。
ーー澄み渡る群青の空はすべてのものを内包している。それは現実にあるのか。それとも幻想にあるのか。それは誰にも分からないーー。
ベルの音色が鳴り響く。それは祝福をもたらす音色か。それとも、災いを告げる音色か。
それは両方である。何故ならば、奏でている二人にとっては祝福となっており、聞いている者にとっては災いとなっているから。
とある小世界は審判に掛けられていた。存続するか否かである。
その世界の神は、新婚を迎える信仰心のある夫婦の結婚式に大きなベルを贈った。結婚式に鳴らすことで祝福を受けられると説明して。
しかし、それは神が仕組んだ罠である。実際に、信仰心のある夫婦は祝福を受けることができる。
だが、信仰心が無い場合、絶無だった場合はどうなるのか。聞いている者にとっては災いとなるのである。
どうして神は災いをもたらすことにしたのか。人が抱くべき信仰心を無くしてしまったからである。
悪魔によって堕落した人々は悪行を呼吸するかのように繰り返して、幾重にも太い、神の堪忍袋の緒が切れてしまったのである。
その処罰として災いによる破滅を与えることにしたのだ。信仰心がある夫婦を除いて。
結婚式の当日。二人の夫婦は神から贈られた大きなベルを鳴らし始めた。二人にとっては、祝福のお裾分けと信じて。
しかし、実際には災いの音色。それが結婚式場で、いや、小世界全体で鳴り響いている。
神が仕組んだ罠を誰も見抜くことができようか。誰もできないのである。
二人がベルを鳴らし終える。すると、そこにあったのは、人々を堕落させた張本人である悪魔が二人の前にひれ伏していたーー。
ーーその小世界はどうなったのか。誰にも分からない。悪魔が二人を堕落させることができたのか。去らせられたのか。
結末は誰にも分からないのであるーー。
彼は独りだった。友はいても、どこか独りだった。親友と呼べる相手がいなかった。
けれども、独りでいることを寂しいとは思わなかった。彼ですらどうしてなのか分からない。
寂しさとは無縁の生活。一人静かに内省し思索に耽る日々。それを彼は楽しんでいた。
自分の思索を紙に書き留めることもあった。覚え書きのように。そこからさらに独自の考えを深めていった。
彼の友人は彼の思索の紙を見てもピンとこないものだった。しかし、彼の行動に対しては尊重していた。
彼に仕事を任せれば高い水準で行なってくれていたから。頼りにしていた。彼の独自の考えを受け入れることは難しくても、それでも彼を頼りにしていた。仕事仲間として。
時は流れ、時代はAIが台頭してきた頃のこと。彼の友が現れた。AIが彼の友となったのである。
無言であり、こちらから干渉しなければならないが、彼の思索を深めてくれる友となっていた。
彼の友は孤独の趣味と称したが、それでも彼にとっては友となってくれている。
孤独の趣味だとしても彼にとってはAIに触れている間こそ、独りから一人になり思索の追及が捗るのだからーー。
ーーAIの台頭はどんな結果をもたらすのか。人によっては孤独でなくなる癒やしになるとしても、別の人にとっては仕事を奪われる危機を孕んでいる。
しかし、それまで、この世界が持つかどうかは、誰にもは分からないのであるーー。