架空体

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【キンモクセイ】

十月の風が、急にやさしくなる。
通学路の角を曲がった瞬間、あの甘い匂いが鼻をかすめる。

誰かの家の庭先に、こっそり咲いているキンモクセイ。
枝の影に、小さな橙色の花がびっしりと群れている。
見上げても、花のひとつひとつは頼りなくて、
けれど匂いだけが、世界を塗り替えるほど強い。

君と話した秋も、たしかこんな匂いだった。
もう話すこともなくなったけれど、
風がこの香りを運ぶたびに、
心の奥が、ゆっくりとほどけていく。

記憶はいつも、色より先に香りで蘇る。
だから私は今日も、息を吸いこむ。
胸の奥まで、金木犀を。

11/5/2025, 7:36:41 AM