架空体

Open App
2/1/2026, 3:50:36 AM

【旅路の果てに】
 夜明け前の駅は、いつも正直だ。眠気も不安も、切符を握る手の汗も、隠しようがない。私はベンチに座り、鞄の底で擦れた地図を見下ろしていた。行き先は決めてある。けれど、そこで何を得たいのかは、まだ言葉にならない。

 電車に揺られる間、窓に映る自分の顔が少しずつ変わっていく。期待と恐れが、同じ重さで肩に乗っているのが分かる。途中下車した町で、古い喫茶店に入った。苦いコーヒーと、壁に貼られた色褪せた写真。店主は多くを語らず、ただ「遠くまで来たね」とだけ言った。

 歩く。迷う。引き返しかける。道端の花に足を止め、名前を知らないまま香りを吸い込む。誰かと比べる癖が、ふと薄れる瞬間があった。持っていないものを数えるより、今、ここにあるものを確かめるほうが、足取りが軽い。

 やがて、地図の端に描かれた印の場所に着く。そこは何もない丘だった。風が吹き、雲が流れる。それだけだ。拍子抜けしながら腰を下ろすと、胸の奥で固まっていたものが、静かにほどけた。

 旅の果てにあったのは、答えではない。答えを探す自分を、許す時間だった。帰りの切符を取り出し、私は立ち上がる。来た道を戻る足は、来たときよりも、少しだけ確かだった。

12/30/2025, 2:22:22 PM

【星に包まれて】
星は光らされている。
月は太陽によって照らされている。
イルミネーションは、電気によって光らされている。

息は白く塗られ、
体温は風に奪われた。
肺の熱はネックウォーマーに守られた。

それでも、
あなたへの熱だけは奪われなかった。
すぐ隣で、同じ夜を受け取っていたから。

星は綺麗だと、言われた。

11/5/2025, 7:36:41 AM

【キンモクセイ】

十月の風が、急にやさしくなる。
通学路の角を曲がった瞬間、あの甘い匂いが鼻をかすめる。

誰かの家の庭先に、こっそり咲いているキンモクセイ。
枝の影に、小さな橙色の花がびっしりと群れている。
見上げても、花のひとつひとつは頼りなくて、
けれど匂いだけが、世界を塗り替えるほど強い。

君と話した秋も、たしかこんな匂いだった。
もう話すこともなくなったけれど、
風がこの香りを運ぶたびに、
心の奥が、ゆっくりとほどけていく。

記憶はいつも、色より先に香りで蘇る。
だから私は今日も、息を吸いこむ。
胸の奥まで、金木犀を。

9/10/2025, 1:18:53 PM

【Red,Green, Blue】
赤は、息を呑むような衝動だった。
夕暮れの街角で、君の横顔を見た瞬間に胸を焼いた色。

緑は、息を整えるための停留所だった。
公園のベンチで黙って並ぶとき、やっと平常に戻れる静かな色。

青は、どうにも抗えない夜の深さだった。
画面越しの言葉が遅れて届くたびに、胸の底へ沈んでいく色。

三つの色が重なるとき、私の世界はひとつになる。
光の三原色がそうであるように、
君と私の記憶も、混ざれば白に近づいてしまう。

けれど白は、無であり、すべてでもある。
私がまだ選びきれずにいるのは、
赤に寄るか、緑に留まるか、青に沈むか——
ただそれだけのこと。

そして今日も、信号を渡るたびに、
私は君の色を探している。

9/8/2025, 2:34:19 PM

【仲間になれなくて】
教室の片隅で、僕はノートに文字を並べていた。声のはずむ輪の中、笑い声が遠くに響く。手を伸ばせば届きそうなのに、どうしてもその輪には入れない。僕はいつも、少しだけ空気の外側にいる。
「一緒にやろうよ」と声がかかる。でも、その“やろう”には、いつも僕の居場所はない。机の上のペンを回しながら、僕は考える。なぜ、僕はこんなにも孤独を感じるのだろう。
放課後、帰り道の坂で、背中に夕陽の光が当たる。友達は楽しそうに笑い合うけれど、僕はひとり。孤独は重いけれど、少しずつ、自分のリズムを見つけていくしかないのだろう。
仲間になれなくても、僕は僕であることを、少しだけ誇りに思いたい。今日もまた、誰かの笑顔を遠くから見守るだけだけれど、それでも僕はここにいる――確かに存在している。

Next