バスクララ

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 奇跡のような偶然が続いている。
 今日彼女に手紙を渡さなければあの人の弟、竜くんに出会うこともなかったし、こうして竜くんの家に行くこともなかっただろう。
 竜くんは僕たちに玄関前で待ってるように言って家の中に入ってしまった。
 そしてややあって嬉しそうに竜くんが戻ってきた。
「これだよ、これ。見せたかったもの」
 そう言って見せてきたのは押し花のしおりだった。
 その花は青紫色をしていて葉は笹みたいな形をしている。
 何の花だろう? と思っていると藍沢さんがしおりを手に取って震える声で言った。
「これ……リンドウ……?」
「えっ凄い! 紫音さんよくわかったね」
「リンドウは好きな花だから……」
 そしてしおりをじっと見たかと思えばスッと竜くんの方を向いて真剣な顔をした。
「竜くん。勝手なのはわかってる。強欲な人だと思われても無理もないことだけど、このしおり、私にください」
「うん。いいよ」
 あっさり答えた竜くんに僕はもちろん藍沢さんも目を丸くして驚きの声をあげる。
「いっ、いいの!?」
「うん……というか覚えてない?
まあ……おれもついさっき思い出したばっかだけど、おれと紫音さんと空さんと……あの人とで、お揃いの押し花のしおりを作ったこと。
裏に名前を書いてさ、出来上がったら渡すねって。
だからむしろ……遅くなってごめんなさい」
 藍沢さんがくるりと裏を向けると“S.A.”と藍沢さんのイニシャルが隅の方に書いてあった。
「じゃあ僕のも……?」
「あるよ。ほら!」
 竜くんのポケットから出されたしおりには確かに僕のイニシャル“S.K.”が書いてあった。
 そして竜くんのイニシャル“R.K.”を見たその瞬間、リンドウの花を持って寂しそうに笑っている同じ制服の男の子の幻が見えたような気がした。

 日がほぼ沈みかけていたから藍沢さんを家まで送り、自分の家へ帰る。
 お母さんになんでこんなに遅くなったのか聞かれたけど、友達に勉強を教えていたと適当にごまかした。
 明日になっても僕は……僕たちは忘れてないだろうか。今日の日のことを。おぼろげなあの人のことを。
 不安に思いながらもベッドに入り、そして夜が明けた。


【忘却のリンドウ 11/16】

4/28/2025, 3:14:38 PM