「なあ君。桜咲くといえば何を思い浮かぶ?」
二人しかいない文芸部。その内の一人である先輩が黒板に赤のチョークで桜の絵を描きながら言った。
先輩は文芸部らしい活動を全くしない。でもこの部が存続出来ているのは先輩のおかげなので文句は言わない。不満はあるけど。
「受験に合格したとか告白に成功したとか……そんな感じのことですかね」
「ふむ。ならば桜散るといえば?」
「……受験に落ちたとかフラれたとか……ですかね?
というかなんなんですか、いったい」
私がそう訊くと先輩は顔だけ振り向いた。
「なんとなく気になっただけだぞ?
咲いて散るという当たり前なことでさえも何かしらのイメージを持たれてしまう。
やはり桜はそうなるくらい日本人にとってなじみ深く、特別な花なのだろうな」
そしてまた桜の絵に戻る先輩。
一寸の迷いもなく描いているけど……正直、コメントに困るくらいヘタだ。
形から桜とギリわかるけど、何かの暗号にも見えなくもない……
そんなことをしている暇があれば文芸部っぽいことすれば良いのに。という不満はもちろんある。
でもこの自由さが先輩なのだからもうそっとしておこうと微笑ましく思えるようになってきた。
……まあ、諦めたと言われればその通りなんだけど。
こうなりたい自分というのは心の中にいる。
やることなすこと完璧で、人望があって、子ども心を忘れないような人。
そんな人になれる、なれないは置いといて、そういう夢見る心をいつもじゃないけど持っておきたいものだ。
……ま、度が過ぎたら現実逃避になりかねないのだけどね。
学校に着いてからふと気付く。
傘を忘れたことを……
今日の夕方から降ると天気予報で言っていたのに。
あー、傘持っていかなきゃな、と思っていたのに。
どうして忘れたのだろう。そして手遅れになってからどうして思い出してしまうのだろう……
よし。こうなっては仕方がない。
傘よ手元に落ちてこいー……落ちてこいー……
突然購買にビニ傘売られるようになれー……
めちゃくちゃ親切な人が傘二つ持ってるから一つあげる的な展開になれー……
……無理か。
まあ念力もテレパシーも使えないしなあ。
まあでも届かぬ想いとわかっていてもついついやってしまうんだよなあ。
いつか急に使えるようになったらすっごい心躍るし何よりロマンだろ?
「昔の日本人ってさ、食への探求心ヤバくね?」
パラパラと本屋のレシピ本を読んでいる友達がそう言ってきた。
パッと思いつくのはフグやこんにゃくくらいだけど他にもあるのかな? と思い友達に訊いてみる。
「例えば?」
「大豆から色々できるじゃん。味噌に醤油に豆腐、それから豆乳、きな粉とかの諸々。
一つの原料からこんなにできるんだよ? スゴくね?」
「あー、確かに」
「フグの卵巣を糠に漬けて数年放置したら毒が消えて食べられるというのもさ、伝わってるってことは誰かが試したっていう証拠じゃん。
どんだけ食べたかったんだよ日本人」
レシピ本を閉じて棚に戻す友達。
そしてまた別のレシピ本を手に取ってパラパラと読み始める。
……レシピ本だけでも軽く見積もっても50冊以上はありそうな棚を改めて見て、確かに日本人は食への探求心が凄いのかもと感じた。
もし神様へ訊けるのなら訊いてみたい。『日本人は食べることが好きなように創造したのですか?』と。
まあどうせ答えてはくれないのだろうけど。
マイクテストをする際に「本日は晴天なり」と聞いたことがある人もいるだろう。
それは規則で定められているそうだが、なぜ晴天なのだろうか。快晴でも晴れでも良い天気でも意味は通じるのに。
「It's fine today.」を翻訳した人が晴天でいいやとなったのか、それとも言葉の響きからそうなったのか、聞いた時に別の言葉と勘違いしないためなのか……
もしくはそのどれでもないのかもしれない。
それこそ考えもつかないようなもっと別の理由という可能性も無きにしもあらず。
まあ真相は闇の中であり、その真実を知る日はおそらくやってこないだろう。
だがそれでいい。考えるのが楽しいのだから。