カギに、手が届かない。
ガラスにぺたぺたと両手を貼り付けて、爪先立ちをして。懸命に片手を伸ばしてみるけれど、それでも私の指先よりもずっとずっと上にカギはある。
「ふふっ」
背後から笑い声がする。私はむっとして振り返る。母が、可笑しくて堪らないというように相好をくずして、それでも取り繕うように片手を口元に当てて隠している。
「どうして開けてくれないの」
「どうして開けて欲しいの?」
質問に質問で返さないで欲しい。でも私は利口なので、腕を組んでふんすと鼻息荒く答える。
「だって窓の中からだと、ガラスに写ってるわたしが邪魔なんだもの」
夜の闇の中で、窓ガラスに光る瞳が反射する。
ずっとずっと高く見えた。
だって僕の背丈はジャングルジムの2段分くらいで、足をかけるのがやっとで、それでも上を向いてぐいぐい登っていこうと思えたんだ。
真っ直ぐに上を見つめる。周りの声は何も聞こえない。ただ、掌のじんじんするような感じと、靴の裏のぐっと重たい感覚だけが全てだった。
ただ、真っ直ぐに。白みがかった青空に透けるように浮かぶ、三日月を目指した。
あの星もこの星も全部光ってる 命を燃したひかりの窓辺/夜景
きみからの手紙と思う 消印の代わりに変なスタンプで〆/君からのLINE
「良い名前だね」
そう言われる度、私は作り笑いで微笑んだ。
大層な意味合いを込めた、しかし私の世代にしては古臭い名前。
名前は親から一番に渡される贈り物だと言う。そうだと言うなら、私のこれは、親からの重すぎる期待を形にしたものに相違なかった。
何度か改名要項を見るとも無しに調べたことがある。珍しすぎるわけでも日常生活に不便があるわけでもない「これ」は変えることへの労苦と天秤にかけられ、そしてすこんと飛んでいってしまった。ついでに言うのなら、私はそれほどこれが嫌いではなかった。
そう、綴りや響きだけを客観的に見るのなら、決してけなすほど悪くは無いのだ。点数でいうのなら10点満点中7点くらい。
⋯⋯本当に捨てたいのは。変えたいものは。
その思いすら、幼い頃のほんの少しの優しい記憶に阻まれてしまって。どうしようもない自分に、また曖昧に微笑んだ。