バスクララ

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5/4/2025, 2:29:07 PM

黒髪ロングの、まるで絵に描いたような清楚系生徒会長。
彼女に憧れる生徒は数多く、毎日のようにラブレターや告白が絶えないらしい。
その度に彼女はほんのり眉を下げて断りの手紙や返事をしているそうだ。
そして言い回しもかなり丁寧で、決して相手を傷つけない言葉遣いにしているとのこと。
だから彼女を悪く言う人など滅多にいない。
だけどあたしは知っている。
一年二組の担任でもある数学の先生。その先生を見る目が違うことを。
あたしがそれを知ったのは偶然だった。
すれ違う瞳が彼女らしからぬ憎悪に塗れていて、思わず背筋がゾクッとしたのを覚えている。
不自然に固まったあたしを見て、彼女は優しい慈母のような笑みを浮かべ、人差し指をそっと口に乗せた。
口外したらガチでヤバいことになる。
そう本能が囁いたあたしは必死にコクコク頷いて逃げるように教室へ走った。このことはおそらく一生忘れないだろう。
彼女と数学の先生に何があったのかは知らない。知りたくもない。
ただ、彼女にも先生にもできるだけ関わりたくない。
触らぬ神に祟りなし。まだあたしは平穏に過ごしたいから。

5/3/2025, 12:27:16 PM

果てしなく続く青い青い空。
それと同じように歴史は続いていく。
大切なことを思い出した彼らの人生も、これからまだまだ続いていく。
もう二度と顔も声も交わすことのできない彼に、彼らは前と変わらぬ間柄で笑い合うのだろう。
青い青い空の果てに。


【忘却のリンドウ 16/16 END】

5/2/2025, 3:52:48 PM

一度完全に、心にも引っかからないくらいにまで忘れてしまったことを自力で思い出すのはかなり難しい。
だが人の好奇心は侮れないもので、ふとした出来事や瞬間から心のざわめきを感じ取り、それが何なのか追い求める内に思い出す……なんてこともある。
しかしそれはあくまでも人の話。
神の力によって為す術もなく記憶が消されてしまった場合は、どんなことをしても忘れたものを思い出すことはない。
どんなに悪あがきをしても、神の力によって消されし記憶や存在を思い出すことは二度とない。
だが、そこにほんの少しの気まぐれで人ならざるものが手を貸したら?
そしてその人ならざるものが神のことを嫌っていたら?
そう、私は彼らが悪あがきをしていることを知っていた。
彼らがよく来る喫茶店。そこで彼らの事情を知った。
人に肩入れするのは良くないと思いつつ、それでも神の鼻を明かしたかったから少しだけ手を貸した。
まさか完全に思い出すとは思わなかったけど。
だがこれで良かったのだろう。
彼らからも忘れられるとあの子は完全にいなくなってしまう。それは何とも悲しくもあり、残念でもある。
そうだ、たまには喫茶店の店主らしく新メニューでも作ろうか。
彼らをモチーフにした新作スイーツ。
名前は……sweet memories (甘美な思い出)とでもしておこうかね。


【忘却のリンドウ 15/16】

5/1/2025, 1:59:03 PM

『私はいつか皆から忘れ去られる。
母も竜も私のことを忘れてしまうだろう。
だが空、お前はどうにか覚えていてほしいんだ』
『……そんなの』
『無理ではない。……そうだな、例えばお前の机の引き出しに学校の写真があって、裏に忘れるなと書いてあったら……疑問に思うか?』
『そりゃあ……なんでこんなものが? とは思うけど』
『そう。それが記憶の引っかかりとなり、ゆくゆくは私のことを思い出す……となれば万々歳だ』
『そんなうまいこといくかなあ……』
『うまくいく確証も保障もないがやるしかない。
期待しているぞ。私の一番の友達』
……夢から覚めてその内容に思わず両手で顔を覆う。
たった半年前のことなのに今の今まで忘れていた。
彼の言っていた通り、彼は世界から忘れ去られてしまった。
僕と、彼の弟と、彼に恋をしていた彼女を除いて。
彼は今頃どこで何をしているのだろう。
なぜ彼がこの世から痕跡もなく消え去り、皆から忘れ去られてしまったのかはわからない。
前に彼に訊いた時、詳しくは教えてくれなかったけど選ばれたとだけ言っていた気がする。
……ああ、彼のことを考えていたいのに支度をして学校に行かなくちゃ。
でも昨日のことがあるからクラスメイトに根掘り葉掘り聞かれるんだろうな……どうやって乗り切ろう。
あの流行りのドラマ風と中二行動を合わせたら女子はときめくと思った。とでも言おうかな?
……いやいや、ただの痛いヤツじゃないか。
あーもう、本当にどうしよう……


【忘却のリンドウ 14/16】

4/30/2025, 1:44:01 PM

「おはよー神名。昨日はちゃんと休めたかー?」
 下駄箱に靴を入れていると友達が声をかけてきた。
 おれが曖昧な返事をしていると友達はおれの目を見て満足そうに二度と頷いた。
「クマはなし、顔色もよし。
あーあ、さぞかし昨日はちょー有意義な一日だったんだろうなー。うらやまし〜」
「まあな。おかげで大事なことを思い出せたよ」
「おっ、何々〜?」
「教えなーい」
「なんだよ〜、教えろよー!」
 そうふざけ合いながらおれたちは教室へ向かう。
 おれが昨日思い出したことをたぶん友達には一生言わないだろう。
 なぜなら友達はあの人のことを……兄貴のことを思い出すことはないから。
 兄貴の生きた軌跡が他の人から完璧に忘れ去られてしまっている状況では、おれがどんなに力説してもおれの妄想としか受け取られない。
 だからおれは誰にも話さないことにした。
 それともう一つ……
「そうそうおれさ、志望校、お前と一緒のとこにするから」
「はあっ!? あんなに根を詰めてたのに!?
……まあ、神名の成績じゃあの高校ちょっと厳しかったもんな。
まあ神名なら余裕じゃね。俺も頑張らないとなー」
 兄貴と一緒の高校に行きたかった。だけど兄貴はもういない。
 空さんや紫音さんはいるけど、彼らは決定打になれない。
 おれは兄貴の背中を追いかけたかった。
 兄貴の行く道をそっくりそのまま行くことも考えたけど、おれと兄貴では頭の出来が違いすぎる。
 だからおれはおれの道を行く。
 そしていつか人生の終焉の日に、自分の軌跡を振り返って満足できたらそれでいい。
 ……兄貴もきっとこんなおれを応援してくれるだろう。そう願っている。


【忘却のリンドウ 13/16】

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