泡藤こもん

Open App
6/16/2023, 4:07:28 AM

それは幼い私にとって友人とも言えた。
どこに出かけるにも持って行った。遊ぶ時も、夜寝る前にも眺めた。
やがて背表紙が剥がれていって、表紙の角がふわふわとほどけていってもまだ、私の友達だった。
ページがとれてセロハンテープで貼り直した。
表紙が外れる頃には、もう私はあの絵本の友達ではなくなっていた。
今は同じ顔をした別の友人が、本棚でひっそりと立ち、小さな手が伸びてくるのを今か今かと待っている。残念ながら、その子は娘の「一番の友人」では無いようだけれど。

6/12/2023, 11:52:52 AM

『ぶっちゃけ有り得ないでしょ』
「あークソ! 有り得る奴だっているんだよ! つぅか、目玉焼きにソース派はそれなりにいるだろ!!」
手にしたスマホをぶん投げそうな勢いで、オレはひとりがなり立てる。
オレが毎日欠かさず眺めるこのアカウントは、こうした食べ物の好みから生活の流れ、信条に至るまで何ひとつとして気に食わない。もし実際に目の前にいたらケンカを超えて殴り合いになっていただろうと思ったことも、一度や二度ではない。
それでも毎日欠かさず見てしまう理由は。
『最新話更新しました〜』
飛びつくようにリンクをタップし、目を皿のようにしてじっくり眺めること、しばらく。知らずに詰めていた息を、ほうと吐き出す。
「作品は最高なんだよなぁ⋯⋯」

6/8/2023, 6:14:27 AM

今夜遅く、隕石が降ってきて地球は終わるらしい。
同棲する恋人と話し合って、普段はデートに出かけることが多い僕らだけれど、自宅でゆっくりと過ごそうと決めた。終わりの時を、ふたりきりで迎えよう、と手を握りあって頷いた。それにきっと人波がひどいだろうからと想像して。
実際、朝起きた時には遠くに見える高速道路はみっちりと車で埋まっていた。どこかへ逃れようとするように。
久しぶりに台所に立って、朝食には味噌汁を作った。配信でお気に入りの映画を見て、涼しいくらいにエアコンを利かせてアイスを食べた。通販で購入した新刊を受け取り、読みふけった。少し早めに風呂に入って、代わりばんこに入る彼が出てくるまでの間、ひとりベランダで夜景を眺めていた。
「どうしたの?」
「いや。きみも僕も、インフラ担当の仕事でなくて良かった」

6/3/2023, 11:45:28 AM

つらい。とてもつらい。
「私のどこが悪かったのだろう」「何か、間違ったことを口にしたかな」「もしかしたら、別の誰かがいたずらで操作したのかも」
そんな風に理由を探しながら、胸はきりきりと痛んで仕方ない。
私にとっては傍にいることが当たり前で、かけがえのない日常であったのに。あの子にとってはどうでもいい何時でも投げ捨ててしまえるものだったんだ。
目頭が熱い。でも、涙が出る程じゃない。眉間に寄った皺のせいで、頭に上った血が冷めそうにない。
「大好きだったのに」
口惜しみの呟きがこぼれる。顔も知らない、この地球の誰かのことを思う。
『ブロックされています』

5/21/2023, 12:41:08 PM

頬を伝うもの。いやに冷たいそれに、目を眇める。
不愉快には違いないが、振り払うほどの量でも無い。指を伸ばす代わりに、瞬きを幾度か繰り返す。
やがて温度を奪いつつ乾いていく雫。
私の頬を伝うこの雫を見た者は涙と思ったか、汗と思ったか、それとも雨か。
どれだとしても。濁り無く、透明であったとしても。
埃まみれの不純物だらけであることは、疑いようも無いというのに。

Next