奇跡、というのは滅多に起こらないから奇跡というらしい。
だとすれば今日この日はおれにとってまさに奇跡中の奇跡といっても過言ではないはず。
「はじめまして? 久しぶり?
うーん、どっちも違うなあ……」
困ったように頬を搔く男子高校生。初対面なはずなのに彼の名前がスッと口をついて出てきた。
「空、さん……」
「え? 竜くん知り合いなの?」
おれと空さんを交互に見て、紫音さんが驚いた様子で言う。
おれは彼女に軽く頷いて、空さんの手を掴む。
「ちょうど良かった。空さんにも見せたいものがあるんだ。
また忘れても困るし、うちに来て!」
「そりゃもちろん行くけど、お母さんに連絡入れてからでもいいかな?」
「ああ……、黒渕くんのお母さんって過保護っていうかちょっとヘリコプターペアレント気質があるって前に…言って、た……」
目を見開いて口を押さえる紫音さんに空さんも同じように驚いた顔をしている。
きっと今の今まで忘れていたんだろう。おれが紫音さんのことも空さんのこともキレイさっぱり忘れていたように。
「な、なんで……私、そんなこと、知ってるの……?
だって、黒渕くんとは……」
「うん。今日が初対面なはず……だよ」
空さんは少し考えるような仕草をして、これは推測なんだけどと前置きをして紫音さんに語った。
「もしかしたら竜くんと出会ったから忘れていた記憶が声をあげているのかもしれないね。
これまでふとした瞬間にあの人のことを思い出すことはあっても、藍沢さんみたいにそれ以外の人のことを思い出すことはなかったから」
あの人、という言葉に紫音さんも真剣な顔つきになって大きく頷く。
おそらく空さんの言うあの人も、おれや紫音さんが思い浮かべているあの人も同じ人に違いない。
なぜだか知らないけど、とにかく確信めいたものを感じた。
「だったら忘れないうちに早く行こう。
おれの記憶違いじゃなければ……それか母さんが捨ててなければあるはずだから」
二人が頷いたのを見ておれは小走りで家に向かう。
急いでいるのもあるけど、どうしようもなく胸が高揚してたまらなかった。
忘れていたもの、求めていたものがすぐそこにある。
そしてそれはもうすぐ手に入れられるんだ!
【忘却のリンドウ 10/16】
4/27/2025, 3:01:35 PM