架空体

Open App

【旅路の果てに】
 夜明け前の駅は、いつも正直だ。眠気も不安も、切符を握る手の汗も、隠しようがない。私はベンチに座り、鞄の底で擦れた地図を見下ろしていた。行き先は決めてある。けれど、そこで何を得たいのかは、まだ言葉にならない。

 電車に揺られる間、窓に映る自分の顔が少しずつ変わっていく。期待と恐れが、同じ重さで肩に乗っているのが分かる。途中下車した町で、古い喫茶店に入った。苦いコーヒーと、壁に貼られた色褪せた写真。店主は多くを語らず、ただ「遠くまで来たね」とだけ言った。

 歩く。迷う。引き返しかける。道端の花に足を止め、名前を知らないまま香りを吸い込む。誰かと比べる癖が、ふと薄れる瞬間があった。持っていないものを数えるより、今、ここにあるものを確かめるほうが、足取りが軽い。

 やがて、地図の端に描かれた印の場所に着く。そこは何もない丘だった。風が吹き、雲が流れる。それだけだ。拍子抜けしながら腰を下ろすと、胸の奥で固まっていたものが、静かにほどけた。

 旅の果てにあったのは、答えではない。答えを探す自分を、許す時間だった。帰りの切符を取り出し、私は立ち上がる。来た道を戻る足は、来たときよりも、少しだけ確かだった。

2/1/2026, 3:50:36 AM