バスクララ

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 目が覚めてすぐに昨日枕元に置いたしおりの有無を確認する。
 しおりはしっかりとそこにあって、カーテン越しの朝日に照らされてキラキラ煌めいて見えた。
 昨日のことを忘れてないことにガッツポーズをしてから、しおりを胸に抱く。
 ……ずっと一緒。もう忘れないからね。
 そう念じてから優しくそっと鞄の中に入れた。
 朝ごはんを食べ、あくびをかみ殺しながら通学路を歩く。
 ちらちらと私を見てくる人がいて、昨日の手紙が原因だろうなあとちょっと遠い目になる。
 教室に入ると待ってましたとばかりに噂好きな女子たちが私を取り囲んだ。
「ねえねえねえ! 昨日さ、隣のクラスの黒渕くんと並んで歩いてたらしいじゃん!
あれなの? あの手紙はやっぱラブレターで、告られたってこと!?」
「やだすごいじゃん! 黒渕くん優しいしそこそこイケメンだから狙ってる女子いっぱいいるのに〜!」
「藍沢さんこれまで全然黒渕くんノーマークだったのに、いったいどういう風の吹き回し?」
 きゃあきゃあと騒いで黄色い声を上げる女子たちに私は笑って首を横に振る。
「違う違う。あれラブレターでもなかったし、そもそも黒渕くんから告られてもないよ。
そもそも、彼のこと好きになれないの。好みのタイプじゃないから」
「ふーん……そうなんだ」
 女子たちは私に興味をなくしたみたいで自然と解散していった。
 でもひそひそ声で「まだ私にもワンチャンあるかも」「藍沢さんのあれは照れ隠しじゃね」とか聞こえてきたから数日は私も黒渕くんも噂に振り回されることになるんだろうなあと思った。
 ……黒渕くんとは恋愛関係になることはない。
 恋愛的な意味で好きになれない、嫌いになれない。
 あの人のことを覚えている特別な友達。私にとってはそれでいいの。
 私が好きなのはあの人。忘れていたあの人だけ。
 それはきっとこれからも変わらない。
「……絶対に忘れない。忘れたりしない。永遠に」
 小声で呟いた私の決意は誰にも聞かれることはなかった。
 私は生涯をかけてあの人を愛する。
 その結果一人になっても構わない。あの人が思い出の中で生きているなら、私はそれで幸せなの。


【忘却のリンドウ 12/16】

4/29/2025, 1:38:33 PM