ふとカレンダーを見て思う。
今日はいい夫婦の日か。
うちの両親はお見合いで結婚したのだが、そこまでラブラブでもなく、だからといって冷めてもない。
互いに愛しているとは思うのだが、なんとなくドライというか……よくわからない。
でもとても仲は良い。ケンカもしない。罵りあったり殴ったりしない。互いの趣味を否定しない。
それって本当はかなりすごいことなのではないだろうか。
私の理想の夫婦はたぶん、両親なのかもしれない。
たとえ世間体の為に結婚したとしても、互いを尊重しあっている。
私はそんな夫婦に憧れている。
私は迷っている。
プリンを買うかゼリーを買うか杏仁豆腐を買うか……
今、柔らか系甘い物の気分なのだけど、いざ買うとなるとどれも美味しそうでとても困る。
全部買えばいいじゃないという悪魔の囁きが聞こえてきそうだけど、お財布事情から全部は無理だ。
お小遣いがもうちょっとあればなあと思うけど、無い物ねだりしてもしょうがない。
値段はプリンが一番安いけど量もそれなり。ゼリーが一番高くてなおかつたっぷり。杏仁豆腐は中間だ。
ある意味究極の三択が目の前にある……
私はどうすればいいの? 何を買えばいいの? どれが正解なの?
うーんうーんと唸りながら数分考えた私が手にしたのは……プリンでした。
安さには勝てませんでした……
いつか大人になったら三つとも買ってやるんだから!
その昔、ドラゴンは有り余る力を使って国をいくつも滅ぼし、村を焼き、数多の命を奪った。
長年続いた復讐と報復にいつしか疲れ果てたドラゴンは、人がいない火山を居住地と決め眠りについた。
それから数百年経ち、人々がドラゴンのことを伝説だと感じていた頃。一人の少女が火山へとやってきた。
少女は七つの頃からひとりぼっちだった。
自分に近づいた命は全て死んでしまう呪いにかけられてしまったからだ。
人も草木も動物も関係なく死んでいく様を見て、少女は生きていることが嫌になり、誰もいない火山へとやってきた。
そしてドラゴンと少女は邂逅し、互いに大きく驚いた。
ドラゴンはこんなところに人間の子供がいることに。
少女は自分に近づいても死なないドラゴンに。
やがて彼らは意気投合し、共に暮らすようになった。
しかし人間とドラゴン。一緒に過ごした時間は儚いものだった。
ドラゴンは毎年、己が朽ち果てるまで墓に少女が好きだった花を供えていた。
生きる時間の長さが違っても、種族が違っても、確かに彼らが過ごした時間は間違いなく宝物だった。
真っ暗な部屋にキャンドルの灯りがつく。
辺りをオレンジ色に染めて、炎が揺らめく。
そこで私たちは手拍子しながら歌をうたう。
キャンドルが刺さっているのは白いクリームに彩られたホールケーキ。もちろんメッセージが書かれたチョコプレートもある。
そう、今日は誕生日。
愛しい我が子の五歳の誕生日。
やがて歌が終わり、我が子がフーッと火を吹き消す。
火が消えた後の独特なにおいと共に部屋が暗くなるがすぐに電気がつく。
一仕事終えた我が子は得意げに笑っていて、とっても嬉しいことが丸わかりだ。
私はキャンドルを引き抜いてケーキを切り分ける。
もちろん一番大きいのとチョコプレートは我が子に。
ケーキにかぶりついて口まわりをクリームだらけにしている我が子に夫が笑いながらウェットティッシュで拭き取る。
今日は幸せな日。
来年も同じような幸せが来るといいな。
明日、俺はこの町を出る。
理由は大学が県外だからというのもあるが、一番の理由はあいつらだ。
学校で知らぬ者はいないほどのラブラブカップルだった。
彼氏の方も彼女を愛していたが、彼女の方がもっとゾッコンだった。それこそ、あなたがいないと生きていけないみたいな。
……それが現実になっちまうなんてな。
体育祭が終わってすぐだった。
彼氏が病気で死んじまった。
そこから彼女は学校に来なくなった。
彼女の友達に頼まれ、一緒に家までお見舞いに行った。
彼女は部屋にいた。でも、そこにはいなかった。
彼女は彼女の世界の住人になっていた。
……あれ以来、俺の心に大きなトゲが刺さったままで取れることはたぶんもうない。
彼氏と彼女にはたくさんの想い出があったはずだ。
それは容易に想像できる。
この町の至る所にあいつらのたくさんの想い出の欠片が散りばめられていると思うと、胸が苦しくなるようなどうしようもない気持ちに襲われる。
だから俺はこの町を出る。親には悪いがもう戻ることはないだろう。
あいつらのことを一生忘れることはできないから。