バスクララ

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「おはよー神名。昨日はちゃんと休めたかー?」
 下駄箱に靴を入れていると友達が声をかけてきた。
 おれが曖昧な返事をしていると友達はおれの目を見て満足そうに二度と頷いた。
「クマはなし、顔色もよし。
あーあ、さぞかし昨日はちょー有意義な一日だったんだろうなー。うらやまし〜」
「まあな。おかげで大事なことを思い出せたよ」
「おっ、何々〜?」
「教えなーい」
「なんだよ〜、教えろよー!」
 そうふざけ合いながらおれたちは教室へ向かう。
 おれが昨日思い出したことをたぶん友達には一生言わないだろう。
 なぜなら友達はあの人のことを……兄貴のことを思い出すことはないから。
 兄貴の生きた軌跡が他の人から完璧に忘れ去られてしまっている状況では、おれがどんなに力説してもおれの妄想としか受け取られない。
 だからおれは誰にも話さないことにした。
 それともう一つ……
「そうそうおれさ、志望校、お前と一緒のとこにするから」
「はあっ!? あんなに根を詰めてたのに!?
……まあ、神名の成績じゃあの高校ちょっと厳しかったもんな。
まあ神名なら余裕じゃね。俺も頑張らないとなー」
 兄貴と一緒の高校に行きたかった。だけど兄貴はもういない。
 空さんや紫音さんはいるけど、彼らは決定打になれない。
 おれは兄貴の背中を追いかけたかった。
 兄貴の行く道をそっくりそのまま行くことも考えたけど、おれと兄貴では頭の出来が違いすぎる。
 だからおれはおれの道を行く。
 そしていつか人生の終焉の日に、自分の軌跡を振り返って満足できたらそれでいい。
 ……兄貴もきっとこんなおれを応援してくれるだろう。そう願っている。


【忘却のリンドウ 13/16】

4/30/2025, 1:44:01 PM