バスクララ

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5/1/2025, 1:59:03 PM

『私はいつか皆から忘れ去られる。
母も竜も私のことを忘れてしまうだろう。
だが空、お前はどうにか覚えていてほしいんだ』
『……そんなの』
『無理ではない。……そうだな、例えばお前の机の引き出しに学校の写真があって、裏に忘れるなと書いてあったら……疑問に思うか?』
『そりゃあ……なんでこんなものが? とは思うけど』
『そう。それが記憶の引っかかりとなり、ゆくゆくは私のことを思い出す……となれば万々歳だ』
『そんなうまいこといくかなあ……』
『うまくいく確証も保障もないがやるしかない。
期待しているぞ。私の一番の友達』
……夢から覚めてその内容に思わず両手で顔を覆う。
たった半年前のことなのに今の今まで忘れていた。
彼の言っていた通り、彼は世界から忘れ去られてしまった。
僕と、彼の弟と、彼に恋をしていた彼女を除いて。
彼は今頃どこで何をしているのだろう。
なぜ彼がこの世から痕跡もなく消え去り、皆から忘れ去られてしまったのかはわからない。
前に彼に訊いた時、詳しくは教えてくれなかったけど選ばれたとだけ言っていた気がする。
……ああ、彼のことを考えていたいのに支度をして学校に行かなくちゃ。
でも昨日のことがあるからクラスメイトに根掘り葉掘り聞かれるんだろうな……どうやって乗り切ろう。
あの流行りのドラマ風と中二行動を合わせたら女子はときめくと思った。とでも言おうかな?
……いやいや、ただの痛いヤツじゃないか。
あーもう、本当にどうしよう……


【忘却のリンドウ 14/16】

4/30/2025, 1:44:01 PM

「おはよー神名。昨日はちゃんと休めたかー?」
 下駄箱に靴を入れていると友達が声をかけてきた。
 おれが曖昧な返事をしていると友達はおれの目を見て満足そうに二度と頷いた。
「クマはなし、顔色もよし。
あーあ、さぞかし昨日はちょー有意義な一日だったんだろうなー。うらやまし〜」
「まあな。おかげで大事なことを思い出せたよ」
「おっ、何々〜?」
「教えなーい」
「なんだよ〜、教えろよー!」
 そうふざけ合いながらおれたちは教室へ向かう。
 おれが昨日思い出したことをたぶん友達には一生言わないだろう。
 なぜなら友達はあの人のことを……兄貴のことを思い出すことはないから。
 兄貴の生きた軌跡が他の人から完璧に忘れ去られてしまっている状況では、おれがどんなに力説してもおれの妄想としか受け取られない。
 だからおれは誰にも話さないことにした。
 それともう一つ……
「そうそうおれさ、志望校、お前と一緒のとこにするから」
「はあっ!? あんなに根を詰めてたのに!?
……まあ、神名の成績じゃあの高校ちょっと厳しかったもんな。
まあ神名なら余裕じゃね。俺も頑張らないとなー」
 兄貴と一緒の高校に行きたかった。だけど兄貴はもういない。
 空さんや紫音さんはいるけど、彼らは決定打になれない。
 おれは兄貴の背中を追いかけたかった。
 兄貴の行く道をそっくりそのまま行くことも考えたけど、おれと兄貴では頭の出来が違いすぎる。
 だからおれはおれの道を行く。
 そしていつか人生の終焉の日に、自分の軌跡を振り返って満足できたらそれでいい。
 ……兄貴もきっとこんなおれを応援してくれるだろう。そう願っている。


【忘却のリンドウ 13/16】

4/29/2025, 1:38:33 PM

 目が覚めてすぐに昨日枕元に置いたしおりの有無を確認する。
 しおりはしっかりとそこにあって、カーテン越しの朝日に照らされてキラキラ煌めいて見えた。
 昨日のことを忘れてないことにガッツポーズをしてから、しおりを胸に抱く。
 ……ずっと一緒。もう忘れないからね。
 そう念じてから優しくそっと鞄の中に入れた。
 朝ごはんを食べ、あくびをかみ殺しながら通学路を歩く。
 ちらちらと私を見てくる人がいて、昨日の手紙が原因だろうなあとちょっと遠い目になる。
 教室に入ると待ってましたとばかりに噂好きな女子たちが私を取り囲んだ。
「ねえねえねえ! 昨日さ、隣のクラスの黒渕くんと並んで歩いてたらしいじゃん!
あれなの? あの手紙はやっぱラブレターで、告られたってこと!?」
「やだすごいじゃん! 黒渕くん優しいしそこそこイケメンだから狙ってる女子いっぱいいるのに〜!」
「藍沢さんこれまで全然黒渕くんノーマークだったのに、いったいどういう風の吹き回し?」
 きゃあきゃあと騒いで黄色い声を上げる女子たちに私は笑って首を横に振る。
「違う違う。あれラブレターでもなかったし、そもそも黒渕くんから告られてもないよ。
そもそも、彼のこと好きになれないの。好みのタイプじゃないから」
「ふーん……そうなんだ」
 女子たちは私に興味をなくしたみたいで自然と解散していった。
 でもひそひそ声で「まだ私にもワンチャンあるかも」「藍沢さんのあれは照れ隠しじゃね」とか聞こえてきたから数日は私も黒渕くんも噂に振り回されることになるんだろうなあと思った。
 ……黒渕くんとは恋愛関係になることはない。
 恋愛的な意味で好きになれない、嫌いになれない。
 あの人のことを覚えている特別な友達。私にとってはそれでいいの。
 私が好きなのはあの人。忘れていたあの人だけ。
 それはきっとこれからも変わらない。
「……絶対に忘れない。忘れたりしない。永遠に」
 小声で呟いた私の決意は誰にも聞かれることはなかった。
 私は生涯をかけてあの人を愛する。
 その結果一人になっても構わない。あの人が思い出の中で生きているなら、私はそれで幸せなの。


【忘却のリンドウ 12/16】

4/28/2025, 3:14:38 PM

 奇跡のような偶然が続いている。
 今日彼女に手紙を渡さなければあの人の弟、竜くんに出会うこともなかったし、こうして竜くんの家に行くこともなかっただろう。
 竜くんは僕たちに玄関前で待ってるように言って家の中に入ってしまった。
 そしてややあって嬉しそうに竜くんが戻ってきた。
「これだよ、これ。見せたかったもの」
 そう言って見せてきたのは押し花のしおりだった。
 その花は青紫色をしていて葉は笹みたいな形をしている。
 何の花だろう? と思っていると藍沢さんがしおりを手に取って震える声で言った。
「これ……リンドウ……?」
「えっ凄い! 紫音さんよくわかったね」
「リンドウは好きな花だから……」
 そしてしおりをじっと見たかと思えばスッと竜くんの方を向いて真剣な顔をした。
「竜くん。勝手なのはわかってる。強欲な人だと思われても無理もないことだけど、このしおり、私にください」
「うん。いいよ」
 あっさり答えた竜くんに僕はもちろん藍沢さんも目を丸くして驚きの声をあげる。
「いっ、いいの!?」
「うん……というか覚えてない?
まあ……おれもついさっき思い出したばっかだけど、おれと紫音さんと空さんと……あの人とで、お揃いの押し花のしおりを作ったこと。
裏に名前を書いてさ、出来上がったら渡すねって。
だからむしろ……遅くなってごめんなさい」
 藍沢さんがくるりと裏を向けると“S.A.”と藍沢さんのイニシャルが隅の方に書いてあった。
「じゃあ僕のも……?」
「あるよ。ほら!」
 竜くんのポケットから出されたしおりには確かに僕のイニシャル“S.K.”が書いてあった。
 そして竜くんのイニシャル“R.K.”を見たその瞬間、リンドウの花を持って寂しそうに笑っている同じ制服の男の子の幻が見えたような気がした。

 日がほぼ沈みかけていたから藍沢さんを家まで送り、自分の家へ帰る。
 お母さんになんでこんなに遅くなったのか聞かれたけど、友達に勉強を教えていたと適当にごまかした。
 明日になっても僕は……僕たちは忘れてないだろうか。今日の日のことを。おぼろげなあの人のことを。
 不安に思いながらもベッドに入り、そして夜が明けた。


【忘却のリンドウ 11/16】

4/27/2025, 3:01:35 PM

 奇跡、というのは滅多に起こらないから奇跡というらしい。
 だとすれば今日この日はおれにとってまさに奇跡中の奇跡といっても過言ではないはず。
「はじめまして? 久しぶり?
うーん、どっちも違うなあ……」
 困ったように頬を搔く男子高校生。初対面なはずなのに彼の名前がスッと口をついて出てきた。
「空、さん……」
「え? 竜くん知り合いなの?」
 おれと空さんを交互に見て、紫音さんが驚いた様子で言う。
 おれは彼女に軽く頷いて、空さんの手を掴む。
「ちょうど良かった。空さんにも見せたいものがあるんだ。
また忘れても困るし、うちに来て!」
「そりゃもちろん行くけど、お母さんに連絡入れてからでもいいかな?」
「ああ……、黒渕くんのお母さんって過保護っていうかちょっとヘリコプターペアレント気質があるって前に…言って、た……」
 目を見開いて口を押さえる紫音さんに空さんも同じように驚いた顔をしている。
 きっと今の今まで忘れていたんだろう。おれが紫音さんのことも空さんのこともキレイさっぱり忘れていたように。
「な、なんで……私、そんなこと、知ってるの……?
だって、黒渕くんとは……」
「うん。今日が初対面なはず……だよ」
 空さんは少し考えるような仕草をして、これは推測なんだけどと前置きをして紫音さんに語った。
「もしかしたら竜くんと出会ったから忘れていた記憶が声をあげているのかもしれないね。
これまでふとした瞬間にあの人のことを思い出すことはあっても、藍沢さんみたいにそれ以外の人のことを思い出すことはなかったから」
 あの人、という言葉に紫音さんも真剣な顔つきになって大きく頷く。
 おそらく空さんの言うあの人も、おれや紫音さんが思い浮かべているあの人も同じ人に違いない。
 なぜだか知らないけど、とにかく確信めいたものを感じた。
「だったら忘れないうちに早く行こう。
おれの記憶違いじゃなければ……それか母さんが捨ててなければあるはずだから」
 二人が頷いたのを見ておれは小走りで家に向かう。
 急いでいるのもあるけど、どうしようもなく胸が高揚してたまらなかった。
 忘れていたもの、求めていたものがすぐそこにある。
 そしてそれはもうすぐ手に入れられるんだ!


【忘却のリンドウ 10/16】

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